「・・・・・何をしているの?」

そういった綾部の声は、冷たいもので、
顔だって無表情だけど、確実に驚いていた。
そうだろう。私だって驚いている。
滝に呼ばれて行った場所には、綾部喜八郎がいて、
穴を掘り終えた後に一風呂でもあびたのか、湯上りさっぱりで
体からは湯気が出ていた。
滝がなんで、私をここに連れてきたのかは分からなかったけれど、
痛いほど握り締められた腕の力で、
何かを覚悟をしていることは分かっていた。

だけれど。

「何してるのって聞いてるの!!滝」

声を荒らげた綾部は珍しいと思う。
でもそれ以上に。

「喜八郎。頼む。この通りだ。もう先輩を悲しませないでくれ」

土下座としている滝夜叉丸は一生見れないものだろう。
私は、滝がなんで綺麗な形で綾部に土下座しているのか、
言葉はちゃんと耳に伝わっているのに、頭がついていかない。
ただ。

「別れてくれ」

そういって頭をあげない滝がとても美しいこと、
自慢の後輩であること、
そんな滝が自分のしたことを知っていたこと、
知ってなお、失望させるのでもなく、
私のために地面に頭をつけて懇願していること。

酷い先輩だ。私は。
たまらなく泣きたくなった。

「別れてくれ。一生涯の頼みだ」

頼むと、何度も繰り返し言われる言葉に、
脳みそが麻痺した感覚が消えて、
ようやく、体が動いた。
土下座している滝を起き上がらせようと、近づく。

「滝、ごめん」

プライドが高いお前にそんなことさせて、ごめん。
立派な先輩じゃなくて、ごめん。
本当は、私がしっかりしなくちゃいけないのに、ごめん。
ごめん、ごめん、ごめんなさい。
色々なごめんが、こめられていた。

先輩」

顔をあげた、滝は泣いていた。
それがなんの涙なのか分からないけれど、
不純とか純粋とか偽物とか本物とか、
そんなことどうでもいいくらい、綺麗で、
私は笑って、滝の涙を拭う。

「ありがとう」

その言葉に二人が目を見開いた。
一人は、期待を、一人は、不穏を。

「ここからは、私がするよ。それまで、誰かの部屋に」
「・・・・・・先輩」

心配そうに私の裾を握りしめる滝の手にそっと触れる。
大丈夫だと意味を込めて微笑めば、
滝は、ようやく一番綺麗な姿を見せてくれた。
すっと音もなく閉められた障子。
さすが、忍術学園の忍たまだと違うことを考えて心を鎮める。

静寂が二人の間にあった。
最初にそれを破ったのは綾部だ。

先輩」

綾部の呼びかけに、ゆっくり振り返る。

「嫌です。私は嫌です」

ぐっと唇を噛み締めている。
綾部喜八郎は、顔が無表情なだけで、感情の起伏が激しいと思う。
楽しいときは、口の端をあげるだけでも、
怒っているときは、口をへの字にするだけでも、
悲しんでいるときは、口を一文字にするだけでも、
彼の中には、あふれんばかりの感情が潜んでいる・・・と思う。

「別れるとか嫌です」

綾部の大きな瞳が私をうつした。
おいおい私、情けない顔をするな。
喝をいれて、口はしをあげる。

「綾部、勘違いするな。私たちは付き合っていない」
「じゃあ」

じゃあの続きを言われる前に、言葉を切った。

「こういう関係がよくないことだと、私がお前に教えなくちゃいけなかった。
悪いのはお前じゃない。先輩なのに、後輩を導けなかった、私だ」

真っ直ぐ綾部を見る。
今度は情けない顔をしていなかった。

「体だけの関係は、悲しい。誰も幸せにならない」
「じゃぁ、好きになります。いえ、もう好きです」

綾部が私に抱きついた。
好き。好きねぇ。ははは。それってどういうこと?
一生とか、永遠とか、そういうこと?
じゃぁ、それは嘘だね。
だって。

「浦風 藤内よりも?」

そう問おたら、綾部は大きな瞳をもっと大きくして
私を見た。答えは、NO-だと分からしめた。

・・・あーあ。

「ほら、駄目だろう?好きなのは、一人にしとけ。私も一人にしとく」

なに、傷ついてんだか。なに、泣きそうなんだから。
私は別に綾部喜八郎が好きではない。
そのまえに、男だ。
男だから好きではない。だって私は男だからだ。
前世の私がBL好きな腐女子で、そういう世界に投じたとしても、
私は男が好きじゃない。女が好きだ。
アイラブ女体!!
そう、それが、私だ。
この5年間で培ってきた全ての技術を投じて、
綾部に動揺がばれないよう頑張った。
頑張ったおかげか、バレなかったようだ。
バレたら、こいつなら、その隙を狙ってグイグイくる。
逃げたら、押せ押せ。
来たら、押せ押せな綾部喜八郎。

弱くなった腕を取って離す。

「さて、ここから、お前と私は、あまり接点がない後輩と先輩だ」

滝には、感謝しなくては、休日に、美味しい甘味にでも一緒に行こうか、
タカ丸さんには、なんとなく殴っておいて、
兵助には、そうだよ!酷いんだ私と開き直って、
三郎と久しぶりに酒でも飲み交わそう。
頭の中にプランを立てて、
その部屋を出ようとすれば、忍服の下衣を掴まれた。

「嫌だ。なんで二つじゃいけないの?
藤内とは、体の関係なんかない。
先輩だけ。それじゃあいけないの?」

綾部の涙に、ドキリとする。
滝のは綺麗だけれど、泣かれるよりも笑っていて欲しい。
綾部のは、どうしようもなくなる。

「滝のは、作戦。滝は先輩が好きだから。私が邪魔だから」

ぽろぽろと溢れる涙をぬぐいたいけれど、
その資格は私にはすでにない。いや、最初からなかった。

「なぁ、綾部。お前はまだ若いから今から、いくらでも経験する。
二兎を追う者は一兎をも得ず。二つはダメなんだ。
お前の体も心臓も一個しか無いだろう?
それを半分こなんて出来ない。できても、私が駄目だ」

私は、綾部の力ない手を落とす。

「だって、私は、綾部が浦風のように私にあんな顔を見せたら、
私はなにがなんでもこの関係をなくそうとするから」

襖を開けた。
新鮮な空気が入って、外とこことは別世界だ。
空には三日月が輝いていて、私を嘲笑っているようだった。
出て行く私は、最後に振り返って、綾部を見て、
自身の持てる最大の笑顔をみせて。


「私はね、お前の笑顔が大嫌いなんだ」

たった一つの真実を述べた。
綾部は今度は、私を止めようとしなかった。













2011・2・20