私が見る夢は二種類あって、
雑念・妄想、その他色々な経験によってできた意味のない夢と、
私が女だった頃の本当にあった前世。
転生しても記憶を持ち続けたというよりも、
前世の記憶を何度も見せられているに近い。
体は軽いのに、ずっ、と深く沈み込んだ。
ああ、夢を見るんだなと思えば、
光が満ちて、色と、物と、音が聞こえた。
あはははと女の子たち特有の甲高い笑い声が聞こえる。
どうやら、ここは夢の中で、前世の夢らしい。
きわどいミニスカートをはいて甘いチョコレートパフェを男に食べさせて、
美味しい?なんて聞いて、微笑んでいる女の子ではなく、
その後ろで、「リア充爆破しろ」と念じている四人のうちの一人だ。
「てかあの手の角度とか、ぶりっ子すぎだし、化粧ケバ」
と、綺麗にネイルされた爪を光らせて、
ファッション好きそうな巻き毛の女の子が言う。
「でも、あの格好を、マルサンがやったら、萌える。ほら、これ」
そういって、ばっと商業用にしては薄い本を開いた
ややロリータの服を来ている高校生にしか見えない女の子。
本には、三人が集まる。
眼鏡をかけて、上下のスーツに身を包んだ
いかにも仕事出来ますという顔をした女の子が、眼鏡をくいっとあげて、呟く。
「三次元だと引くことがどうして、二次元だと許されるのかしら?
いつ見ても不思議」
「ちょっと、桃子。ここで、開かないでよね。もう」
童顔の少女の名前は桃子というらしい。
「うん。ミィちゃんのばっちし好みだもんね。マルサン総受け。
手放せなくなるのは分かってたよ。でもそれ私のだから」
巻き毛の子は、ミィちゃん。
「え、円。それって、あの方の本?よく手に入れたわね」
眼鏡は円。
「千歳に頼んだのよ」
「えーなんで、私のは?」
「正当な交渉だもの。千歳。ほら、これ」
渡された本に、薄い笑みを浮かべる。
長いストレートの髪。意志の強そうな瞳。
そう、この人、千歳は。
「うっほいー、嫁きたっぁあぁぁぁ!!シスマカ大好物です」
そういって、Rー18とかかれ、男が男に迫っている表紙に頬ずりしている女は。
・・・・・・・前世の私だ。
私たちは、女にして、腐女子という最強のカテゴリーを持っている。
いつものように、コミケ帰りに、カラオケに移動して、
戦利品もとい、同人誌の回し読みなう。
「もう、ママカは、私のジャスティス!!嫁にこい!!」
「ミィちゃんのは、甘いよ。甘すぎ。私エロはもっとドエロにして欲しい」
「桃子のは、どぎつすぎか、ほんわかかその二択しか無いわね」
「ってかこの新人、ヤバイんだけど。今度も買い決定」
「・・・・・・新しい領域が開拓されました」
四人の女で馬鹿やっている瞬間が一番好きで。
カップリングだけで、一晩語れたりする彼女らが私は大好き。
ブルルとテーブルの上の円の携帯がなる。
「ん」
一回開いて、円は席をたつ。
「お、愛しのダーリンですか?」
ミィが笑い。
「ああ、二次元しか愛せないが断るときのテンプレな円の壁を崩してきた強者ね」
桃子が冷やかす。
そんな二人に、円は、そのクールな顔からは想像もつかないほど
甘い顔をして。
「愛は次元を超えれるのよ?知ってた?」
と、円が気に入ってる漫画の台詞を言って、
二人は手を上げて、降参のポーズをした。
「そういえばさ、桃子の彼氏、新聞に載ってたんだけど」
「そういえば、ミィちゃんの彼氏は、レイヤー本に載ってたわ」
円の一本の電話で、彼女らはリア充に乙女トークに様変わり。
自分らの彼氏に腐な幻覚を混ぜてはいるけども、
それでも、目はキラキラ輝いて可愛い。
ちょっとだけ歪にあがった私の口元を隠すように、置いてあった本を開いた。
「あ、桃子。私この本駄目だぁ。パス」
「ああ、ショタだけは却下なんだっけ、千歳は子供好きだものね」
「っていうか、子供好きで教師になるほどなのに、
