「こんにちわ、初めまして、5年は組、 です。
あの時は、ちゃんと自己紹介しないですいません。
斎藤さん」

と、彼は、笑ってそういった。
僕が、仕向けたことなのに、人がいない場所へと
走って、走って、煙硝倉近くで、拳を握りしめ、分厚い壁に叩きつけた。
商売柄、手が大切なこと知っているのに。
激情が、身を焦がす。

初めましてだって、斎藤さんだって、
あははは。

ずるずると体を壁に這わせて、崩れ落ちていく僕の体。
上から見えた木から零れてくる光は、優しくて、まるで、あの日の記憶みたい。





【幼馴染に、さようならした日 2】





君は、標準よりも小さくて、僕のことを、見上げていた。
夕暮れの中、僕ら二人で遊んで、手を繋いでいた。
仕事を手伝う中、みんなが遊ぶ姿を横目で見て、
遊びたいと思ったことが、一度もなかったと言うなら、嘘になるけれど、
僕と一緒で、一歳下の仕事の手伝いばかりしてる彼は、
そんなこと一回も言ったことなかったから。
みんなのように、自由に遊べないで、仕事を手伝うことに、不満なんてなかった。
もしかして、彼もそうなら、嬉しい。
くんは、人見知りで、シャイで、ちょっと言葉足らずだけど、
人のことを思いやれる優しい子。
家庭のことは知らならない。
彼を迎えに来るのは、いつも、違う大柄の男の人で、女の人を見たことがない。
お母さんは?なんて、いつぞや聞いてみれば、凄い顔をされた。
それから、僕は、一度も彼に、家庭のことを聞かない。
触れられたくないことも、あるだろうから。
だから、彼の横に、男の人がいることは常で、仕事を手伝っている時も、
そうだから、格子窓から見えた、彼と知らない男の人が、
一緒に歩いてる姿なんて、普通。
お手伝い中に近寄るなんて真似普通はしないけど、
その日は、暑い日で、それなのに、お客さんが多くて、仕事場には熱気が篭っている。
少し外へ出て涼みたかった。
それと、昨日のメンコを僕が持っていたから、返そうと近寄っただけ。

「いけませんか?くん」

「・・・・・・」

「美味しいものより、もっといいものをあげましょう。
だから、いけませんか?」

むすっとした顔で、男を睨んでいるくん。
男は、ニコニコと笑顔で、優男風だけれど、
体の均整が取れていて、「仕事は、作家です」なんて、
言いそうにない風貌をしていた。
男は、ばっと、くんの持っていた荷物を取って、
自由になったくんの手を取ると、後ろに花を咲かせて、嬉しそうだ。
その代わり、くんの顔は、凄い歪にゆがめられていた。
初めて、そんな顔をみた僕は、おかしいと思って、二人の間に入った。

「あ、タカ兄さん」

ぱっと、僕を見ると、くんは、顔を輝かせたけれど、

「タカ兄さん?くんのお兄様で?」

「黙れ。お前が、兄さんとか言うな」

男が、言葉を言った瞬間。その笑顔から出たとは思えない暴言が出てきた。
僕は、冷や汗を隠せずに。

「えーと、関係は?」

と聞けば、よくぞ聞いてくれましたばりの乗りで、男は手を上げて、
男にとっての、この世の歓喜を口にした。

「恋人です!」


一瞬呆けたものの、
僕は、男に、握られていたくんの手を引き離して、
自分が出せ得るスピードで、くんを連れ去った。

「あ、あの人は何?」

彼を連れて、部屋の中に入れれば、下から父さんの声が聞こえたけれど、
緊急事態だから、と叫べば、黙った。
それほど、大きな声を出したつもりはなかったんだけど、
普段の僕からすれば、大きかったんだろう。
手を引っ張はがしてから、ずっと手を握っていたから、
彼が小さく震えているのが分かって。

