6年は組 善法寺伊作。
彼は、この忍術学園で、最初ににおちた哀れな陥落者だ。
しかし、それから、学年がかわっても彼等が出会うことはなかった。
なぜだろうか?今日は、ある一日を追ってみよう。
の朝は早い。
彼が顔を洗うとときは、まだ夜が明けていない。
彼は、食堂に行き、仕込みをしているおばちゃんの手伝いをしている。
「あ、間違えて、砂糖だった。・・・一個だけだし、いいか」
最初は、ちょっと寝ぼけているが、もくもくと、おばちゃんの仕事を手伝う。
数人が訪れる頃には、は、自分の組に戻り、甘味をつくりはじめる。
根本、5年は組の始まる時間は、他の組よりも遅い。
時々、昼近くになる時もある。前の日の終りの時間に言われるのだが、
これは彼の教師・篠神の気分だったりする。
だから、時間は、かなりある。
大体、彼が、毎度配っている甘味は、この時間で作られている。
そのころ、食堂では、伊作はおにぎりをひとつ食べて、目を見開いた。
「!!」
「・・・またか伊作。今度はなんだ、唐辛子か、豚足か、爪楊枝か?」
横にいる留三郎は、毎度のことなので、もはや驚かない。
「今回は、まともだったよ。甘いだけ。あ、でも、これ、ジワジワとなんだろう。
甘さと言うわりには、攻撃力が高いダイレクトな攻撃が、胃に広がっていく感じ。
あ、これ半分砂糖だ」
伊作は、半泣きで、留三郎を見た。
彼は、伊作を見ずに、黙々とご飯を食べている。
横からは、お残しは許しませんでぇ〜と叫んでいるおばちゃんの声。
伊作は意を決し、一気におにぎりを口にふくんで、お茶を飲み込んだ。
それと、同時に、は、食堂の勝手口にいた。
「おばちゃん、ごめん。俺のツボ知らない?」
「グフォー!!!!」
「?な、なんだぁ」
食堂の叫び声に、驚いたは、覗き込もうとしたが、
「くん。これ違うかしら」
おばちゃんに渡されたツボの方へ視線を戻した。
「あ、それだ。ところで、今の音なに?」
「え、ああ、また・・・色々あるのよ。
あ、今日のお礼に、あとで、カボチャの煮物を持って行くわね」
「え、いいんっすか?」
「いいも、何も。本当毎日助かちゃう。これは立派な報酬なんだから」
「俺、おばちゃんの煮物大好き」
勝手場では和やかな会話をされていたが、
食堂では、すごい勢いで、吐き出して、
ピクピク痙攣していた伊作を留三郎が揺すっていた。
「い、伊作。大丈夫か?」
「うう、なんだぁ留さんかぁ。
今、王子様が、僕に大好きだって言ってくれたのに、
僕、ちょっと、戻って続きみてくる」
「ま、待て!!逝くな伊作ぅぅぅぅ」
留三郎の声をBGMに、は、
「じゃぁ、また、おばちゃん」
そのまま食堂を後にした。
授業中。
6年は組は、補習により、実習中。
そして、そのは組の後ろに、
4人の青紫色の服を来た少年と一人の黒い服をきた青年がつけていた。
5年は組の彼等だ。
は、眉間にシワを寄せて、尋ねた。
「おい、この実習なんだ?」
「あそこにいる6年の頭巾を一人一枚盗んで、燃やすのが目的」
ピッと、わいわいと集団でいる6年は組を指さした藤野に、はシワを濃くした。
「いや、だからなにそれ」
が異論を言おうとすると、横にいた黒い服の青年・篠神が、
いつもの胡散臭い笑顔で。
「くん、これは、任務ですよ。
あなた、プリンを作れと言われて、茶碗蒸しを出しますか?」
「いや、あれは別物だ。あれを一緒にする奴は、いくら可愛かろうが、
初めてなの、頑張ったんだって言って、手にバンソーコーだらけだと、許さない」
は、鬼のごとくの形相に変えて、篠神の話に賛同した。
は、茶碗蒸しが世界で一番嫌いだった。
「でしょう?じゃぁ、やりましょうか」
「ああ、そうだな、俺が悪かった。よし、行くか。みんな」
やる気満々の二人に、後ろのは組は、呆れた顔だ。
木藤は、額に手をやり呟いた。
「・・・・・・鬱憤晴らしだし」
そういった木藤に、藤野は、嫌そうな顔で、答える。
「今回ばかりは、しょうがねぇよ。
奴らの実習の失敗の尻拭いを何度したか。
篠神先生が切れるのは当たり前だ。
特に、善法寺伊作は酷い。まず、任務先に行くまでで死にかける。
