「俺、どうしても会いたい人がいるんっすよ」
「平太がこのごろ、すごく嬉しそうに話す人がいるんだ」
「見ていたらとても幸せになれる人がいます」
三者三様の顔をして彼らはその人物を語り、
久作がへーと相槌を打っていた。
温かい日で、委員会の仕事の合間のたわいもない会話。
話の内容は気になる存在だった。
中在家先輩はいますか?と聞かれ、
俺はふっと図書室のちょっとした隠れ場所で隅を見た。
それに、つられてみんながそちらを向いた。
俺も、一人の少年の話をしよう。
彼の名前は知らない、顔立ちは普通で、
なんてこともないただの5年生ともいえるし、そうでないともいえる。
なぜなら、俺はいつから彼がそこにいるのか
いつから彼が図書室に入ってきたのか分からないからだ。
一日中俺が、出入り口にいたときですら、
彼はいつのまにか特等席の隅のところにいて、
いつのまにかいなくなっていた。
俺は、ちゃんと彼という存在を意識していたというのにだ。
気になったので、一回だけ偶然を装い、彼の近くの場所へ行ったことがあった。
彼は、本のページを捲っているというのにペラリという音すら発していなかった。
存在すら消えてしまうのではないかと思うほど希薄さで彼は存在していた。
これが、俺が、このごろ気になる人物だといえば、みんな青い顔して静まり返った。
「えーと、言いずらいっすけど、それって、幽霊じゃないっすか?」
と、きり丸が言えば、さらに静まりかえる。
つい、と俺が彼の場所を見れば、みんながもっと青い顔させてそこを凝視している。
ああ、どうやら今日も、彼はいたらしい。
光の中から人物の輪郭が浮かび上がり、少年が現れる。
きり丸が言った幽霊が当てはまるような出現の仕方だが、
俺は彼が幽霊でないことを知っている。
「あ、あれ?」
とはじめに彼を見て声を出したのは、不破だった。
次は怪士丸で、はじめて幽霊みたすごーいと喜び、
久作は、なんまいだぶ。なんまいだぶ。と唱えて座布団の下で震えていた。
不破は、真っ青な顔から微笑んで。
「なんだー。じゃない」
と安心して胸を下ろして彼に近寄った。
彼の名前がと分かって、彼の名前を呟いたけれど、
俺の声は小さいので呟いたら誰も聞き取れない。
俺は、彼が幽霊じゃないことを知っている。
だって、彼は、彼の周りの存在など全て無視して、
手に持っている本だけにこれ以上の至上がないような顔して微笑えみ、
時に静かに泣いていたのだ。
その表情に、ドキリとして、本当はそれ以来彼を気にかけるようになったのだ。
実の所、彼がどうやってそこにいるのかなどどうでもいい。
笑顔が泣き顔が頭に焼き付いてしょうがないだけで、不破に話せば知っているかと思ったのだ。
俺は彼がいつもなにを読んでいるのかその場所を見てみたことがある。
多くの調理本の中に隠れて一冊、まるで彼のように存在している本があった。
その本は、一人以外がみんな幸せになる本だった。
怖がられている友人のために、自分が悪者になって彼を幸せにする本だった。
不破は、嬉しそうに彼に話しかける。
だけれど、彼は不破に話しかけられる前に
飴細工のとろりとした光の中に、飲まれて消えたのだ。
不破に呼ばれて、こちらを振り返った瞬間目が合って、
彼の目が大きく見開かれたのを俺は見逃さなかった。
俺の声は小さいけど、俺の耳はとても良いから彼の声が聞こえた。
「怖い」
・・・彼は、人を恐れる。
大切なものなど作らないとばかりに、息をする音も立てず自分の存在を消して。
彼はもしかすると、あの本のように、
誰か大切な人のために自分を犠牲にしたのかもしれない。
その大切な人に微笑めれなくて、代わりに本の中で微笑んでいたのかも知れない。
本と違って、彼は逃げずにここにいて、大切なもののために恐れているのかも知れない。
すべてが、作り事だということに。
なら、言ってあげたいのだ。
恐れなくても、大丈夫だと。
彼がなにを背負っているかは知らないけれど、俺はこの通り、
あまり喋らないから、何も言わないし、聞きだすこともしないし、知らないふりもできる。
だから、隠れるようにくるのではなくて、ちゃんときてくれても構わないのだと。
人を怖がらなくてもいいのだと。少年にも幸せになる権利があるのだと。
今度からは本ではなくて俺に微笑めば良いのだと。
だからもう少し近くでちゃんと少年と話したいのだと。
横で、呆然とそれを見ていた彼もそうだった。
彼が頬を染めて、どこか心あらずな顔をして
少年が居た場所を見ていたなど誰も気づかなかった。
【泣いた赤鬼】
俺、 は、図書室にちゃんと真っ当な方法で入室した事が一度もない。
いつも篠神特製のカラクリによる隠れ場所から入っている。
この5年一度もだ。なんで、そんな面倒くさいことをしているかというと、
まだ俺が小さかったころまで巻き戻る。
あのころの俺は、三年生で初めての図書室にいくことに少々興奮気味で歩いていた。
そして、ドキドキと扉を開けようとする前に、バァンと扉が開き、
隈の酷い先輩が、もっと顔を酷いことにさせて飛び出したきた。
その後ろを、縄がひゅんと飛び、先輩の足に絡みつき、
先輩はそのままバランスを崩し、ゴンと顔面から落ち床に叩きつけられ、
沈黙したままずるずると図書室のなかに連れて行かれた。
俺は、そこで図書室を覗かなければ良かったのだが、フヘヘヘと変な声につい
好奇心が出てしまい、覗いてしまったのだ。
覗けば、顔に傷のある先輩が、とても不気味に笑って、捕まえた先輩を見ていた。
暗い部屋で一体今から何をするのかと思えば、その先輩と目があってしまい、
しかも手でこいこいと手招きされた。
俺は、そのまま何も言わずダッシュで逃げ帰った。
幼いながらに俺は悟った。
今のはあの有名なSMじゃないか。と。
まさか、忍術学園だからといって拷問好きのドSがいるとは。
あの目は、獲物を狙う目だった。きっとあの笑いも、ふふふ今からどう調理してやろうか?
