漆黒な闇がしめる世界で、1本のろうそくに灯された炎だけが、
灯りだったけれど、その部屋にいる2人の子供にはどこになにがあるのか
しっかり分かっていた。それは、ここ忍術学園の授業の賜物である。
次屋 三之助、富松 作兵衛、神崎 左門と書かれた3年長屋で、
髪を下ろして、後は寝るだけの姿の作兵衛が呟いた。

「左門、遅くないか?」

ぺらりと本をめくっていた三之助は、自分より幾分身長が小さく、
前にしか進めない友人を思った。宙を一回見て、本を閉めると、
同じく寝ようとしていた恰好の三之助は立ち上がり、

「じゃぁ、俺、探しに行ってくる」
「っばか!!おまえも迷子になるんだよ。頼むから、じっとしていてくれ」
「俺は左門みたく迷子じゃない」
「・・・おまえのほうが面倒なんだよ。無自覚方向音痴が!!」

作兵衛に怒鳴られたことに三之助は頭を傾げる。
だって、自分は左門と違って方向音痴ではない。
ただ道が迷子になる場面に出くわすというだけだ。
妄想癖が強い作兵衛は何かと自分と左門を同列扱いしてくる。
そのことにいささか不満を感じなくもないが。

「じゃぁーん、見てくれ!!」

と、なぜか、天井から出てきた左門に、三之助は、口を開けた。

「な、なんでそんな場所から!!」
「ヒーローだ!!」

まったく作兵衛の答えに答えずよく分からない単語を言いながら
左門は、天井から降りてきた。
ずいっと目の前に出された書物に、三之助は、指を指す。

「なんだそれ?」
「今日、図書室でいらなくなった本を貰ったんだ。それで、これを見てくれ」

これと言われたページを読むと、
世界に悪がはこびり、暗黒の世界が、云々カンヌン。

「・・・前書きが長い」
「堪え性がないな三之助は」
「おまえ、これ、悪の支配下についての内容がやたら長くないか?
奴隷制度の話になったけど、これどっから本編だよ」
「こっから」

左門の言ったページは残り5分の1程度だった。
この話は奴隷の躾方、拷問、人の心の砕き方が事細かに書かれており、
それだけでもうグロッキーなのに、
それが、まだ三之助の読み終わったページの5倍あることに恐怖しつつ、
それを読み終えた左門が怖くなった。
爪の間にほにゃほにゃらららで、読んでるこっちが痛い。
三之助は、これを書いた奴はどSに違いない思いながら、
本編を読み始めた。

何も言われても口答えしない優男が描写されている。
彼は、いつもにこにこ笑っていて、倒れている人があれば、
優しさを持って、人を助けていた。
しかし、恐怖政治の中、人々の心には、荒んでいく。
こっからの描写は酷過ぎるので省略するが・・・
すっごい酷い事件があって、とうとう人々が反旗を翻す。
圧倒的な軍事力を持っていた彼らに、
やせ細った人々が敵うはずもなく、
ボロ雑巾のように働かされ、もはや死よりも恐ろしい生活だけが残された
そんな中、5人のヒーローが立ち上がった。
ヒーローは、悪を倒し、世界に平和が訪れた。
そのヒーロが最後仮面を抜いだ時、それはあの優男だった。

「ひーろ?」

三之助は内容を読み終えて眉を潜めた。
そもそも、この話は、どちらかといえば、悪の方に力を入れすぎな気がする。
ヒーローが悪を退治するところなんて、たった10行程度の内容で
まとめられているし、色々と突込みどころが多い本が、
いらなくなった理由は、よく理解できた。
しかし、左門は違うらしく興奮気味で、顔をぐいぐい近づけ、
本の言葉をドスドスと、穴が開くのではないかと思うほど指差す。

「『ヒーロー』
いつもは普通でなよっちくて、弱いけど、本当は強くて、
それを隠して助けてくれる正義の味方だ。カッコイイだろう!!」
「ほー、なるほど」

この本を読ませるのではなく、
その言葉だけで良かったのにと三之助は思った。
おかげで、脳裏に酷いシーンが頭に蠢いている。
でな、でな。とこの本でここまで熱く語れる左門に感心していれば、
ずっと黙っていた作兵衛が怒鳴った。

「お前ら、さっさと寝ろ!!」








【兄貴ヒーロー】









全学年合同の学園長が開催した「おもいつきドキ★サバイバル」が
始まって数時間、俺と左門は、緑が深くて、知らない山の奥深く、
ぎゃぎゃぎゃとよく知らない鳥が鳴いている所についた。

