むくりと起き上がると、横には兵助が眠っていた。
同室だというのに、ちゃんと寝ている兵助を見るのは久しぶりだと思う。
障子から入ってくる光は柔らかで、伸びをした私は、
休日である今日、何をするか考えた。
光の筋はキラキラしている。だからというわけでもないけど、
私はある人物を思いたって、服を着替え、部屋から出た。
目的の人物である忍びの卵のくせに、金髪な斉藤タカ丸は、
自身の長屋の前で座っていた。
私に気づくと、ほにゃと顔を緩めた。
「ようやく来てくれたね。・・・怒ってる?」
「ああ、ぶん殴りにきたっていうのに、なんで嬉しそうな顔してんだ?」
「えへへ、だって、くんが、僕に会いに来てくれたのが嬉しくて」
「殴られるってのに、変な奴」
本当に、変な奴だ。真実を言っただけで、
八つ当たりに巻き込まれているのに、笑い喜ぶなんて。
おかげで、握っていた拳は、斉藤の元へ送ることも出来ずに、
ぱっと大きく開いた。音も立てずに斉藤の間に一人分開けて、
軒下に座る。斉藤は、空を見ていた。私も見てみた。
なんの変哲もない空だった。味気もない、面白みもない空だった。
どこかで何か燃やしているのだろう。木の燃える匂いがした。
この匂いを嗅ぐと何かの終わりのような気がするのは、
私の中にある前世の彼女の、放課後の焼却炉の匂いの記憶のせいだろう。
帰宅の音楽が、だれもいない廊下に、無機質に静かに流れる。
大きな夕方が落ちる姿に、机だけが彩られていく。
物悲しいと、訴えかける。そんな感傷に浸っていると、
斉藤が私を見ていた。
「聞いていい?」
「ダメ・・・って言っても聞くんだろう?」
「うん。ごめんね。くんは、どうして綾部くんだったの?」
「どういう質問だそれ」
「兵助くんでもよかったじゃない」
斉藤の言葉に笑う。
「人をホモにすんな。
何度も言うけど、綾部が好きだったわけじゃない。
あれはちょっとした手違いだ」
そう、ちょっとした手違いだ。それがズルズル長くなってしまっただけだ。
私は立ち上がった。今日は休日だ。
「これからどうするの?」
見上げてきた斉藤に。
「女の良さを思い出してくる」
そういって町へ繰り出した。
私はやっぱりモテる。
男にモテてしまうのは前世からの呪いだけれど、
女にモテるのは、私の魅力に違いない。
今、私の横には、
きっちりと着物が閉じられて、
少々控えめで、ちょっと丸っぽくて、
笑うとえくぼの出来る凄くタイプの子が横にいる。
あの、初めてなの。
そういって照れた顔が抜群に可愛い。
見ろ。忍たまども。私はちゃんと女好きだ。
抱きしめれば、白い肌に、柔らかいし、いい匂いするし、可愛い。
私が男好きだとか、それは嫉妬だ。
あははは。見ろよ。私はちゃんと。
「ごめん」
そういえば、女が泣きそうな顔をして、酷い言葉をかけもせず、
逃げるようにその場を後にした。
「あ、あはは笑えねぇ」
一人になった部屋で、独りごちた。
月が、すぅっと一本線が入って光ってる。
私は、だらんと力なくそのまま、光っている月を睨んだ。
「なんで女が抱けなくなってんの?」
蝉の音がガンガンと頭に響く。
仁王立ちになって頭を抱えて座り込んでいる私に、
死んでも馬鹿は直らなかった?と、昔の私が私をなじる。
ザッと頭に写ったのは、前世の私がしたこと。
何人もの男に抱かれて、笑ってた。
「なんで満たされないの」
と。
目を覚ませば、布団の中だった。むくりと起き上がる。
シャコシャコと歯を磨いて、鏡に映る自分を見た。
冴えない顔でこっちをぼんやりとどこを見ているのか分からない顔をしていた。
だけれど、男だった。
そう、私は女じゃない。もう前の私じゃない。
ぱっしゃんと、顔を洗う水がはねた。
空腹を感じられないから、何も食べずに、授業を受けた。
これで何日目だろう。
苦い味が口の中に広がってるのに、
誰かが何か言うと、過剰反応して、ゲラゲラ笑った。
調子取り戻したな?っと小突かれて、何すんだよと小突き返す。
女がダメなら、友人と馬鹿みたいなことしていけばいい。
「おい」
「なんだ?兵助。豆腐の時間か?」
そういえば、みんな笑った。私も笑った。
いつものからかいだったのに、頬に重い痛みを感じる。
殴られた。意味が分からない。
馬乗りになられてバカスカと殴られて、
痛いのが好きじゃない私は、体育委員仕込みの腹筋で、
立ち上がり、兵助を殴った。
殴って殴られて、よく分からない。
ぽたりと、頬に水滴を感じた。
「馬鹿。なんで」
それはこっちの台詞だ。
なんで、兵助は、そんな痛そうな顔して泣いてんの?
始めたのはそっちだし、こっちだって痛いっての。
でも、兵助の顔をみて、全てバカバカしくなった私は、手を止めた。
それから先生が止めるまで、ずっと兵助のターンで、
最後には猫よりも弱いパンチに、俺は笑った。
その笑いは、前世の彼女がよくしていた笑みに良く似てた。
大した怪我じゃないけれど保健室に連れられた。
久々知よく分かんねーと呟く友人らを追い返して、
あいにく不在な保健委員を待つために、ちらりと庭を見た。
今は授業中らしい。
外に集まる赤紫色にドキリと心臓が高鳴り、目が何かを探している。
馬鹿やめろよな。
そう自分に言ってみるものの、まったく言う事を聞かない。
自分の一部だというのに、勝手な行動ばかりする。
やめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろ。
念じたけれど、瞳は一回も閉じることも、瞬きをすることすらせず、
せわしなく動いている。
私を止めたのは。
「ごめんね。待ったかい?」
人の良さそうな顔で、どこかの穴にはまってきただろう善法寺先輩の苦笑だった。
私よりも怪我が多そうな善法寺先輩に、
「いいえ、全然」
丁度良かった。と思うのに、
もうちょっとで見つかったのにと、くやしがる私もいて、
ああ。と項垂れた。
「え、どうしたの?痛いの?」
慌てて怪我をみる善法寺先輩。
ええ、先輩。痛いです。
私、痛くてしょうがないんです。
今、目の端に、彼がうつりました。
ちょっとだけで、こちらなんて見もしないのに、
歓喜に震える自分と、胸に大きな穴を感じる自分がいます。
もう、違うと拒否することも疲れてしまいました。
だから、と力を抜いて、そのまま自然に身を任せて、目を閉じた。
闇に落ちる前に、善法寺先輩の焦っている声だけが聞こえた。
2011・04・01