笑いが止まらんわ!の高笑いを押し殺してああなってるに違いない!!
しかも、あの手招き。俺、Mじゃないのに獲物としてみられたって訳か?
やべぇ、今度見つかったら俺も餌食にされる。
だけど、本は読みたい。
本って高いし、ここの調理本ってかなり充実しているしで、
だから、隠れてきてるんだけど、おぅ!!なんてこった。
不破くんに見つかった。しかも、ドSがこっち見てるし。
うわ、なんか色々レベルアップしてない、彼。
大きさも、雰囲気も。横にある縄も。かなり使い込まれているよ、あれ。
本当に彼は、留三郎先輩と同い年?見えない。見えないよ。
怖い。やばい。俺ピンチ。なのに超笑顔じゃない。不破くん。
なんなの、人の不幸は蜜の味軍団なの?
図書委員と書いてどS集団なの?
確かに、不破くんあのイケメンズの中でも、そういう感じはしたけども。
あーもう。
俺は混乱し、急いで二回、床を蹴り床から出てきた穴の中へ落ちていった。
落ちた場所は、木籐の部屋で。
「お帰り。今日は早くない?良い本なかったん?」
と俺が渡した菓子を食いながら、本を片手に帳簿をつけている木籐。
口と片手は違うことし、あまつさえ俺と会話しているのに、
木籐の書いている帳簿に狂いがなくて、もはや神業としか言えない。
委員長じゃなくて、会計委員に入ったら良かったのにといえば、
「イヤだね。得もないしー、木籐寝るの好きだしーそれに堅物って嫌いなんだ」
と笑って言った。
そのときの顔はとても薄ら寒かったのでその話題は振ったことはない。
それにしても、俺達・は組の連中は、自分の持っているスキルと
委員会があっていないような気がする。
峰が、会計なんて、彼は金銭感覚狂ってる。
彼は恐ろしいことに、誕生日にどこの城欲しい?と聞かれた。
藤野が、火薬なんて、彼は単調で変化のない作業が嫌いで、
貯蓄の量を数えるのを学園長に頼まれて、終わった後
学園長は、二三日部屋から出てこなかった。
木籐が、委員長なんて、彼が委員会に行ったところをみたことがないし、
審判するときですら、彼は賭博をしているので公平さもへったくれもない。
峰が、委員長で、木籐が、会計で、藤野が、作法に入って、
俺が、体育に入れば安泰だったんじゃないか。
といえば彼らはあははと笑う。
そんなことしたほうが、危なかったよと。
は組で、学園掌握しちゃうじゃん。と冗談を言われた。
ちなみに、彼らにちゃんとやっているのかと聞けば、
忙しいから免除されていると言われた。
最初から、彼らに委員会など意味がなかったようで、
え、ってことは委員会真面目にやってるの俺だけ?と色々思うところはあったけれど、
「なにどうした??」
彼らが忙しいのは知っている。
今だって木籐の傍に何十冊ものノートといくつもの本が散らばって、
彼の部屋には資料と本とノートだらけで、
俺が読んでも意味が分からんものだが、
彼の目の下にうっすらと隈が出来ているのを知ってる。
寝るの好きだという癖にあまり寝れない彼の忙しさを俺は分かっているから、
彼らが起きた。いいや、終わったときには、甘いものを渡すのだ。
ようやく、終わったご褒美に。
「木籐ってすげーよな」
「なに?褒めてもなんもでんよ?」
「いやーみんな凄いなって思ってさ」
「木籐は、のほうが凄いと思うけど、よくまぁ今まで、喰われなかったよねー。
その性質と、その性格で」
と、よくわからないことを言われたがそのまま流し、
俺は木籐とくだらない話をしていれば、さっきの恐怖を忘れていた。
だから、その存在に気づいたのは、そのまま部屋へ帰ろうとしたときだった。
木籐の部屋にあるはずのない種類の本を俺は持っていて、
なぜそれがそこにあるか分かって涙が出そうになった。
また、あの場所に行けと言うのですか、神様。
2010・1・21
(おまけ)
木籐は、彼がいなくなってから一つあくびをした。
自由気ままに、そうして彼の持っていた本を思い出してはっと鼻で一笑した。
もしも、が青鬼だったら、赤鬼だって寂しくなかっだろうね。
人を襲って犠牲なんてありえなかった。二人とも幸せだったし。
だって、は本質をよく理解してるから。
誰かが犠牲になって初めて良い人だったなんて、
そんな裏で分かる人なんて、いらないじゃない。
ちゃんと見てくれるかもしれないけど、
最初から見ていてくれた人のほうが良いに決まってる。
それのほうが幸せだってなら感覚で知ってるから、
絶対犠牲なんてならないし、
むしろ違うとこいって、似たようなの集めてるんじゃない?
の性質はとっても厄介だけど、そのぶん面白いものも集めてくるし。
まぁ、木籐とか、藤野とか、峰とか、篠神とかね。
誰か違う大勢に恐れられたって、恨まれたって、
分かってくれる人がいれば、他はいらない。
鬼は、鬼に囲まれて幸せに暮らしていくんだ。