綺麗なかんばせが、昼の朝顔のように、蕾んでいく。
横で見ているだけで、何も出来ないなんて、
そんなの天才な私らしくないから、足を一歩踏み出した。
私にとって、先輩とは、何か。
一言で言えば、尊敬する先輩で・・・私を救ってくれた先輩。
学園に入る前に、母上・父上に言われた。
『お前は優秀な子。他のものに、格の違いを見せつけなさい』
私は、当時、私たち一族こそが、一番であると思っていた。
最強なのは、父上で、最恐なのは、母上。
そう思っていた。
学園に入れば、小さい頃から、訓練されていた私はたしかに、優秀だった。
誰も私に敵わなかった。
一番・首席・ナンバーワン。
下は格下・二流。
先輩であっても同級生であっても、私に敵わない。
だって、私は素晴らしいのだ。天才なのだ。
努力だって怠らないし、美しさも備えている。
もう、言うこと無いのだ。
だから、君ら、格下は、私をもっともっといい気にすればいい。
もっともっと褒め称えるべきなのだ。
それが君らの役割なのだ。
なかなか褒めることすら上手く出来ない彼等に、
そう促すために私は口を開いた。
私は素晴らしいのだ。天才なのだ。
どんな努力をしているかだって?知りたいだろう?
知りたいに違いまい。
私はな。グダグダグダグダグダ。
私は、いつの間にか倉庫にいた。
「優秀なら、簡単だろう?ここを、脱出するくらいよぉ」
「それとも、本当は、口だけで、実際は、たいしたことないのかもな」
ハハハハと誰かの笑い声が遠くなった。
倉庫の中は薄暗くて、埃臭い。後ろを振り返れば、真っ黒闇。
明日からは学園は休みに入る。
忍具は、戦輪しか持っていなくて、
それを投げても、強固な扉は開くはずもなかった。
ここで誰にも見つからないで、餓死している自分を想像してぞっとする。
すぐに、脱出方法を考えた。
窓は一つ、とてもじゃないけれど、登ることは出来ない。
最初は、この天才がいなくなったらすぐみんな気づくのだから、
待てばいいのだと思っていたのだけれど、
倉庫はシーンとしていて、誰かが私を探している声すら聞こえない。
昼が夕方になっていた。
その頃には、さすがに慌てた私は、扉を懸命に叩いた。
「おい、ここに私がいるぞ。平 滝夜叉丸がいるのだ。
誰か助けろ・・・助けろ」
命令口調なそれに誰も気づくこともなく、いつしか拳には血がついていた。
同室のものすら私がいないことに気づいていないかも知れない。
そんなことはない私は皆から求められる平 滝夜叉丸だ。
誰も気づかずここで死ぬかも知れない。
そんなことはない私が死ねば、この世界にとって多大なる損失であるから、
こんな簡単なことで殺すわけがない。
私はの高慢で自分本位な考えを、そんなことないで消してきたけれど、
夕方が夜に変わり、そんなことないの考えは消え始めた。
ガタガタと体が震える。
小さな窓からは月が見えた。
私は、本当は誰からも求められていない。
優秀だったら、ここを出れるはず。
まだ私は、忍術学園に入学して二年くらいしかたっていないひよっこにすぎない。
ちょっとみんなよりも先に進むのが早かっただけ。
それなのに、誰よりもなによりも私が一番だとみくびってきた。
父上、母上。
私は、優秀ではなかったようです。
能ある鷹は爪を隠すなんて芸当が出来ない愚か者です。
滝夜叉丸は、ここで、己の過ちに溺れ、死にます。
つっと頬を温かいものが流れた。
考えてみれば、一日ぐらいで死ぬはずはないのだ。
しかし、それすら考えれないほどの幼い精神力だった。
急に、光が遮られた。
なんだろうと顔をあげると。
「見つけた」
月をバックに、見覚えのある人が笑っていた。
一つ上の先輩で、同じ委員会。同じい組。
そんなに優秀じゃなくて、なんでか男にめっぽうモテる人だった。
私に劣るとしても、綺麗な顔をしていたが、それだけ。
同室の綾部 喜八郎や立花先輩のほうが綺麗だ。
しかもその先輩は、自らが好かれているところを、利用していて、
笑顔ひとつで人を動かしていた。
なんでそんな奴に友人がいるのか理解は出来ない。
きっと騙されているに違いない。
私は騙されない。と、いつも蔑むような視線を送っていた。
体育委員の仕事で、走るのが遅れた私の手を取ろうとしたときにも、
この人に助けてもらうのは癪で、手を払う。
「大丈夫です。私は優秀ですから」
優秀ですから、あなたと違いますから、
あなたのように人におべっか使って生きていませんから。
私の鋭い視線に、先輩は眉毛を八の字にしたけれど、
それも全部演技なんでしょう?