「ここはどこだ?」
「また道が迷子だ」

お決まりの台詞に。

「・・・・・・いや、俺らが迷子なんだよ」

一言多くの言葉が残った。
左門と俺が振り返ると、身長がでかい細身の5年の忍服を着た
普通の容姿をした男が眉毛をハの字にしていた。

「「・・・・・・誰?」」
「ようやく、止まってくれたね。一応君らの先輩だよ。
ともかく、君、なんでそっちに走ろうとするの?止まろうか」

どっか行こうとしていた左門を掴んで、俺達の質問に答えない男に、
疑いの眼差しを向け警戒した。が。

「はーい」

止まった左門が元気よく馬鹿面で手を上げている。


「はいえーと、だれだっけ」
「3年ろ組の神崎左門です」

・・・おい!!何素直に名乗ってんだよ。
あっちは何も言ってないぞ!!
と、つい隠しておくべき本音もぽろっとこぼれた。

「まて、そう素直に答えていいのか?この人が先輩だって確証はないんだぞ?」
「三之助、進退は疑う事なかれ。言っちゃったんだからしょうがない」

ドヤ顔全開で大好きな言葉を吐く左門に呆れた。

「・・・それは、そういう意味じゃないだろう?」
「この忍服で5年だって分からない?」
「5年だって言われても、見たこともないぜ。あんた」
「5年は組 っていうんだけど」

ようやく名乗られた名前に、左門と顔を見合わす。

「知ってるか?」
「いや、知らない」
「そもそも5年には組があったとか知らねー」
「3年だってあるだろう?」
「うん」
「それがあがって5年になれば、5年は組はあるだろう?」
「あーなるほど」

左門に優しく教えているが、それくらいは分かる。
俺はただ単に嫌味を言ったのに、という奴には分かっていないようだ。
そして、左門も分かってないようだ。
馬鹿だ馬鹿。馬鹿同士。

「で、あんたが5年だって確証は?忍具とか、忍ともとか」

俺の視線に、にへらと締まりの無い顔では笑った。

「俺の持ち物?俺って団子屋になるのが夢だから、あるのはこれくらいかなぁ」

そっと出されたのは、「月刊 作れるものなら作ってみろ(笑)」と書かれた
なかなかのネーミングセンスがある本だった。
俺のなにこれ?な顔で言いたいことが分かったのか、は答えた。

「レシピ本」

レシピ本。
そう言われて、開くとレシピの文字が見えないくらい
びっしり墨で何か書かれていた。
今度は、俺の言いたいことが分からなかったのか、はゴソゴソと胸元から。

「それと、これ」

豆大福を出した。
服をみれば汚れていない。どうやってこんな粉っぽいものを綺麗に出せたのか
不思議でしょうがなかった。
その前に、左門がすでにそれを食べようとしていたほうが
問題で口にすることが出来なかった。

「左門食うな」
「なひゃんで?」

忠告は遅かった。幸せそうに頬をもごもご動かしている。

「毒とか疑えよ」

呆れた俺の台詞にごっくんと飲み込んだ左門は、
三之助と、真剣な顔になった。

「これ、すっごく美味しい。先輩、三之助はいらないらしいので、
僕に全部ください」
「おーいいぞ。そういう風に食べられると、こっちも嬉しいしな」
「ちょ、ちょっと待て、誰も食べないとはいってないだろう」

左門が食べようとしていてそれを奪う。
幸せそうな左門の顔を思い出して豆大福を口に含んだ。

・・・・・・今まで俺が食べてきた豆大福は、豆が死んでいたのだろう。
それか、これは豆大福じゃなくて、一歩進化した豆大福。
豆の塩っけと、あまり甘くない餡の絶妙な組み合わせ、
硬くもなく、柔らかくもなく、粉っぽくもなく、
もちとそして、豆のごろごろしか感触がまた!!
幸せの絶頂は、食にあり。としんべえみたいなことを思っていれば、
横で左門が断言した。

「僕が思うに、こんなに美味しいものに毒を仕込む馬鹿はいない。
しかも手作りで、ここまでこだわるほど、僕らにはそんな価値はないし、
それと、先輩から甘い匂いする。
団子屋が夢っているのは、間違えじゃないと思う。
もし、敵なら、今僕ら死んでるし」
「左門」

ということは、お前もしかして死ぬかもしれないって思いながら食べていたのか。
違うだろう。食べたくて食べたらどうにかなったって感じだろう。
後付が妙に美味い。だけど、お前のそんなところ、大好きだ。

