僕が忍術学園に来たとき、
新しいことの連続で、とても面白くて興味深かった。
「髪結い」という世界しか知らなかった僕は、
忍の世界の危険なことや、色々なこと、なんでも突っ込んでいった。
でも、
「好きです。付き合ってください」
と男に頭を下げられたときは、言葉をうやうまにして断った。
そこには突っ込んでいきたくない。
このとき、僕はまだ女の子が好きだった。
いや、過去なのはおかしい。
今だって女の子が好きだ。
触られたら反応するし、可愛いし、柔らかいし、
ただ、あの日。
いつもより太陽が輝いて、遠いことを知ったあの日。
「なんだ?珍しいな4年が穴にはまっているなんて」
「・・・・・・・」
僕は、美しい人をみた。
何時間も穴の中にいて、誰も通りかからなかったからだろうか。
サラサラと流れる黒髪。心地良い声。
穴の上にいる人が、神様のように見えていた。
声をなくして見つめることしか出来なかった僕に、神様は眉をしかめた。
「沈黙か?年功序列も分からない4年は可愛くない」
「あ、ちょ、ちょっと待ってください」
どこか行ってしまいそうな彼に僕は声を荒らげた。
「えー?待つの?4年のふりしてる曲者だったらどうしよう」
「ぼ、僕は、齊藤タカ丸です。名前聞いてもいいですか?」
彼は僕の言葉に、神様は、目を大きく見開いてから、口元を隠して、震え、
そして。
「・・・・・・ぷ、あははははは」
爆笑した。
「君、変わってるな。ここは助けてくださいって言うところだろう?
君はまだ素人で、一人であがれないだろうに、
こんなヘンピなところに来るものはなかなかいないんだぞ?」
その通りだと冷静な自分が言うが、それを蹴飛ばして、僕は言った。
「えーと、でも名前が知りたいんです」
「知ってなおか!!いい性格をしてる。私は5年い組のだ」
彼は笑ったまま、手を僕に差し伸べた。
「年上なのに、4年に編入した髪結いの齊藤くん。
ようこそ忍術学園へ。歓迎はしないが、死なないことを祈るぞ」
僕は彼の手を取った。
地面にあがれば、大きかった彼は僕より小さくて、なにより細く、人であった。
神様じゃなくて、人だからこそ、僕は彼をもっと知りたくなった。
その日から、僕に興味深いものが一つ増えた。
さんは、女好きだった。
男となんてありえないと口酸っぱく言っていた。
それは、あまりに男からのそういった視線が
多いために言っているのかと思ったけれど、
彼は自分がそういった視線で見られていることすら、気づいていなかった。
あんなにあからさまなのに。と目を凝らせば、
6年の七松先輩と立花先輩が彼の後ろで、彼に伸びる手を払いのけていた。
彼と仲のいい5年生も、そっと手を貸していた。
だから、危なくなる前に、彼は守られていた。
そして、事実、彼は女の子が好きだった。
彼と女の子が一緒にいる姿はよく見かけた。
そのたびに、女だったら良かったなと拳を握りしめる日もあったけれど、
僕は、あることに気づいてしまった。
そもそも僕だって女が好きだ。
女好きが男好きにさせるんじゃなくて、僕を好きにさせればいいと。
そう思ったとき、僕は彼に惚れていることを確信した。
だから、僕はまずどうすればいいのか考えた。
顎に手を当て考えていれば、
火薬委員を手伝いに来ていたくんが、兵助くんに声をかけていた。
「へー、さすが委員長代理だな。頼りになる」
そう言われたときの兵助くんの顔を見て、彼も僕と同じだと気づいた。
彼は、同室で、同級だと知ったとき、僕は防波堤を建てた。
次は彼の可能性が高いから、兵助くんが間違えを犯さないように。と。
運がいいことに、彼はあまり色について強くなかったらしい。
簡単に、僕を好きになった。
それだけでなく、僕との間にと、さんをよく連れてきた。
うれしい誤算に、笑顔は止まらない。
休日も三人で、委員会も三人で、
嫌がられる距離が徐々に短くなっていく日々に、喜びをかみしめていた時だった。
―――4年の色の授業。
だけど、僕は免除されていた。
これをダシに色々しようかと思ったのだけれど、
齊藤は、たくさん経験しているだろう?の問い、
ええ。僕、童貞ですぉ〜?と言ったのに、教師は出し抜けなかったようだ。
じゃぁ、一年の女装からだな。
と言われ、手をあげて降参した。
すいません。ありまくりです。と。
食堂でぶすくれている僕の横を、うねうねとした灰色の髪の毛が通った。
ちらりと見れば、相変わらず彼は、何を考えているか分からない顔をしていた。
「・・・・・・思いつめているな」
「しょうがない。ああ見えても、あいつが一番潔癖だ」
「・・・・・・誰の話?」
三木くんと滝くんの会話に、僕の問い。
「なにって、喜八郎ですよ。
あいつは、色の授業で他人を抱くのが嫌なんですよ」
僕には同じ顔にしか見えなかったけど、
修行すれば彼の感情が読めるようになるらしい。
「・・・ふーん?童貞さようならで喜ばないって変なの。
僕んとこの組なんて、みんな集まって、
妄想だけで、万歳三唱してたけど?」
「・・・あまり人が好きじゃないですから、喜八郎は」
そういった滝くんこそ、人があまり好きじゃないように見える
と、思ったけれど、僕は
「そっか」
と答えるだけにしといた。
その夜、兵助くんからの言付け。
さんに朝から会えるなんて、しかも髪結ってとか、
可愛いと思い、笑みを浮かべながら床についた僕は死んでしまえばいい。
彼の肌は白かった。
所々の赤い花が、彼の白さを際立たせて、なお美しかった。
それなのに、それらをえぐりたくなるほどの憎しみを抱いた。
「なんで抱いたの?」
僕の問いに、無表情な彼が答えた。
・・・いいや、彼は僕が見ても分かるほど、歓喜していた。
どうやら、修行の必要はないらしい。
頬は赤く染め、口元を上げて。
「私は美味しいと思ったものを食べただけです」
容姿に騙されてはいけない。
彼は美少女の顔をして、瞳には、獰猛な雄を飼っていた。
「君は、滝くんがさんを尊敬していることを知ってるね?」
「ええ」
「立花先輩が、結構本気でさんを狙っていることを知ってるね?」
「ええ」
「・・・・・・君は、僕がさんのこと好きだって知っているね?」
「ええ」
「じゃぁ、どうして?」
「私からじゃないです。見たらいたんです。
それを無視できるほど、先輩に魅力がないわけではないです。
だから、彼は私に抱かれた。それだけです」
「でも君は」
「そうです」
彼はこれでおしまいとばかりに背を向けた。
揺れている綺麗な髪に殺意を抱いたのは初めてだ。
それから、綾部くんは先輩に迫っていった。
一回食べたら、美味しかった。もっと食べたい。
きっとそんな感じなんだろう。それ以上でもそれ以下でもない。
綾部くんの好きも、言葉でしかなくて、それ以上も以下もない。
だって、僕は彼の秘密を知っている。
だから、さんがいくら綾部くんを見ていても、安心できた。
そして、だからこそ、さんをこっちに振り向かせることも出来る。
だから、僕は次にどうするかを、考える。
廊下を歩いていれば丁度、さんが座っているのが見えた。
声をかけるまえに、何を熱心に見ているのかと、
向いている方向を見れば、太陽を覆い隠す色。
僕はそれを見て微笑み、今を壊すことに決めた。
2010・11・25