って言いたくなるのを年功序列でぐっと我慢した。
ちなみに、その後バテた私を、七松先輩が無理やり引きずっていった。
嫌な人物に嫌なところを見つけられた。
七松先輩だったら、素直にありがとうございますが言えたけど、
先輩は嫌だった。
一年上との確執というものかもしれないけど、先輩が二つ上でも
私はこの先輩が嫌いだっただろう。
私は先輩が嫌いだった。
「帰ろうか」
と優しい笑みで、差し出された手を、振り落とすくらいには。
「帰ってください。この平 滝夜叉丸。このくらいなんともないのです。
今はちょっとした休憩なので、すぐにここから出てみせます。
あなたの助けなど必要ないのです」
そういえば、いつものように、眉毛を八の字にして、
どこかいくのだと思っていたのに、頭に衝撃を受けた。
ガン。
「いっつー」
いきなりの攻撃に素直にくらってしまった。
涙目で何をするんですかと言う前に、
先輩は、立て板に水のごとく、言葉を連ねた。
「こういう時はなぁ、怖かったって言って、泣けばいいんだよ。
自分の幼さを意識してな。
平。お前が優秀なのは分かってる。
一生懸命努力している姿だって知ってる。
だけど、お前はまだ、未熟だ。
いくら私が嫌いでも、ここで生きたかったら、
手を掴んで微笑んでみせるぐらいの狡猾さを持て、お前は潔癖すぎる」
はははと豪快に笑う先輩は、
私の手を無理やり握りしめて、離さなかった。
私も離してくださいと言わなかった。
ただグスッと鼻をすすりながら、先輩の後についていった。
暗くて悲しかった道がちょっとだけ明るく思えた。
先輩は私に何も聞かなかったけれど、
何も言わなかったけれど、七松先輩がこそりと教えてくれた。
お前を閉じ込めたって馬鹿が自慢していて、
が怒って、すごかったんだ。と。
馬鹿はがつい我を忘れてて、
喋れないくらいにしちゃって。
場所聞くのを忘れたって、
それから、は、必死に滝を探していたんだよ。と。
先輩はそれ以外、特に私に何かしたわけではない。
私の性格をそれではいけないと諭したわけでもない。
ただ、みんなが帰り支度をしているなかで、
嫌われている後輩のために怒り、夜まで探し、
拒否されても、怒るのでもなく、狡猾であれと、笑うことが私には出来ない。
それは未熟であると知らされたようで、
そして、この人は、私がなにをしても、
こうしろと命令するのでなく、受け入れてこっちだと誘導する人なのだと
思ってしまったから、尊敬する以外の術を私は持ちえなかった。
嫌いが好きに転じるのは早く、
何があるとすぐに私は先輩の元へ走った。
だから、先輩が嫌いだった理由。
好かれていることを逆手にとって、操っているという認識は間違えだったと気づく。
「先輩。何回もいいましたが、知らない男の人に、
こっちこいと言われたら、急いで逃げてください!!何度目ですか?」
「いや、滝だって。なにか用事があるようだったんだよ。
まさか、襲われるとは、もしかして、今の彼女を好きだった人かな?」
こういうの多いからさ。ま、モテる男の特権だよ。と笑い飛ばす
先輩に頭がいたい。
いいですか。あいつらは、あなたが女にモテるから襲っているわけではなく、
あなた狙いで襲っているのですと、言っても、私が弱そうだから?とか言い始める。
まだプラスの勘違いのほうがマシなので、私はそれ以上言わない。
ただ後ろで豪快に笑っている七松先輩とアイコンタクトし、
今日は先輩を抜きにした体育委員の集まりがあることを知る。
もちろん、内容は、
体育委員主催『先輩守りたい』の防御壁を強くすべき案を出すためだ。
そんな毎日で、私たちと先輩の友人5年生によって
先輩の貞操は守られていたのだけど、まさかの落とし穴。
喜八郎。
「なんで」
何回も呟いた言葉に、狡猾であれという先輩の言葉を思い出した。
2011・2・2