自分の子どもとか欲しくならないの?」
ミィの言葉に、一回固まったけど、すぐに笑う。
「私には嫁がたくさんいるから、夫はいらないわ」
「なにそれー、あーでも千歳らしいっちゃらしいわよ。
まったく、彼氏いるの?って聞かれた奴にどう返せばいいのよ」
「そのとおり返せばいいじゃない。というか、私の千歳に、
糞男をやろうとするなんて、ミィちゃん、いい度胸ね」
ふふと笑う桃子は、とても可愛らしいのに、寒気がした。
ミィもそうらしく、ご、ごめんと謝りながら涙目だ。
空気が凍っているなか、ナイスタイミングで円が、ドアを開けた。
それから、オタクなカラオケが始まり、ミィと円がデュエットしている中、
私は、桃子に、目配らせる。桃子も私をみた。
私は、ありがとうの意味を込めて笑うと、
桃子はこれくらいどうってことないってドヤ顔をした。
この中で、私の過去を知っているのは桃子だけだ。
ミィも円も成人してから、サークルを通して知り合いだけど、
桃子だけは、高校からの友達だから。
「桃子、私が死んだら、遺産として、私のコレクション全部あげちゃうから」
「じゃぁ、私が死んだら、私のコレクションも千歳にあげるわ」
「「そして、データ消去を頼むわね」」
最後にかぶった言葉に、笑う。
なになに。仲良しさん。仲間にいれてよと二人も輪に加わって、
思えば、一番幸せな時間だった。
幸せだった。
「嫌ですね。もう二回目ですよ」
そういって、教頭が苦い顔をしている。
他の人もため息を吐いている。
このところ、私の務める小学校では、
猫の首が校門に飾られるという、とても特殊な日常が起こっていた。
子供たちの目にうつる前に、清掃員さんが処理をしている。
気持ち悪い行動に、職員会議が開かれた。
警察に訴えるということで、終わった職員会議に
私は、黒板の文字を見ながら呟く。
「何を考えてやってるのかしら」
「何も無いですよ。いやがらせに意味なんて」
私の呟きに、横にいた5年生担当の男の先生が言う。
「・・・・・・本当にそうかしら」
二度目の呟きには誰も返さなかった。
私の受け持ちは、1年生だ。
みんな素直で可愛い。
でも、32人くらいいれば、1人ぐらい違う子もいるものだ。
「お、ケンタくん。今日は人参食べれたんだね。偉いぞ〜」
そういって頭を撫でれれば、手を振り払われた。
「子供あつかいしてんじゃねーぞ。ばばぁ」
「ばばぁ、まぁ、君から見ればばばぁには違いないけどね。
ナデナデは、ちゃんとケンタくんが頑張った正当な報酬・・・
いや、先生がしたいから、させて!!」
「うわぁ、寄るな。ショタコン」
言われた言葉に、固まる。
「しょ、ショタコン。今の子って、そんな言葉知ってるなんて、ませすぎじゃない」
「先生。ショタコンってなぁに?」
わらわらと集まってきた子供たちに、私は言葉を詰まらせた。
食事が終わって、みんなが、我先にと外へ出て遊んでいる中、
ケンタくんは本を読んでいる。
「なになに。・・・・・・罪と罰。ケンタくん。この本理解できるの?」
「・・・・・・」
「無視?先生悲しいなぁ」
「・・・なにが先生だ。俺に教えれることなんて一つもないのに先生なんて言うなよ」
「教えれることあるでしょう?」
「なにを?」
「ケンタくんに、本当の年齢を教えれるってことかなぁ?」
そういって髪を撫でれば、目を見開いてから、手を振り払う。
「だから、子供扱いすんなよ」
「子供じゃん。私がばばぁのように、ケンタくんは私から見たら、子供だよ」
「・・・・・・」
今日三回目に頭に手を置くと、今度はケンタくんは手を振り払うことをしなかった。
1年生にしてフョードル・ドストエフスキーの「罪と罰」を読むケンタくんは、
所謂神童ってやつで、
他の先生ですら、彼を特別扱いで、決して子供扱いしない。
いや、彼の両親すら彼を子供だと思っていない。
だけど、私は知っているのだ。
