暑い日差しの中、君だけが綺麗に笑っていた。
彼の周りにだけは、春のよう。
僕は、熱くて、
目に入ってくる汗が不快で、しょうがなかった。
清々としたその笑顔、とても憎らしいよ。
名前なんて、呼ばないで、お願い。
でも、傍にいて、誰のものにもならないで、
なんて不可解な言葉を口にする。
なんでこんなことになってしまったんだろうか?
【幼馴染に、さようならした日 3】
初めは、彼と僕が、離れたこと。
あの男の話をちゃんと聞いたわけでなく、
男が言ったことが、本当かどうか、試してみた。
結果。男の言ったことは正しかった。
僕が、彼と一緒にいなくなって、彼に近寄る男が減った。
あ、あは、あははは。
僕はなんて、道化だ。
正義感なんてもの振りかざしてみれば、邪魔者でしかなかった、
なんて。
なんて、皮肉。
それから、僕は、彼に自ら近づくことをしなかった。
別に、喧嘩なんてしてないし、
彼が来ればちゃんと話すし、遊ぶし、
目だって合わせるし、小言だって言う。
だけど、僕は、一枚だけ壁を作った。
それは、薄かったから、破ろうと思えば破れた。
僕は壁を破ろうとしなかった。
もう、一度惨めな気持ちを感じることも嫌だったし、
なによりも、その壁を破るのは、彼であるべきと、
勝手なルールを作ってしまったからだ。
僕は、長い間彼の傍にいたから、彼が鈍感だと言うことをちゃんと知っていたのに。
もちろん、壁は破られことがなかった。
それから幾日が経っただろうか。外から彼の声が聞こえた。
「触らないでくれますか?」
「つれないですね。そんなところもぐっと来ますよ」
「変なおべっか使わないで、正直に言えばどうですか?」
聞こえた声に、ちらりと視線をやれば、男とくん。
男の顔は、やっぱり笑顔で、くんはため息を吐いて、
「しょうがない人ですね」
そう言って、触ろうとしなかった男の手を取って引いていった。
「ご飯ぐらい食べてくださいよ」
「くんの甘味のほうが食べたい」
「・・・・・・甘味もつけますから、目の前で、やせ細っていくとか
そういうのやめてくれますか?」
そんな声が遠くに聞こえた。
男の取ってつけたような笑顔じゃなくて、本心から嬉しそうな顔。
しょうがないと母性的なくんの顔。
あは、あはははは。
「おい、タカ丸どうした!!」
「ごめんねぇ、どうやら、桶壊しちゃったみたい」
僕の笑い声は、桶の底が抜けた音で隠れた。
桶を手に、どこかへ置いてくるねと、外へ出て、
水辺にたどり着いた。
頭を冷やさなくちゃと、川に浸かったけど、熱が全然消えてくれない。
熱い、熱い黒い塊が、お腹の底から溢れてくる。
ドロドロに溢れて、僕を崩してしまう。
ああ。
なんで。
なんで、僕が見ているだけで、あいつは彼のそばにいるのか。
なんで、僕じゃなくて、あいつにあんな顔するのか。
なんで、なんで、なんで、なんで、なんで?
「あ、あの大丈夫ですか?」
川に浸かって、服ごとびしょびしょな僕に細くて白い手を差し伸べられた。
顔をあげれば、可愛いと形容がつく少女。
僕は、熱のやるどころが分からなくて、思考はぐるぐるのぐちゃぐちゃだから、
何も考えたくなくて、そんな簡単な気持ちで、その子の手をとった。
「こんなに冷たくなって」
「じゃぁ、温めてよ」
冷たいのは体だけ、他は、どうしようもなく、熱くてしょうがないんだ。
にぃっと笑ったのは誰だっただろうか?
「どうしたの?うなされていたわよ」
「うん、そう?暑いからかなぁ」
「暑い?そうかしら、今日は少し肌寒い日だと思うけど」
「君が、僕を熱くさせたんでしょう?」
そういって微笑めば、僕より何歳か上のお姉さまは、一瞬目を見開いてから、
ふっと妖艶な笑みを僕にくれた。
二人、床の上で、溶けるほど混じり合えば、それで、終り。
「ただいま」
もう昼近くに、ただいまと行って家へ帰る。
家に戻れば、父親と、大量の素麺の後が僕を出迎えた。
なにしてたの?と聞けば、父は、チリーンと音を立てた、
風鈴のほうを見る。
つられてみれば、家の軒下で小さな塊。
「あれ、くん」
「今日は、ご近所さんで流しそうめんをすると言っていただろう?
まったく、お前は、このごろ女ばかりで、くんが寂しがっていた」
「子供じゃないんだし」
「だからこそ、不安なんじゃないか。子どもらしいことを言わない子だから」
チリーンとまた風鈴が音をたてた。
僕は黙って、くんの傍へ行く。
ごはんは?と聞かれたが、いらないと答えた。
くんの体の上には、服がかけられていて、幸せそうに眠っている。
「私は、これから、ご近所さんと出かけてくるから、くんを頼んだぞ」
答えを聞く前に、父は外へ出て行った。
親子揃って、出て行く準備だけは早いと父の背中を見ずに感じる。
「寂しいねぇ」
そよそよと風が吹いて、くんのなんの変哲もない普通の髪の毛が揺れた。
「君がそんなこと、言うわけがないのにね」
ふわりと匂ったいい匂い。どこから?なんて疑問の答えは簡単で、
僕は、彼だって知ってた。
目をつぶって、耳をふさいで、鼻も口も全部閉じて、
熱のやりどころを全て違うもので、精算して、ああ。
「そこは涼しそうだね」
僕は、にやりと笑った。
駄目だよ。僕は、彼にとっていいお兄さんでありたいのに。
だけど、体は、彼の方へ向かった。
そっと、うなじを舐めれば、汗の味。
彼も暑いのかな?だったら、もっと暑くしてあげる。
僕の中の誰かが、囁いた。
2010・06・11