その男と会ったのは、偶然の偶然が重なったときだった。
たまたま余った会計委員の予算で10キロソロバンを20キロソロバンに変えて、
初めて持ち歩いていたときだった。試供品なので、一個だけ注文したが、
俺は、一個だけにして正解だったとため息を吐いた。
いきなり10キロ増やしたのが間違えだった。
「おっと」
軽々手で持とう物ならば手がプルプル震えている。
これは失敗だったな。と腕で持っていけば、ダシャンと床に変な音を立てて落ちていった。
そこに近くを通っていた色からみて5年の生徒は、それを、
俺がつい手が震えてしまうそれをなんともないとばかりに、
軽くひょいと持つと、落ちましたよと俺に渡した。
頭をゴーンと鐘のように鳴らされたような衝撃が体を走った。
おかげで、その後に来た伊作にどうしたの?と心配されるほど固まっていたらしい。
鍛錬不足だ。完全鍛錬不足である。
俺は、一年下の奴に負けるほど握力が劣っていると、毎日その20キロソロバンを振り回して
頑張ったが、今いる場所はと言うと、保健室だ。
「もう、一ヶ月絶対安静だよ?何したらこんなボロボロになるのさ」
プンプンと音が出るほどに怒っている伊作に、包帯が巻かれた手を叩かれ
声もない悲鳴と涙が出た。
「もし、破ったら今度は二度と筆もてなくなっちゃうから」
伊作の言葉に、自身の気持ちが曇ったことが分かる。
「こんなんじゃぁ、駄目なのに」
「何が?」
いつの間にか口に出てたのか、伊作が言葉を返していた。情けない話。
ここ何日か同じ男の同じ場面ばかり出て寝不足なのがもっと寝不足になった。
そういう精神的不安要素も含まれ俺はついぺろっと伊作に言ってしまったのだ。
すると、伊作は目を輝かせ。
「それって、文次郎!!恋だよ。恋。
色に弱くてきっと童貞な文次郎にもとうとう春がやって来たのか。
うんうん。なんか嬉しいね」
嬉しくないわ。バカモン。童貞とか余計なこと言わなくてもいい。
それに、恋だと?忍びの三禁ではないか!!
「あー分かる。分かるよ。文次郎。僕だって、本当の恋をしたときには戸惑ったものだもの。
だけど、文次郎。愛は茨と棘の上に成り立ってドロドロ醜いその上で
白鳥があがくがごとし!!」
ここから、伊作は壊れた。そういえば、前こんな状態の伊作の姿があった。
大分落ち着いたかと思ったが、俺の今回のことでなにか爆発したらしい。
「うぅぅぅ、どうしてどうして、王子様は僕の元に現れてくれないんだろう?
ねぇ、文次郎。僕可愛くない?」
ずいっと責められて、目が真剣だけにどうしていいのか処理に困る。
「ねぇねぇ」
あーう。どういえばいいのか。確かに6年生のなかで一番可愛い顔をしているが、
あいにく俺にはそういう趣味がないので、可愛いは女に使う言葉、
しかし忍びなので女に使えば三禁だしで。
「文次郎ぅ」
しかし、しかしだ。
ここで、可愛いを言わなければ、俺はこいつを泣かしたことになるのだろうか。
半分泣きの伊作にじりじりと保健室の隅に追い込まれた俺は、やけくそに叫んだ。
「あー、可愛い。可愛いから。泣くな。近づくな!!」
近づくな。のなの部分で視線を感じ見上げれば、
保健室の襖を開けて唖然としている仙蔵の姿があった。
目が合えば、そのままいい笑顔で、すーと閉めたので、目の前の伊作をどかし、
無理やり仙蔵を保健室まで連れてき、全ての出来事を話したというのに
「なるほど。あい分かった。お前らがそういう関係だったとは」
「全然理解してねぇ」
「そうだよ仙蔵。僕の心は王子様のものだもの」
痛い。凄い痛い発言をしてキラキラ目を輝かしている伊作が遠い。
からかっていただろう仙蔵すら言葉をなくして、そ、そうか。悪かったな。
と一言しか言えてねぇ。ある意味強い伊作にため息がこぼれたが、
お茶をすすっている仙蔵は立ち直り俺を見てにやりと笑みを零した。
こいつのこういう笑みの時は危険だ。嫌な予感しかしなかったので、
委員会があったんだっけ、それじゃ失礼と立ち上がろうとしたところを足払いされた。
片手固定されているので、そのまま顔面から地面にぶつかる。
「何しやがる」
「まぁまぁそう急ぐな。なにお前の遅めの春に私も協力してやろうと思ってな」
「何もっともらしく言ってんだ!お前のは協力と言う名の暇つぶしだろう?
それに、俺は恋などしとらん」
「なんだ。そこまで拒否するとは相手は男か?」
「・・・・・・男だが。だから俺は二十キロソロバンを持てる一個下がいて、
先輩として悔しいって話だけだ」
「遅めの春 童貞ならず 処女奪わる・・・か」
「なに、いい句読んだ。みたいな顔してるんだよ。俺はそういう気持ち抱いてねぇ」
はぁはぁと息荒げに言う俺に、伊作と仙蔵は呆れた顔で顔を見合わせていた。
なんだ。そのしょうがないなぁみたいな顔は。ムカツク。
「文次郎。私は別に初めて好きになった相手が男でも差別しないぞ?」
「うん、僕だって初恋の相手は年下で男だし。おそろいじゃない?」
お前らは、もう少し話を聞いてくれ。俺はそういうんじゃなくてだな。
単純な敗北感というか自分の鍛錬不足をだな。
「よし、特徴を言え。ここまで来れば、私が色で落としてそれを糧に脅してやろう」
「うわぁ、仙蔵なにそれ?」
あまりな仙蔵の発言に伊作が引いている。俺も引いてる。
なんでお前が出てくるんだ?
「こいつが動いても何年かかるか分からんからな。なに、これも友情だ」
そういって笑うこいつからは悪意しかなかった。
つまり、初めて恋した相手(伊作断定)で遊ぼう。なところだ。
そこから俺は無理やり仙蔵から特徴を言わされた。
好きじゃないし恋をしてない相手だが、
たまたま20キロソロバンを拾ったことが悪かったのか、
仙蔵が暇すぎたのが悪かったのかなんにせよ合掌。
すまん。名も知らない後輩よ。俺には仙蔵を止められなかった。
2009・12・23