彼が遅くまで彼等の迎えを待って、来たときの彼の笑みを。
あれが本当の姿なんだ。
持って生まれた脳みそのせいで、子供らしくはないけど、
彼は子供で、もっともっと本とか勉強以外の違う世界を知るべきなんだ。
「それは押し付けがましいということかもね」
「そうでしょうね」
5年生担当の男の先生が私の呟きにツッコミを入れる。
教員室の中、ずずーと彼の飲んでいるコーヒーの匂いに、眉毛が上がる。
いつも思うのだけれど、この男、なぜ1年と5年で教員の席が離れているのに、
わざわざ私の席の近くに来るのだろうか。
「ケンタくんにあんなことするのは馬鹿げでますよ。彼は1年じゃない」
「1年ですよ。体格的にも年齢的にも」
「彼、あと1年で、留学するんですよ。IQの高い子ばっかり集められるところに」
「え」
「だから、あなたのしていることは、無駄です」
「・・・・そうですか」
「悲しいですか?」
「ええ」
「じゃぁ、晩ご飯を奢りますよ」
そういって、男は笑みを作った。
悲しませたら、ご飯を奢るのが男の礼儀です。と言っている。
よく分からない理屈だ。
でも、男が、くるくると回している指の先に、
暗示がかかったように私からも笑みがこぼれた。
「じゃぁ、お願いします」
教室に戻ると、オレンジ色の中に小さな背中があった。
ケンタくんは、夕日をじっと見つめている。
いつも最後までここにいる彼。
そして来年にはもういない彼に、悲しくなってきたけれど、
私は何も出来ない。
彼がいる間に、教えることなんて、彼の言ったとおりなにもない。
でも。
「ケンタくん」
声をかけて、振り向く一瞬に、ケンタくんの顔に浮かぶ歓喜に、
私は声をかけることをやめることはないのだろうと思うんだ。
ケンタくんの前の席に座って、私はなんでもないことを喋る。
ケンタくんは、呆れた顔をして、ちゃんと要点を整理して話せなんて言う。
マセガキ。
会話は楽しめればいいじゃないとぶーたれていれば、
ケンタくんは、顔を見合わせて問う。
「ばばぁは、なんで結婚しないんだ?」
いきなりの質問に、机に膝を立てていたのだけれど、ずるっと崩れた。
「おい、答えろよ」
女の子に聞かれたことはあるけれど、まさかケンタくんに聞かれるとは、
と思いながら、目の前の少年が徐々に険しい顔になっていくものだから、
意識を戻す。
「・・・結婚ねぇ。女には、色々と事情があるのよ」
「へー、あと何年したら結婚するんだ?」
「さー分からないけど、何十年かな?」
「ふーん」
そういえば、興味をなくしたように本に向かった。
さっきまで読んでいた罪と罰じゃなくて、
なんだかよく分からない横文字で書かれたタイトルの本だった。
「それ、なんて本なの?」
「・・・・・・あんたは知らなくていいんだよ」
そういってケンタくんは頬を赤くする。
そんなエロイ内容なのかと、私は文字を暗記した。
―――Ich liebe dich immer und ewig―――(永遠にあなたを愛します)
「ええ、きっと僕、好きなんですよ」
「はぁ」
5年生担任の男の、主語もなにもない言葉は、真実味がなかった。
なにせ言った本人がきっとときたもんだ。
ずずっとビールを飲む。
色気のない居酒屋に、まさかの愛の告白。
変わっている人だと思ったけれど、考えを改めよう。
凄く変わっている。
「考えてくれませんか?」
いつもヘラヘラして眠そうな顔から一転して、真剣な表情。
私はため息が出そうになるのをこらえて、
「答えが出ているけど。今言わないで、考えたほうがいいの?」
「ええ、あなたの答えなんて僕も分かりますよ。
だから、考えてください。
考えて、考えて、今の答えから少し遠くしてください」
この人は、教育学部で国語を専攻していたと言っていたけれど、
どうやら、その経験はいかされていないようだ。
