このごろ可笑しな行動を起こしていた暑苦しい同室の馬鹿に春が来たらしい。
実に面白い出来事だったので、高みの見物をしていようかと思ったが、
気が変わって参加することにした私は、なんて友思いなのだろう。
美しい黒髪を風に遊ばせながら私は今ある男を追跡中だ。
5年は組 。
私の同室であり同組であり、ギンギーンと夜うるさく、汚らしく、
汗ばっかりかいている隈男に好かれた哀れな男だ。
名前を知ってからすぐに追跡をして一週間経ったが、
相変わらず普通顔に、6年といっても変わらないほどの
長身をしていて遠くからでもすぐ分かる。
そして、彼は5年の忍たまとしてはどうだろうと思うほど抜けているのではないか?
私の作戦としては、毎日つけまわる私の存在を意識させて、
なんで付けられているのだろうと思わせ、
私という人物なりを知らせようと思ったのだが、
彼はこの一週間馬鹿みたくほわほわした雰囲気で
後輩・同級生に囲まれ甘い菓子を作っているだけだ。
まったくというほど、私の存在に気づいてない。
おかげで本来なら2・3日でやめようと思ったのに、
気づくまで引けなくなって一週間経ってしまったではないか!!
ギリギリ柱を掴んでいれば、
「立花先輩」
「なんだ、喜八郎」
後ろで同じように喜八郎が座っていた。
元より気配に気づいていた私は喜八郎の方を見ることなく答えた。
「何しているんですか?」
「諜報活動中だ」
「で、何か分かったんですか?」
「普通顔で成績も普通。用具委員。よく物を壊しているから怪力。
押されると弱く特に後輩に弱い。将来の夢はお団子屋」
「一週間でそこまでしか分からなかったんですか?」
一瞬、言われたことに思考が停止して後ろを向くのが遅れた。
喜八郎は、すでに後姿で、が移動していたのでつけている
私は喜八郎を追いかけることを諦めた。
奴の部屋の上で、真ん丸満月を眺める。
こうも上手くいかないのは何故か。腕を組んで考えてみたのだが、
もしかして奴は全てが分かったうえで私を無視しているのではないか?
普通顔で普通な彼はなぜか、同性に好かれる性質であるらしい。
まったく理解できないと思っていたが、しかし我が同級生も恋しているのだ。
そこは、認めるしかない。
その疑問はもしかして、こういう計算上でやられてしまっているのでは?
ならば、私は完全に彼の手中の中と言うことか。
な、んだ、そ、れは。
6年の最上級生で「天才」であり、色に関しては学園一であろう私が
私が、5年のは組で顔も性格も成績もたいしたことのない男に、
翻弄されただと!!
あってはならない話ではないか。なぁ立花 仙蔵。
私は、あんな甘くて、忍びにならないと豪語していて、毎日楽しそうな顔をしている男に、
血反吐を飲んで自らのプライドすら売り、必死で忍びになろうと生きようとしている
私が負けているなどと、あってはならないのだ。
ギリといつの間にか掌から血が出ていた。
いかん、忍びたるもの冷静でなければ、と思うのに、
いっぺん立て直して出直して作戦練ろうと思うのに、
私は。
私のプライドのために走り去った。
負けてはいけないのだ。何人たりとも私の前に立ってはいけないのだ。
美しいと同じ男に愛でれ、たぶらかし、口も聞けなくさせてきたのだ。
だから、火をつけたお前が悪い。
私の本気、お前の身を持って教えてあげる。
赤い花 咲いた お庭に 咲いた
お庭に 咲いて そのまま 枯れた
俺は、寝る前だったんだ。夢の世界に飛立つ前。
だから、今の現状は夢かどうか分からないので、どうしようもない。
聞こえてきた歌は綺麗だったけれど、俺はホラーが苦手です。
こんな夜中に歌を歌ってほしくない。
でも、この学園ギンギンとかイケイケドンドンとか
叫び声が多いから、歌ぐらい・・・怖くないと我慢していれば、
俺の襖に女の人の影が出来まして、
・・・・・・夜這い。もう、夜這いであって欲しい。
そして綺麗な女の人が、俺の上に乗っかって
「後生ですから、私を愛してくださりませんか?」
と言ってくれれば、怖いのから幸せになるだろう。
するりと服が肌から落ちる音が聞こえて、
どうやらこれが、俺の妄想ではないことを分からせた。
そして、パニックになった俺の頭は、
先ほど聞こえた歌のことを考えていた。
赤い花 咲いた お庭に 咲いた
お庭に 咲いて そのまま 枯れた
の次。
赤い花 枯れた 咲かずに 枯れた
つぼみの ままに 咲かずに 枯れた
くよくよするな また種まこう
俺この歌詞聴いたとき、篠神が教えてくれたんだけど。
身分違いの二人の恋の歌で、女の方は子供がいたんだけど
そのまま殺されて、男の方は次の恋へっていう
男超、女に恨まれているだろうって歌。
・・・・・・今、俺の上に乗って妖艶に笑みを浮かべている人が、
とても綺麗だけど、赤い着物も似合っていて、妖艶だし
とても嬉しいことをしてくれるんだろうって、男の本能で分かるんだけど、
なんだか、悲しくなって、そっと死人のような白い頬に手を当てた。