「神崎君は、大物になるねぇ」

後ろで、先輩も感心していた。
たしかに、こんな危機感のない人に警戒するのも馬鹿らしくなり、
俺は手を出し、おかわりを要求した。



それから、一晩見つけた洞窟で野宿した。
ご飯のほうは、サバイバルしなくても、
美味しい豆大福をしこたま食べたので、空腹ではなかった。
というか、この人はどこにそんなに豆大福を隠せておいたのだろう。
細身な服装だけれど、本人の体はもっと細いということか?
とじっと見ていれば、へらりと笑われた。
見ていることが恥ずかしくなったので、減らず口を叩く。

「あんた。俺は一応疑ってるからな。
そもそも、なんでオリエンテーションに
忍具なしで、レシピ本と豆大福だけ持って来てるんだよ」

そういえば、ああ、と遠い顔をされた。

「それには深い訳というか、君らに引きづられたんだけどね」
「引きづられた?」
「ほら、それに引っかかって」
「「なんで縄が?」」

昨日もあったよ。と笑っている。
よく苦笑していることの多い人だ。体育委員に5年はいないけれど、
先輩と言えば、滝夜叉丸か七松先輩のような
個性豊かな面々しかいないので、おとなしすぎる
どうしていいのか分からなくなる。滝夜叉丸だったら馬鹿にする、
七松先輩だったら、何も言わず付いていく。

「こういうのはみんな出ないし、ただ歩いていただけだし、でこんなことに」

はぁーとため息を吐いている。
みんな出ない?に、おかしさを感じる。だってこの思いつきの企画は、
全員参加だったはずだ。なのに、みんな出ない?
補習かなにかと重なったのかと、言う前に、
ぴんと張り詰めた空気を感じた。ざっざと四方八方から足あとが聞こえる。

「囲まれてる」

羽根音で左門が言った。

「山賊だな。物取りか」
「どうする?」
「この先輩はアテにならない。だから、俺達で」

後ろを見れば、木の上を見ている
囲まれていることにも気づかずにのほほんとしている。
5年の先輩だっていうことはもう疑っていない。
団子屋さんになるんだってことも疑っていない。
だけど、彼は、忍びの卵ではない。
2歳も年上だけれど、先輩だけど、あってそんな経ってないけど、
馬鹿みたいに人がいいのが分かって、守らなくてはいけないと思った。
コクンと同じ気持だったのか左門が頷いた。

「僕は前を」
「じゃあ俺は後ろを」

左門と俺は同じ方向を走った。

「・・・・・なにをしているの?」

凄く変な顔でが見ている。

「後ろっていっただろう?」
「知らねぇよ。道が正反対になったんだ!!
それより、なんで馬鹿正直に前に行こうとしてんだよ死ぬ気か」
「前へ行かなきゃどこいくんだよ」

ぎゃあぎゃあ叫んでいる俺らの腕をが掴んだ。

「そうだね。隠れようか」
「「そんなのカッコ悪い」」

なんだ、山賊がいたことには気づいていたのか。
でも隠れても無駄だ。もう、奴らは姿を現していた。

「おい、子供じゃねーか」
「でも兄貴。あの小さい奴の髪を見てくだせぇ。サラッサラですぜ。
顔もそんなに悪くないし、そういうのが好きなやつもいます」

左門のことだろう。
たしかに左門の髪は、サラスト9位の実力だが、
体と髪を洗うの同じなんだぜこいつ。
滝夜叉丸が知ったら倒れそうだが、
俺が思うに、努力云々よりも、もって生まれたもんってのもあると思う。
俺たちをそういう奴に売る算段でもついたのか、ニヤリと嫌な笑みを浮かべた。
クナイを手に構えたが、ざっと周りをみると人が多くて、
これは無傷では帰れないなと自嘲すれば、
が山賊の頭の前へ歩いていた。

「まぁまぁ兄さんがた、おいしいものでも食べて、落ち着こう」

そういってまだ持っていた豆大福を渡そうとしたが。

「いらねぇよ」

そういって、山賊はそれを払って、べちゃと音を立てて、地面に落ちた。
そうだろう。これからやる気満々ですのところに、空気読めなすぎる行動だ。
いやーお腹すいてたんですよ俺等といって食べて、
満足して帰ってくれるなら、山賊ではない。
無銭飲食のお客様だ。

は呆然とべしゃと落ちた豆大福を見ている。
混紡をふりあげて、に殴ろうとするから、
俺達は、そいつ目がけて手裏剣を投げた。それが戦闘開始とばかりに、
周りの奴らが、武器を手に持って構え、なにすんだと叫び、
手裏剣を手から抜いた山賊の男が、豆大福を思いっきり踏んづけた。
その時、ぶっちっと音が聞こえた。