私は、こくりと頷いてから、さっきから聞き耳立てている店の親父に言う。
「すいません。つくね。二本追加」
私はずるいのだ。
出来れば職場の人間を傷つけたくない。円滑な関係を築きたい。
だけど、彼の望んだ関係は勘弁。
だから、
「分かりました」
そう答えるんだ。
伸ばして、伸ばして、自然に終りというのも手だなということを考えつきながら。
今日は朝からケンタくんの様子がおかしい。
凄いイラついている。周りの子が、ねぇ、どうしたの?って言葉にも、
耳を貸さずに、イライライラ。
最終的に、椅子を蹴飛ばして、外へ向かう。
「どうしたの?ケンタくん」
「ついてくんな」
「ついていきますよ」
そういって、靴箱あたりでとまったケンタくんが叫ぶ。
「あんただって、他のヤツラと同じだ。俺のこと変だと思ってんだろう?」
「え、まぁ思ってるけども、それって、個性ってもんじゃないの。
それに私も変だし。変同士仲良くしようか?」
「なにいってんだよ。ばばぁ。どうせ、あんただって男できて、結婚して、
俺のことなんてすぐ忘れちまうんだよ。
変なガキいたって、そんな笑い話にして」
「忘れないよ」
「いいや、忘れる。絶対だ」
「いや、忘れないね。絶対」
そう言い切った私に、ケンタくんはくるりと向き合い、そのまま横を通り過ぎる。
「どこいくの?」
「教室に帰るよ。先生」
ケンタくんは、そういって、死んだような目を向けた。
私を初めて先生って言ったのに、それが目標だったのに、ちっとも嬉しくなかった。
だって、先生だから追っかけてきたんだろうって言われたような気がしたから。
そして、それが本当のことだったから。
ケンタくんと気まずくなって二三日。
声をかけても無視されることが多くなった。
何をしたのか分からないけれど、何かしたんだろう。
繊細な子だから、がさつな私には理解出来ない何かを。
「はぁ」
「ため息一つで幸せ1億個逃げますよ?」
教員室の自分の机の上でため息を吐けば、いつも通り、男が横にいた。
そんなに逃げるの?と返そうとしたけど、
男の顔がなくなっている。
「とうとうテレポート能力をつけましたか!!」
「・・・いえ、違います。床です」
みれば、男が床とキスしてる。
なんでだろうと、思えば男の後ろに小さなうわばき。
上に顔をあげれば、
「なにイチャイチャしてんだよ!!」
ケンタくんが真っ赤な顔して怒って、そのまま走って出て行った。
追いかけようとしたけれど、ケンタくんの言葉を反芻して、
「イチャイチャしてるように見えますか?」
と、床に倒れている男に聞いた。
「いえ、ただ喋っているだけですよ。そうなりたいですけど」
「まって、ケンタくん。イチャイチャの訂正を要求する」
「待ってください。僕を起き上がらせてくれませんか?」
そう言われたけれど、そのままケンタくんを追いかける。
60のジジィじゃないのだから、あれくらい自力で起き上がれるはずだ。
それよりもこっちが重大だ。
男を放置したかいあって、ケンタくんは、意外と簡単に捕まった。
そうだ、私は腐女子。
コミケの入場時のダッシュ力とか体力とか半端なくある。
はぁはぁと息切れしているケンタくんは所詮、本ばっかり読んでいるもやしっこ。
その前に1年のお子様だ。
ケンタくんを俵もちをして、満足げな私を、ケンタくんは睨む。
「あいつと結婚すんの?良かったじゃん。行き遅れなくて」
「・・・・・・その情報源はどっから、というかケンタくん。君は勘違いをしている」
「は?」
「私と彼は結婚しない」
「・・・子供だからって嘘つくなよ」
「嘘じゃなくて本当。私は何十年経ってもきっと結婚しない」
「・・・なんで」
「ケンタくんが大人になって私を忘れなかったら、教えてあげるよ」
「だったら、そんときまで俺があんたを覚えていれば・・・・・・」
「れば?」
「・・・なんでもねぇよ」