「あいつは」

くんが何かいう前に、

「大丈夫。僕が守るから!!」

僕は、彼を抱きしめた。

それから、僕は、何か暇が、あれば一緒に過ごすようになる。
いくらなんでも悪いですよ。と断る彼に、
僕がしたいんだからと、胸を張った。
思えば、それは正義感だった。
僕が、彼の傍にいるようになって、
男は、それ以来、来ない・・・わけもなく、
時々ふらりと来て、僕に睨まれても、くんに睨まれても、
笑顔で、くんの作った甘味を食べて、
愛を吐いて、じゃぁ、また。と帰っていった。
この男が、原因だけれど、くんの近くから見た世界では、
男は、比較的マシな方だった。

簡潔に言えば、 は、こと同性に凄くモテた。
しかも、本人の意思とは、裏腹に。
どうして、そんなことを言うの?という言葉を叱っても、
彼はシュンとしょげるだけで、意味まで理解していない。
どうすればいいのか?

「無意味ですよ」

ご指名だと喜んでいけば、僕の目の前には、
原因の男が笑顔で、手を振っていた。

「・・・・・・」

「なんで、ここに?って顔してますね。
お客さんが髪を切ってもらってなにが悪いですか?」

お客さんは、神様だから、しかも僕指定なんて、なかなかないから、
僕は黙って、髪を切った。
シャクシャクシャクシャク

「時に、あなた。くんに付いて回っているみたいですけど、
それって逆効果ですよ」

「何に?」

「おや、殺気はしまった方がいいですよ?私こう見えても、短気なんで、
間違えて、チョン。
なんてことしちゃって、くんに恨まれたくないですからね」

シャクと音が止まる。ただ笑っているだけの彼から、凄まじい威圧感を感じた。
汗は、暑いだけの汗ではない。
つぅっと落ちていく汗は目に入って痛いけど、拭えない。

「行列が出来るということは、どういうことか分かりますか?
行列が出来ているから、行列が出来るのですよ。
それが如何に甘く美味しくても、誰も見ていなければ、
巷の噂なんてなりません。密かな噂程度でしょうね。
さて、私は髪が切られるのは、あまり好きではないので、
こんな所に長居したくない。
だから、本題に入りましょう。
このところ、くんが、男にいいよられる数、増えたの知ってますか?
ある程度の範囲だったのに、徐々に広まりつつあるの知ってますか?
どこぞの変態ジジィの耳に入ったなどと、知らないでしょう?
それは、どうしてか、あなた分かってますか?
あなたが傍にいて、威嚇するからですよ。
なんだ?と人が集まるからですよ。
くんは、前からああだし、最終的には、くん自身で解決できますから、
むしろ、彼は一人でいた方がいいんですよ。
ああ、はっきり言った方がいいですかね。
くんは、大丈夫だということです。
あなたがいなくても・・・。斉藤 タカ丸くん。君がいなくてもね」

だって、あの子。あなたよりも、ずっと強いんですよ。
と、いつの間にとったのか、首から下の布を取って、
彼は、お辞儀をして出て行く。
髪は、まだザンバラだけど、そんなこと、どうでもいいらしい。
その様が、僕が何もできない子供で、彼を大人に思わせて、
ぎっと唇を噛みしめる。
分かっている。
自分が出来ることなど、最初からないんだって分かってる。
だけど、それなら、あなたも。と、最後の最後で噛み付いた。

「だったら、あなたも近づかないでよ」

精一杯の威嚇は、猫の肉球ほどの威力もなかったらしい。

「おや?変なこといいますね。私は、

ここで誰よりも強いですよ?」

ずっと弓なりだった目から、黒い瞳が見えて、ぞっとした。
それから、すぐに、どこぞのお武家様が殺された話が聞こえた。

「物騒ですね」

と、横にいるくんに、僕は、はははとから笑いをして、
何もできない自分を悔いた。













2010・6・7