なんの音だ。と確認するよりも、
から禍々しい空気が体から出ている。
周りの鳥が一斉に逃げ出した。
重くて誰も動けない。
いや、山賊の頭は近かったことがあるのだろう。
狂ったように、の頭に混紡を叩きつけた。

ごんと音がして、が攻撃してこないことに山賊は、にやりと笑ったが、
頭に置かれている混紡をが掴んだ。

「は、離せ」

懸命に武器を取り返そうとしている男の姿は滑稽で哀れだ。
急に、男がひっと息を飲んで止まった。

「俺はな、食い物を粗末にする奴が一等嫌いなんだよ」

バキバキバキと混紡が、もともと砂で出来ていたかのように、バラバラになった。
俺達の方から見えないが、凄い顔をしていたのだろう。
山賊の男は倒れた。
か、頭ぁ。このやろうと。
数で勝負で周りのやつらが、を囲み、武器を振り上げる。
やばい、あいつ武器持っていない。と駆け出そうとすれば、
シュピっと音がして、囲んでいる奴らの後ろの木が、斜め横に切れた。

ドーン

しばしばの沈黙。が持っているのはただのレシピ本。
でもそれで、木が切れた。目で見た。
でも、レシピ本も触って確認した。たしかに、紙で出来ていたはずだ。


「木が切れた」

ぼそっと誰かの呟きに、ひぇえええと、
山賊たちは蜘蛛の子をちらすように逃げはじめた。

「まて、こらぁぁぁぁぁ!!!」
「ひぃぃぃぃ、お助けぇぇ!!」

ボンボンと木をなぎ倒しながら凄い形相で走っていく。
胸がドキドキした。
恐怖というか、わくわく感というか。
なんと言っていいのか分からない感覚が自分を支配していた。
だから、先輩を追った。左門も同じだったのか、迷子にならず、
先輩を追う。そんな中、声が響く。

「みーつけたし。なにしてんの?コブ二つつけて」

すっと音なく先輩の前に降り立った同じ5年の服をきた先輩。
暴走している先輩に、
これ、やるからちょっと落ち着けし。と、本を渡せば、
しゅるしゅると黒かったものをしまい、今度は幸せオーラを出している。

「ありがとう。木藤。まさかの「月刊 作れるものなら作ってみろ(笑)」の
姉妹本「まさか作れないとか言わないよね(笑)」の新刊だなんて、
俺はお前になんて言っていいのか」
「その感謝、ちゃんと返して。篠神がそろそろマジで、やばいし。
この企画なんて作った奴が悪いっていって、
学園長を襲う算段・・・というかもはや戦ってるから、止めてほしー」

ふふふ八つ当たりとか、本当あの人教師じゃねーと疲れた顔をしている
先輩に先輩は、あたふたしては、早く帰らないと被害が
と言ってから俺達の姿に気づくと。パンと手を合わせ、

「・・・すまない。これは内緒にしててくれ」

と言って、風の様に去っていった。


なんだか凄い濃い経験に、頭が止まったままだ。
胸もまだドキドキしている。
走るでもなく横を静かに歩いている左門が
ぽんと左手の拳を右手の手のひらの上に載せた。

「三之助。分かったぞ」
「・・・なにがだ?」
先輩はヒーローなんだ」

ひーろ。その言葉を思い出すのに時間がかかったが、
拷問を思い出して、意味も思い出した。

先輩は、
普段は大人しいふりして、ここぞというときに助けてくれるヒーローなんだ。
だから、先輩がヒーローってことは、僕達だけの秘密なんだ」

左門の興奮した様子に、俺も口に出してみる。

「ひーろー」

そういえば、苦笑している先輩が出てきた。
そして、鬼のような強さをもつ先輩も出てきた。
二つのアンバランスさをもっている先輩に
言葉をつけるなら、この言葉以上にふさわしいものはないだろう。

「そうだなひーろ・・・兄貴だ」

兄貴がひーろなのは秘密だから、俺は違う言葉を使った。
ひーろなのは、俺達だけが知っていればいいから。






その後、 先輩が、
作兵衛の先輩だということを知った俺達は、ずいと作兵衛に詰め寄った。

「ずるいぞ。ヒーローが先輩なんて」
「兄貴紹介しろよ」

そういえば、作兵衛は顔を真赤にして。

「な、なんだお前らまで、孫兵だけでも面倒っていうのに、
・・・・・・お前たちなんて、破廉恥だぁぁぁあ!!!」

と言って、走りだした。
今度は、何の妄想したのだろう?









2011・2・23