目の前には俺の前世の女(腐女子)が仁王立ちしていた。
女が抱けなくなったときと同様に自分を馬鹿にしているのだろう。
呆れているのだろう。失望しているのだろうと。顔をあげれば、
彼女は、泣きそうな顔をして、それから私を抱きしめた。
彼女は相変わらずごめんなさいを繰り返している。
私は知らずに涙がこぼれた。
ガラリと自分の長屋の扉が開くと、そこには兵助がいた。
当たり前だ。ここは私と久々知兵助の長屋なのだから。
分かりきったことに嫌気がさす。
机に向かってなにか書いている兵助は私の顔を一回チラリと見てから、
沈黙している。
横顔を見せるこいつの顔は相変わらず整っていて、
なにも変わることはない。私の顔は少し歪になった。
私は、ドカドカとわざと音を立てて、
兵助と逆方向に向けられている机の上に顔をおいた。
部屋には兵助の筆を進める音だけが響いた。
何時そうしていただろう。
太陽はちっとも傾いていなし、
窓から見える景色も変らない。
兵助の書物だって、1ページも進んでいないだろう。
なぁ、なんで殴ったんだ。と声を出そうとして失敗した。
「なぁ」
私の声は枯れた声で、必死に隠そうとしていたものが
すべて駄目になるような声だった。
私は、なんで兵助が私を殴ったのかはっきりと分からないが、
なんとなくは分かっていた。
私が必死に隠している姿が殴るほど滑稽だったのだろう。
それを止めてくれた兵助は、やっぱり私の大切な友人で。
でも、私は。私ですら認めたくないことを口にするのは辛くて、
なぁから声が出なかった。
苦しいままでも、言いたくないほうが強くて、
諦めてしまおうか。すべて逃げてしまおうか。と考えていれば、
「なんだ」
と兵助の声が聞こえた。その声は、常日頃のもので、
肩にすごい力を入れていたらしい、カクっと音を出して力が抜けた。
さっきと変わらず部屋の中は筆を走る音が響いている。
私は頬をべっとり机に当てて、痛い頬なんてしらんぷりで、
声を絞り出した。
「兵助。私は綾部なんて好きじゃない」
一言目の言葉で兵助の動きが止まった。
私はすぅっと息を深く吸い込んだ。
気づかないように厳重に蓋をして隠してきた
私の青や赤や緑がぐちゃぐちゃに混ざってしまった色を吐き出す。
「でも、私は綾部を求めている。
それは、私じゃないくせに、私なんだ。
目が追ってしまう。声が聞きたい。触れたい。
私は綾部のもしも私に笑いかけたらなんて考えて
・・・気持ちが悪い。吐き気がする。
男なんて嫌だと思うのに、体が、いや魂が綾部を求めている。
兵助お前の言ったとおりだ。私は酷い男だ。
だって、ずっと嘘ばっかり言ってきた」
視界が金魚鉢ごしにみた世界のように歪んだ。
兵助が酷い男だと私に言うよりもずっとずっと前から
私は色々な人に色々な嘘を投げてきた。
でも、この嘘が誰かを傷つけることも指摘されることもないように
慎重に進んでいたはずだった。
私が綾部に触れなければこんなことにはならなかった。
過去を悔やむ私は、ありもしないもしを考えて負の連鎖に陥って、
息をするのが少々苦しくて、頭はがんがんする。
「もっと殴ってくれよ。もういやなんだ。嫌なんだよ!!
なんでこんなに苦しんだよ。
綾部なんていらないし、笑って欲しくもないし、
恋人になんてなりたくない。本当だ本当なのに」
私の荒んだ声は、最後にはトーンを落とし小さくなった。
つぅっと涙は頬を伝わらずに机の上に落ちた。
兵助がどんな顔してるかなんて、机しか見えない私は知らない。
机はまだら模様になっていた。
「綾部は前の私の大好きな人に顔がそっくりなんだ」
忍術学園に入学して一年たち下に後輩が入ってきたときの衝撃を私は忘れない。
綾部喜八郎は少女と見違えるほど、可愛いらしい顔をした美少年。
出会ったときに、三郎がからかうのを横目に、私は石のように固まって
視線を外すことが出来なかった。
本当に夢のなかでみた前世の私が好きだった人にそっくりだった。
その人は、所謂幼なじみで、
小さい頃から一緒に育っていたから、小さいころの姿だって知っている。
瓜二つの姿に、
本当はという人物はこの世界にいないで、
前の私が夢見ているだけなんじゃないかって疑った。
「兵助。苦しいよ。どうしよう。
どうしたら私は綾部を忘れれるんだろう。
綾部がずっと笑っているような男だったら、同じだから、
繰り返さないように、何がなんでも距離をおいたのに、
でも、綾部は綾部だから。私には笑わないから。
最初は、ただの好奇心だったんだ。
前の私が好きだった男と比較して前の私の存在を拒否していたんだ。
ちょっと見て終わるはずだったのに。なんで、こんなことになってしまったんだろう」
私は、前世の私じゃない。
で男な私がここで生きているんだと
綾部と前世の私が好きな奴が違うところを確認するたび実感して、
恐怖が安心に変わってそれだけの行為だったんだ。
あいつはいつでも笑ってる。綾部は無表情。
あいつは穴掘りしない。綾部は穴掘りする。
あいつはプリン好きじゃない。綾部は好き。
あいつは広く浅く付き合って。綾部は深く狭く付き合って。
あいつは電波じゃない。綾部は電波。
あいつはちょっと馬鹿。綾部は賢い。
あいつは・・・綾部は・・・
それが私が私でいるための儀式だった。
でも、徐々に変わっていって。
「前の私が綾部を求めている。でも、私は綾部が違うことを知ってる。
顔が同じだけで中身は違うんだ。
所詮、言い訳だ。
兵助。私が綾部を好きだった」
これが嘘であれば良かったのに。
とうとう私は嗚咽をこぼした。いっくうっくっと鼻水も出して、
言いたくなかった真実を自分につきつけて、
色のない海の中に沈んでいく。
「よく頑張ったな」
前の私がなんて訳の分からない電波な私に、問い詰めることも、
女好きだといってたのに、綾部が好きな私を責めることも言わず、
兵助は私を後ろから抱きしめるから、
私は机じゃなくて兵助に抱きついて、苦しくてしょうがない
胸に穴が開いて空虚なはずなのに、胸のほうから上に攻めあげる。
叫びだしたい走り出したい消え去りたい。
涙が声のかわりに外へ溢れていく。
ああ、忘れたい。もう味わいたくない。
でも、忘れたくない。
2011・5・1