先輩が出て行ったあとで、
さっきの先輩の言葉と姿を頭の中で繰り返していたときだった。

「色々考えたんだが、を抱くのをやめて、俺を抱け!!」

・・・とりあえず、この人は空気が読めないうえに、タイミングが悪い。と思う。
綺麗な黒髪がサラリと揺れて、白い寝着に身を包んだ
久々知先輩が、名案だろうとばかりの顔して、仁王立ちで部屋の中にいた。




急に私の部屋にきて、俺を抱けと言い放った久々知先輩を見た。
久々知先輩が魅力的ではないかというと、魅力的な人物だと思う。
綺麗な顔に、タカ丸さん曰く、ジャストヒットな豊かな髪。
まつ毛はバサバサだし、男でも、嫌悪感はないだろう。
そんな人物が抱けといっている。それはとてもいい案だ。
だって、今先輩にはそういう関係を拒否された。
もともと、あの人を抱いたのだって、まず性欲があった。
あの人は、男を煽る何かがある。
次に、優越感を得たいため。
あの人に、仙蔵先輩も滝もタカ丸さんもみんなメロメロだった。
そして、一番の理由は、男嫌いと称する先輩が、
私を見ていたことだ。
こういうのを恋人の藤内ですればいいのはちゃんと、分かっていた。
藤内は誰よりも大好きだけど、
まだ3年生だから、もうちょっと大人になってからだし、
私も初めてだから、上手くないし。
最初に、気持ちいいと思って欲しいなんて、
ちっぽけなプライドで藤内に、手を出さなかった。
そんな折に色の授業が来て、女を抱かなくてはいけなくなった。
抱かれる方でもいいといわれたが、
私は、抱かれたくなかったし、知らない女を抱くのも嫌だった。
悶々と穴を掘って考えていれば、うるさい声が聞こえた。
目立つ金髪と黒髪の間に、疲れた顔をした先輩。
そして、久々知先輩からの提案。
そうだと思った。
この人ならいいだろうと、だから手を出した。
そしたら体の相性抜群で気持ちがよかった。離しがたいほどの快楽だった。
藤内に手が出せるようになるまでと、手を掴んだ。
私が気持ちよかったなら、相手だって気持ちいいはずだ。
それに、先輩は、私を好いている。
その証拠に先輩は私の手を離さない・・・はずだったのに。
滝が。
ギリッと奥歯を噛み締めたままの感情で
答えを待っている久々知先輩に答えた。

「嫌です」
「なんでだ?言っとくが俺も男に押し倒された回数はそこそこ多い」

それだったら、私も多いです。多分、あなたより多いです。
でも、どうしてだろう。
久々知先輩を抱いても、興奮することがない気がする。
抱かれたことを先輩に言ったときの
先輩の顔を見たくはあるけど。

「お前の笑顔が大嫌いなんだ」

そういって、春の柔らかな日差しのような笑みを見せてくれた先輩。
言葉は刺のように刺さるのに、
態度は、子を見つめる母親そのもので、
出て行く先輩を止めることは出来なかった。
先輩、知ってましたか。
笑顔が嫌いだと言ったあなたは、
私に笑顔をみせてくれたこと、一回もなかったんですよ。
だから。
・・・・・・・・だから?
頭を捻る。

「なんででしょうか。分からないけど、あなたじゃ嫌なんです」

先輩がいいんです。
そういえば、久々知先輩は、一回深い溜息を吐いて、
クナイを手にとった。

「じゃぁこれしかないな。俺が初めてしまったことだ。終わらせるのも俺しかない。
だから、俺はお前のあそこを切るぐらいしか、他に方法が分からない」

冗談のような話は、久々知先輩にとって真面目な話らしい。
黒目がちの目から、真剣だと伝わってくる。
私は、鋤とクナイの場所を確認した。手に届く。

「それも嫌です」
「どっちも嫌じゃ、世間では通用しないぞ」

久々知先輩は、後輩思いな先輩の顔をして、私の足を掴んだ。

から手を引いてもらう」

久々知先輩の目がギラギラと光っている。
ここで攻撃を受けたら、先輩が返ってくるだろうかと思ったけれど、
久々知先輩は、私と先輩がそういう関係になって
この間の時間に何もしていないわけがない。
準備期間。この計画は突拍子も無いようにみえて、練られている。
久々知先輩は、先輩が原因だと知られることなく、私を殺すつもりだ。
緊迫した空気の中、私は、はーいと手を伸ばした。

「やる気満々なところ悪いんですが、久々知先輩」
「なんだ?抵抗するようなら、手も切るぞ?」
「私、今先輩に振られました」

そういえば、久々知先輩は大きな目を、二三回目をパチリパチリとした。

「・・・・・・・・・・・・・・・・なーんだ。そっか。
早とちりをしたみたいだ。すまない綾部」

クナイをしまいこみ、殺気もすべてしまいこんだ久々知先輩は、
来たときと同じように音もなく、扉の前に立って出ていこうとするから。

「待ってください」

そういえば久々知先輩は止まった。

「なんだ?」
先輩は私のこと好きですよね?」

私の質問に、長い沈黙があった。

「馬鹿なこと言うな。お前は男だから、が好きになるわけがない」

だったら。
だったら、なんでそんな顔で私を見るんですか?
笑って、そんなわけない。ぐらいの軽さを見せてください。
じゃないと、私はまだ勘違いし続けるじゃないですか。

久々知先輩もいなくなって、一人の部屋で、大の字に寝転んだ。
とても疲れたのに、まぶたが閉じることはなく、
まだ扉のところに、先輩がいる感覚がする。
脳内に映しだされた先輩は、私の言葉を待っているようで、

藤内の次には好きです。
一番の枠を増やします。
あなたは私のことを見ていたでしょう?
好きですよね?

と一杯の言葉が溢れたけれど。


「私は、先輩の笑顔が大好きです」

たった一つの真実を述べた。
そしたら、先輩はとうとう、私の脳内からもいなくなった。











2011・3・9