髪がいけない。あの綺麗で妖艶な赤い髪が。
だから、彼は俺を見なくなった。
髪を特に愛する少し前まで傍にいた人は、もう俺の傍にいず彼の傍にいる。
なんで?俺はもういらないの?
年上に関わらず後輩の袖を掴むことはできずに、自分の掌を握りしめた。
赤い奴が俺たちの間に現れるまでは俺と彼の関係は凄く曖昧なものだった。
体だけ。言葉にすればそんだけだけど、俺は心まで繋がっていると信じていたのに。
ある日。彼が言う。こういうことはもう出来ないと。
なんで?って縋りついた俺はそれ以上哀れにならないように涙だけは必死に我慢した。
ああ、でも。我慢なんてしなければ良かった。
続きを聞くぐらいなら、俺は泣いて困らせて言わせなくさせればよかったんだ。

『だって』

ぼうっとしていれば横からハチが心配そうな目で俺を見ている。

「兵助。大丈夫か?」

「ああ」

「兵助、俺の豆腐をやるよ」

「ああ」

嬉しい。豆腐大好きだから。
気分をなおそうと豆腐を食べようとしたときに目に入った赤色と蜂蜜色。

「兵助!!」

と力強く引っ張られ顔を下に向かせられ、そのままハチの部屋に連れて来られた。
どうしたんだ?と聞こうとしたけれど上手く口が動かない。
物が喉の奥のほうに詰まっているみたいで。
視界に広がるのは歪んだハチの顔。お前、そんな変な顔してたっけ?
なんて軽口を叩く間もなく、俺はハチの胸元に顔を押し付けるように押さえつけられた。
なにを。

「いいから泣けよ。俺の胸くらい貸してやるから。ちゃんと泣け」

言われてから伝う生暖かいもの。唇をつぅっと伝うその感触が、少し昔にされた口付けに似て、
次から次へと目から溢れてくる。止まることがないそれに、どんどん酷くなる俺の声。
とぎれとぎれに、俺が言う言葉をハチはしっかりと頷いて
頑張ったな。と撫でてくれた。

『だって、愛しい人ができたんだ』

そう笑う猫のようなかわいらしい穏やかな顔が俺のなかに焼きついている。
俺たちの関係は曖昧だった。今ならはっきりとしている。
俺の片思いで、彼の片思いだ。

泣いて少しはすっきりしたけれど、胸にしこりが残る。

「ハチー俺、片思いとか初めてだよ」

「あー兵助って魔性の天然で愛される側だからなー」

「それは、あいつだって、そうだ」

「まーなー。でもよ、だからこそ、見込みがあるんじゃねぇの?」

そうだ。そうだよな。あいつはいつも多くの女や時には男を連れているけれど、
本気なんてなったことのない男だ。
だったら、俺がすることは一つ。取り戻し、取り返し、目を覚まさせる。

最初の挑戦状は、さっとあげたくないに笑うあいつ。
赤い、赤い、血よりも鮮やかな赤を散らせて、

「なーに?い組の優等生くん。俺を殺すんならまず狙いどころが違うなぁ」

「挑戦状です!!」

「挑戦状?俺そういうのパスぅ。伊作ぐらいなら付き合ってもいいけど、お前つまんねぇしなー。
なぁ、お里」

「にゃーん」

いつのまにか先輩の足元には一匹の黒い色艶のいい猫が擦り寄っている。
先輩がその猫を首下に置くと、にっと笑った。
カーと頭にのぼり先にクナイを放ったが、すべて落とされる。早すぎて見えなかった。

「散髪ぐらいいっそ根元から切るぐらいの度胸がなくちゃつまらなぇな。
それに俺に当たるのはお門違い。二人の間に勝手に連れこむなよ。あーあ。
つまんねぇな。仙蔵?」

俺は前の赤い髪しか見えていなくて横で、殺気を俺に飛ばし今にも
焙烙火矢を懐から取り出そうとしている黒髪・立花先輩が見えていなかった。
興味がないとばかりに歩みを進める先輩をそのままに、
立花先輩が俺に冷えた目をして俺に忠告した。

「・・・・・・久々知。命拾いしたと思え」

あの髪を好きなのは、一人ではない。
そう羽音で俺に囁き、前へ進んだ赤髪を追いかけていく。

遠くから聞こえるのは同級生の心配した声。
俺の中に敗北なぞなくて。
一つ安心したのは、先輩にとって
愛しい人・タカ丸さんよりも立花先輩の方が大事だと言う認識。
なぜならば、彼はタカ丸さんが後ろから付いて来ても前を進む足を緩めることなぞしないのだから。


俺は好きな人に幸せになってもらいたいんじゃない。
隣に一緒にいて二人とも幸せになりたいんだ。








2009・11・27