俺の後輩、富松 作兵衛は、とても頼りになる後輩だ。
主に彼は俺の後始末をしてくれる。
彼曰く、先輩ですから。らしい。
にっこり笑う彼は子犬のように愛らしいが、時々片隅のほうでブツブツ呟いているときがある。
此の頃、それが頻繁になってきて、しかも彼は俺を見るたびに少し、怯えるのだ。
前のあんころもちが実はちょっと賞味が切れたことがばれたとか、
実は俺が作業しなかったら、それで飛び散る木片で怪我しないとか、
実は、もてないようにもてないようにと、毎回祈りながら頭を撫でていることがばれたのか、
実は・・・・・・やめておこう。きりがない。
そして俺は思ったのだ。これはご機嫌取りしかないと、彼が以前食べたいと
言っていた栗きんとんの製作に勤しむことにした。
俺の唯一の委員会の後輩、というか俺の知っている後輩の2人のうちの1人なのだから、
先輩として最低限の優しさだってできるさ。
少ししか出来ないけど、喜んでくれたらいい。
俺だって、嫉妬とか色んな憎悪ばっかだけど、優しくしたい相手くらいいるんだぜ。



6・俺は違う。まだ違う。というか違う



俺のいる委員会の先輩はみんな当たりだと思う。左門のところは寒中睡眠に、
10キロソロバン、徹夜なんて当たり前。
三之助の所だって、ボロボロのドロドロの傷だらけで帰ってくるのだ。
俺の用具委員会の先輩は二人だけだが、優しくてかっこいい人たちで、
嫌なことなんて一つもない。俺の行き過ぎた妄想も全然出てこない温かい場所だ。
怪我をしていれば、救急箱で怪我の手当てをし、休ませてくれる甘い父親の食満先輩。
疲れていれば、甘いものが一番だと、笑顔で美味しいもの作ってくれるくれる母親の先輩。
照れくさくて言えないけど、俺は二人とも大好きである。
だから、どうしてこうなったのかの原因が彼らの片方であっても憎むことなどない。

「というわけでだ。富松分かったか。先輩に不用意に近づき色目を使ったら、僕は」

「僕はお前に何するか分からないからな」

シャーとジュンコの声と共に去っていた孫兵に俺は何も言えずにただ突っ立っていた。
一体俺は、彼に何をしたのか?そして俺は先輩に何をしたのか?
不用意にと言われれば確かに、先輩は優しいのでよく傍にいたかもしれないが、
色目とはなんだろうか?
もしかして、先輩は俺のこと嫌いで、それを孫兵が教えたのではないか。

それと、というわけで。の前が省略されてしまっている。
何がというわけで。なのだろうと、頭を抱え込んでると、俺に言葉をぶつけた孫兵が歩いていて、
孫兵に真実を聞こうと声をかければ、目の端に見えるのは噂の張本人。
孫兵は、いつもの冷静さをどっかやったかのように先輩に抱きつきにいった。

「ん、孫兵?」

先輩。どうしてここにいるんですか?」

「どうしてって、どうしてかな」

「僕、藤野屋のあんみつ買ってきたんで一緒に食べましょう」

「えっ!藤野屋のか。凄いな。孫兵。あそこ込んでいて大変ではなかったか」

ポスリと頭を撫でられて嬉しそうにはにかむ孫兵。
見たこともない孫兵に、やっぱり優しいお母さんみたいな先輩。
俺と明らかに違うのは、孫兵がどうみても、先輩に恋をしているように見えると言うことだ。
きっと目の錯覚だと思いたい。孫兵は男で先輩も男だ。
それにしても、抱きつきそれを撫でている二人を見ていると大層居心地がよくない。
先輩が俺以外の後輩を相手している姿を見たことないし、とられたという
子供じみた思想を感じて恥ずかし、でも悲しいなと思っていれば。

「お、そうだ。富松。前、食べたいって言ってた栗きんとん、ほれ。」

「えっ」

俺は予期しないものを手にしている。前ついポロリと言ったことを覚えてくれていたのかと、
悲しいと思っていた気持ち全部吹き飛んで、俺のこと嫌いじゃないかっていう疑念も消えた。
先輩は嫌いな人にお菓子をつくらない。嬉しくて、嬉しくてお礼を言おうとしたが、
孫兵の顔が凄いことになっていて、喋ることができない。
どうやら、やっぱり目の錯覚ではないらしい。孫兵は先輩が好きなのだ。
理解したときには、孫兵は、先輩に向ける顔を俺へ向けた顔とを
180度違うものにさせ、甘えるように言う。
何時の間に、そんな芸当ができるようになったのか。お前人間嫌いじゃなかったっけ。

先輩、僕も食べたいです」

「うーん、孫兵は今度作ってやるから、な。好きなもの言っていいから」

その時、僕は孫兵の目が光るのが見えた。
もしかして、


「じゃ先「だ、駄目です」」


孫兵の言葉を断ちきるほどの大声を上げて、そのまま顔を赤くした俺は急いで逃走した。
俺は違う。まだ違う。というか違う。と呟きながら、手には温かい栗きんとん。
先輩今日このためだけに、俺のためだけにあそこに来てくれたんだよな。とか、
いつも甘い匂いさせてるとか、笑顔が意外と可愛い人だとか、孫兵だけ名前呼びだよなとか、
それは、後輩先輩の嬉しいとか取られちゃったとか寂しいとかの感情であって、
男をしかも先輩を好きになるなんてあるわけない。
俺がしたのは、先輩を守る術であって決して邪魔したわけでは、あぁぁぁー
と雄たけびをあげながら俺は走った。
孫兵が、変なこというから意識しちゃまうじゃねぇか。



「なぁ、孫兵。俺富松に嫌われるようなことしたっけ」

「あんみつ食べたら、すぐ忘れれますよ」

「うーん」

「僕がいます大丈夫です」

なにが?とは言えないで俺はあんみつに釣られていく。富松は年頃と言うことにしておいた。







2009・10・13