まったく、隠れて助ける身にもなれってんの」
「でもさ、なんらかんら言って、あの人、結構強いよね。
生死かかっているときは、鬼強いし、ほとんど怪我しないし。
王子様に会うまでに死んでたまるかって言ってるけど、あれってさ。
もしかして・・・」
木藤は、自分のもしかしてに、ありえないと笑った。
だが、嫌な感覚が拭えない。
いや、しかし、彼は一年も前にに出会ってる。
その間、同じ学園にいながら、一度も会わないことがあろうか。
しかも、相手は探しているというのに。
そんな木藤を、峰は笑った。
「不運は運命を曲げるんですよ?知りませんでした。木藤」
マジでかと彼の不運の凄さに驚いたが、ふと木藤は思った。
「あれから出会えない不運は、逆に、幸運な気がすんだけど。
に会わない方が、深みにはまらなくてすむし。
てか、助けてるよね?、ちゃんと助けてるっしょ?」
木藤、助けてるとこ見たことあるし。と言った木藤を、
藤野が馬鹿にした顔をして。
「そんとき、あの人大体気絶しているか、視界ゼロが多いから。
第一、隠れてやっているのに、バレル馬鹿がいるか」
「・・・うわ、カッチーン、藤野に言われたくないし」
「カッチーンって言葉で言う奴が馬鹿じゃなくて、何だって言うんだ」
二人が喧嘩をしそうな雰囲気に、峰が割り入り。
「ほらほら、早くしないと、って、
あ、が、今、噂の善法寺先輩の頭巾を盗みましたね」
峰の言葉に、三人が伊作を見れば。
「わぁぁー。え、今、なんか、風が吹いて、あ、あんな所まで落ちちゃったよ」
「伊作なにしてんだ」
盗まれたことにも気づいていない伊作は、
風で飛んだと思い、落ちている違う頭巾を拾っていた。
峰は言う。
「・・・結構、接点はあるんですけどね」
藤野は愚痴る。
「・・・あいつら本当に大丈夫か?盗られたことくらい、気づけよ」
木藤は哀れむ。
「・・・が、代わりの頭巾を置いていっているところが、なんか切ないし」
「どうかしたの、伊作」
「いや、なんだろう。ちょっとうれしい気がするような、あ、
昼ごはんは、僕の好きな茶碗蒸しが出るからかも」
彼の言葉に、三人は声をあわせた。
「「「・・・あれは、圏外」」」
夕暮れ時、風呂に入ろうとするに、伊賀崎孫兵がまとわりついていた。
「先輩、僕が背中流します」
と、腕を組もうとする孫兵に、富松作兵衛がひっぺはがす。
「ぎゃぁ、やめろォ!!先輩がぁ。先輩が喰われる。
うぅぅ、俺が先輩を守りますから!!」
頬を赤くする妄想をした作兵衛が、に宣言すると、
その上から、孫兵が、持っていた桶を頭に叩きつけた。
「作兵衛は黙ってろ」
ぎゃぁぎゃぁと騒がしい廊下に、曲がる角付近にいた
これまた風呂に行こうとした留三郎と、伊作。
「お、何だ。騒がしいなぁ。行ってみるか、伊作」
「あ、いっくぅーーーーー」
行くと言おうとしていた伊作は、そのまま床に落ちた。
しかも、床は落とし穴?そんなもん知りませんとばかりに、元通りだ。
「うわーぁぁぁ、伊作!!な、なんでこんな所に落とし穴がぁ」
留三郎は床を叩いたが、穴が現れることがなく、
そのかわりに、鋤とお風呂セットを持っていた綾部喜八郎が現れ、舌打ちをした。
「ちっ、害蛇駆除失敗」
「伊作くんがいたことが、一番の失敗だったね。
こういうのは、直接、話し合ったほうが早いよぉ?」
齊藤タカ丸は、いつものほわほわした笑顔なのに、
「ガキが、礼儀を教えてやるよ」の般若を背負って、鋏を鳴らした。
「あいつらに、年功序列の四字熟語を教え込まなくてはな」
平滝夜叉丸は、戦輪をくるくると回し、
そういって、三人は、ぎゃぁぎゃぁと騒がしい方へ歩いて行った。
「伊作ぅぅぅぅ!!!」
留三郎は、床を叩き続けていると。
「なに、床叩いてるんですか?留三郎先輩」
「あ、。あ、あれ、あいつらは」
「あいつらって、4年と3年なら、ほら、誰が一番風呂か戦ってますよ。
やっぱりみんな子供ですね。一番風呂に入りたいなんて」
見れば、文字通り戦っている彼等。のいう理由であんなんするなんて
と一瞬呆けたが、床を叩いている姿から、立ち上がり、コホンと咳払いをした。