そっから、なんでかケンタくんは機嫌が直ったようだ。
もしかして、私を取られると思って、拗ねていたのだろうか。
私、物凄く気に入られてるんだろうか。
そう思えば、今までのことが全て理解できて、可愛さが募る。
腐女子な彼女らとはまた違った世界で、違う幸せを噛み締めていて、
やっぱり教師になってよかったなあと思っていたのに。
3回目の猫の首が置かれて、1週間。
私が受け持つ1年3組みのガラスドアにぬっと男の影が写った。
授業中なのに、なんのようだろうと、
私が開けるよりも先に、ドアが開いた。
開けた人物には見覚えがない。
無精髭をはやし、フードを被り、ボロボロの服。
目がどんよりと濁っていて、ブツブツつぶやいている。
見た瞬間にヤバイと分かった。
子供たちも分かったのだろう。みな怯えている。
「逃げなさい!!」
そういうのと同時だっただろう。
男がずっとパーカーに突っ込んでいた手を出せば、
二本の包丁が握られていて、
「殺す殺す殺す殺す殺すぅうううう!!!!」
そう叫んで。包丁を振り回し始めた。
きゃぁぁ!!子供たちが叫んだ。
何人かは逃げたけど、恐怖によって何十人かは動けないでいた。
どうすればいい。どうしたら、助けられる?
絶望を感じている私と恐怖が支配する教室の中で、ケンタくんが静かに叫ぶ。
「大丈夫だ。俺達が散り散りに走れば、逃げれる。
俺達は、殺されない。死なない。怖かったら、手繋げ、走るぞ」
その冷静な声に、私は落ち着きを取り戻した。
男から一番近い座っている子を立たす。
「大丈夫。これは鬼ごっこよ。ちゃんと逃げれるわよね。
あなたは逃げるのが得意なんだから」
そう諭した。私たちは後ろの扉に向かって走った。
だけど、一人の女の子が後ろを振り返ってしまった。
その子は、包丁を振り回す男を見て、
恐怖で、動けなくなってしまい、
そして、そのまま凶器を受けようとしていた。
私は、手を伸ばしたけれど間に合わない。
ああぁ。殺されちゃう。
そう思ったけど、急に男が足を崩した。
後ろにはケンタくんが男の関節を蹴っていた。
男は、ターゲットを、その子からケンタくんに変えた。
ケンタくんは、真っ直ぐ男を睨んでいた。
男が包丁を振りかざすその時まで。
私は、走っていた足をもっと早くして、駆けた。
「先生?」
「はい、先生です。ケンタくん。君に最高司令を下します。
みんなを連れて逃げなさい」
「・・・あんたは?」
「見て分かるでしょう?今こいつと、取っ組み合い中。
これ離したら、こいつ、君を殺すからね」
「女ぁぁぁ、離せぇぇぇ」
男が目の前で吠えた。
私は嫌な顔を隠さずに、ケンタくんに言う。
「ほら、はやく行って、助けを呼んできてよ」
ケンタくんが背中を見せてようやく、息を吐き出す。
間に合った。安堵が体に全身に感じる。
手にグググと強い力を感じて、それ以上の力を込める。
伊達に、毎回大量の本を持って歩きまわっていない。
握力は鍛えられている。
それから、男を見る。
男に正気はとっくにない。話し合いは通じないようだ。
きゃぁきゃぁと叫びながら子供たちが出て行く気配がする。
それからバタバタと足音と、他の先生方の焦った声。
私は子供たちを殺されずにすんだようだ。
最後、教室から出ていくケンタくんが、言う。
「おい、千歳。絶対来いよ!!約束だからな」
「・・・・・あはは、千歳言うな。先生でしょう?」
私は、ケンタくんの必死な願いに笑った。
彼が安心するように。なんでもないように。
良かった。良かった。
ケンタくんには見えていなかったようだ。
口の中から鉄の味が広がって、血がボトボトと、地面に落ちる。
体がぐらりと傾き、地面に落ちる。手から力が抜けた。
私のお腹に包丁が刺さっていた。
「に、逃げた。殺す殺さなくちゃ。絶対殺すぅぅぅ」
そういって子供たちの方に行こうとする男の足を掴む。