彼女はやはり体温がなくて、驚いた顔している。
幽霊も驚いたりするんだ。
「もう、やめよう」
「なぜ?」
「こんなことしても、あなたが傷つくだけだ」
そうだ。俺はさ、思ったんだ。
「あなたは十分、綺麗だ。だから、もう許して、そのままの自分を愛してあげて」
恋も愛も知らない俺が言うのはお門違いかも知れないけどさ。
愛されていた記憶があって、自分も愛していた記憶があって、
幸せだったのに、それを消して
憎しみしか残らないなんて、それはあまりにも悲しいじゃないか。
彼女は、俺の言葉を聞いてつぅーと涙を流した。
本人はそれに驚いて、なんでって小さく口が動いたのを見たから、
俺は上に乗っている彼女をそのままぎゅっと抱きしめた。
「焦らなくて良い。ゆっくり、ゆっくり、分かっていこう」
そうすれば、地獄じゃなくて天国が待っているから。
そうすれば、幸せだったときをちゃんと思い出せるから。
どういったことだろう。私は今憎き敵に抱かれている。
抱かれていると言っても卑猥な方ではなく、ただ優しく母親が子供にするように
抱かれている。温かな温もりと、女の匂いと違った甘い匂いが私の思考を鈍らせる。
「やめよう」と言われたときには、むかっ腹が来た。私ほどの美女を目にしても
手が動かんか、男色なら、男だと言ってやろうと思っていたが、
彼は規定外の動きをした。私を、慈しむような目で見た。
普通顔の普通普通の彼だが、その姿に、呆気にとられてしまい。
「こんなことしても、あなたが傷つくだけだ
あなたは十分、綺麗だ。だから、もう許して、そのままの自分を愛してあげて」
な、にを言っているか分からない。お前などに私の何が分かるのだ。
口だけならなんとでも言える。私が傷つく?だから、どうした。
傷ついた分強くなってきた。そうしてここまで生きてきたのだ。
綺麗?天性のものと努力を怠らなかったからな、当然の結果だ。
許す?なにを許すと言うのか。私は何にも許されなくても良いのだ。
私は私が大好き。なにをお門違いなこと言って。と罵る言葉がポンポン頭の中に
浮かぶのに、口に出ず、涙が溢れた。
奴に、抱かれて、今までの6年間の思い出が巻き戻る。
裏切り者。と言われたことがあった。
馬鹿め最初からお前の味方ではないと吐き捨てた。
愛しているのに。と言われたことがあった。
違う。お前が好きなのは私ではなく、体だけだ。
だって、私はお前に何も教えないし、お前は私を知ろうともしなかったのに。
小さな小さな傷は、ちゃんと塞いできたはずだった。
私は強く、美しく気高く一人でも生きていける男になったはずだった。
それなのに、本当は悲しかった。本当は苦しかった。本当は。
人を信じれなくなった。色々な感情が溢れてきて苦しい、助けてどうしようもない。
手を伸ばすことは恥ずべきことだから、ぐっと堪えて、この男から離れなくては
と体を離そうとすれば。
「焦らなくて良い。ゆっくり、ゆっくり、分かっていこう」
な、んで。
なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで。
なんで、お前は私のことを分かったようにいうんだ。このタイミングで。
ぐっと服を掴む。
私は、人と境を作った。そうすれば自分の体を犯されても犯しても
心までは犯されないからだ。そうしないと、自分が保てなかったから。
攻撃は、攻撃だけじゃない、防御も兼ね備えていて。
っ私は、本当は私なんか大嫌いだった。
ゆっくりゆっくり分かっていってどうするのだ。
私が嫌いだってことしか分からない。どうすればいいんだ。
分からずに温もりに縋った。
「私は私が嫌いだ。お前はそんな私を好きになってくれるのか?」
上を覗けば、彼はきょっとんと一瞬虚をつかれた顔をしたけど、
それからほにゃと崩れた顔をして。
「いいよ。消えるまであなたのこと俺に教えて」
と、言われて、私はそのまま鼻血を噴出し倒れた。
倒れる中で、彼の焦った顔が見えた。
5年は組
用具委員会所属
普通顔で成績も普通。よく物を壊しているから怪力。
押されると弱く特に後輩に弱い。将来の夢はお団子屋。
追加事項
かなりの天然ジゴロ。
目が覚めたときには、彼は、私の存在が
男で6年生ということに気づいて、何か色々謝っていたが、
もう、プライドとか勝ちとか負けとか文次郎とかどうでもいい。
だって、さっきまで抱きついていたとか、上に乗かっていたとか嘘みたいに
考えただけで頬が赤くなるんだ。この私がだぞ?
「立花先輩、大丈夫ですか?」
「うわぁぁ、近づくな。いや、近づいて、いや、違う。名前を呼んで欲しい!!」
まったく心と体がちぐはぐだ。
ああ、ヤバイな。
「え、はい。仙蔵先輩?」
ヤバイ、私、惚れたかもしれない。
鼻血がまた垂れてきた。くらりと歪む視界に、
消えるまでって、死ぬまでか。と、
に言われた台詞、何度も頭で繰り返してみた。
そうしたら、なんだか、少しだけ自分が好きになれた。
2010・1・7
(追記:主人公の台詞は、幽霊だと思っていっています。)