「あー、俺、今から入ろうと思ってたんだけど、伊作は・・・・・・
まぁ、体は丈夫だから大丈夫か。あ、一緒に入るか?」
後輩に先輩風を吹かせたい留三郎は、伊作のことをなかったことにした。
そんな犠牲も知らずは、嬉しそうな顔をする。
5年は組は、上も下も横も、付き合いが薄いので、
留三郎の申し出は先輩後輩のの憧れていたものだった。
「いいんですか?」
「背中流してやるよ」
「え、悪いですよ。俺が流します」
「じゃぁ、流し合うか。いいな、後輩との触れ合い。生きてて良かった」
「留三郎先輩、泣かないでくださいよ。俺が泣かせたみたいじゃないですか」
「何言ってんだ。お前が泣かせてんだよ」
「なんですかーもう」
留三郎は、の肩に手をかけて気分よさ気に二人は、
4年と3年の戦いも、伊作の行方も笑いながら、風呂場に行った。
夜、は、また夜の隠れんぼうをしていた用具委員の後輩・下坂部平太
の保護をした。手を繋いで、びゅーと吹いた風や木の音に、びくりとしながら
は自分に言い聞かせた。
「怖くない怖くない怖くない怖くない」
「せんぱぁい、僕、なんだかちびりそうです」
そう平太が言ったとき、土の中から、人が現れた。
「あー、ようやく出れた。今回ばかりは命の危険を感じた」
「「!!!!!!」」
「あ、人だ、おーい」
「せんぱぁい、あ、あれってぇぇっぇ」
一番最初は共に驚いていた平太だったが、見覚えのある声に、
に声をかけようとしたが、
土の中から出てきた人に「こっちへおいでぇ」と招かれたように見えたは、
無言で、繋いでいた手から、お姫様抱っこに変えて、その場から風の如く逃げた。
「ゆ、幽霊が俺を手招きしてた、やばい。あれは、やばい、本物見ちゃった」
半泣きで叫んでいるに、平太がきょっとんと顔をして、
「いえ、今の善法寺先輩じゃないですか?」
「・・・え、幽霊じゃない?あ、そう。そうだよな。幽霊なんていないよなぁ。
あはははははははは」
笑いながら、はぜんほうじ先輩って死んでないよなと呟いていた。
寝る前に、伊作は、今日も紙に墨をつけながら、
呟やくにしては、しっかりはっきりとした言葉を唱えた。
「今日も、王子様に会えませんでした。
夢のなかには三日に一回来てくれるのに、
どうして会えないんでしょうか。神様、仏様。
会えないのに、毎日、あなたの声が聞こえます」
ガラリと伊作と留三郎の長屋の扉が開き、が入ってきた。
「先輩。忘れ物です」
さっきの風呂のと渡すと、留三郎は、頭を抱えた。
「あ、同室者いたんですか?」
「いや、大丈夫。あの状態の伊作は、何言っても、何しても聞こえてないから。
ちょっとこっちじゃない世界に旅立っててな」
あまり今の伊作のことは聞いてくれるなという顔をしている留三郎に、
空気を読んだは、苦笑しながら。
「・・・へー、でも同室者っていいですよね。
あ、でも、この頃、なんか後輩とか同級生がいてくれるんですよ」
へーそれはいいなと、和やかな後輩先輩の空気の中を、
「あなたは、いずこぉぉ!!!」
と伊作の叫び声が響いた。
留三郎は、ため息を吐き出し、目を点にしているに。
「、そろそろ帰ろうな。俺の友人の性格を守るために」
「・・・色々大変そうですね。じゃぁ、おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
「おやすみなさいって、言いたいよぉぉぉ」
「伊作、黙れ」
とうとう、留三郎は、伊作の頭に桶を投げた。
桶は、いい具合に伊作の頭を刺激したらしく、普通に戻ったが、
「後輩がいるときはそれヤメろよな!!」
「あれ、誰かいたの?」
「お前、早く、さっさと王子様とやらに会えよ。マジで」
「逢えたら、苦労しないって留さんの馬鹿!!」
こういう具合にまた明日になるわけでして、
善法寺伊作とは、
実はほぼ毎日何らかの接点を持っていたりするわけだ。
「うわぁぁあぁぁん、会いたいよぅ」
・・・・・・・あんたが、正気なら、もうすでに出会っていたのに。
いやはや、恋とは盲目。ちょっとしたことに気づかない。
・・・いや、かなりのことに気づかない。
2010・09・10