「・・・行かせない」
「邪魔なんだヨォぉぉ。さっきからぁぁあ。なんなんだぁクソ女ァァ」
がっとがっと何度も頭を蹴られる。
痛みは、ない。徐々に霞んできた視界。
最後の力を振り絞って、手に力を込めるけど、雲を掴むような感覚しかない。
「二度と目の前で殺させるもんか。守るんだ。わた・・・し」
次に、目が覚めると、真っ白だった。
目の前には糸目の男の人が立っている。
私は男に掴みかかり。
「子供たちは!!」
「無事ですよ。千歳さん」
「誰も殺されてない?怪我してない」
「ええ、あなたのおかげで、誰も死んでいませんし、怪我もしてません」
男の声があまりに温かでだったから、冷静さを取り戻した。
「ここは」
「説明しましょう。その前にご紹介。
私は所謂天使とか言われる生物です。
そして千歳さん。
あなたは死にました。死因は、出血死。
5月18日火曜日。10:24。
包丁を持った犯人が、◯◯小学校に押し入り、
包丁を振り回し、子供を殺害しようとしたところ、
教師に妨害され失敗。
教師は自らの命をかけて、子供たちを守り、
手厚く埋葬されました。
犯人は、猫の首を送りつけ、
三人の子どもを殺害する予告を出していたようです。
その後、犯人死刑が確定されました。
その事件後、学校は、不審者が簡単に入れないように、
時間外には扉を閉めるようにするといった方法をとってます。
そして、あなたの話は本となり、映画となり、多くの人に感動を与えました」
べらべらと紙に書かれた内容を読むように自らを天使と言った人物が語る。
私は、自分のことなのに違う誰かの話を聞いているような気分にされた。
「ははは、私が腐女子ってことバレたかな」
「いいえ、あなたの友人桃子さんが、あなたの秘密な部分は守っておられました。
彼女の旦那さんが、出版業界の大物ですから、
そういったものを全て排除されておりました」
「私は、いい友人を持っていたようだね」
「ええ」
しみじみとしていると、天使と目があった。
天使は、目を閉じて喜んでいるような顔が標準装備で、
さてと人差し指を天につきだして、話を進め始めた。
「ここからが本題です。
本来なら、眠ったままで、天界にいき、輪廻転生するはずだったんですが、
あなたの素晴らしい自己犠牲精神・もとい奇跡に大いに感動した我が主により、
望みを叶えようと思います」
「奇跡って大げさな」
「いいえ、本来なら、あの事件で3人の子供死んでいたのです。
あなたは、神の運命をねじ曲げた。それを奇跡と呼ばず、
なんと呼ぶのか私は知りません」
奇跡と言われたけれど、やっぱり私には実感がない。
奇跡って言うと、雨を降らせたり、光を出したりとかの想像しかなくて、
ただがむしゃらに、子供を助けただけの私の行いが奇跡には思えない。
「願い事はなんですか?」
天使が私に問う。
私は今の状況を、夢を見ている感覚に似た思いを抱いている。
つまり、夢なら、馬鹿な事言っても許されるの法則に従った。
「次の世界で、私を男にして!!
そして、男にモテモテな体質に!生BLを味わうのよ」
はぁはぁと鼻息荒くした私が天使に詰め寄った。
天使は、一回沈黙したけれど、すぐ立ち直った。
「いいでしょう。あなたの願いを叶えましょう。
あなたと、本当のあなたと、奥底のあなたの願いを」
え、なにそれ。と聞く前に、私はまた眠りについた。
・・・・・・・ああ、糞女。
途中まで、感動したのに、なんで最後にそんなものを願うのか。
おかげで、私、ひどい目にあっている。
つんつんと誰か突いている感触で目を覚ますと、綾部がいた。
「先輩。すごい顔して寝てましたよ」
「だろうね。凄い夢見悪かった。
てか、思い出した。私がこういう体質だったわけ。あの女もう浄化されろ!!」
「?」
と頭を傾げた綾部を睨んでから、私は布団にもぐりなおした。
2010・1・13