愛しい人がいた。
しかし、愛しい人には愛しい人がいた。
私は愛しいから体を奪った。彼は優しいから私を傍に置いた。
でも、彼は私から離れたがっているのは目に見えて分かっていて。
会いたいと言えば、授業がある忙しい。
口付けをしたいと思ってもそらされる。
あなたほど焦らし上手はいない。
あなたが私を愛さないほど私はあなたを愛してしまったようで、
他の誰でもない私を愛してくれなんて女のようなことも言ったのだ。

しかし、彼は最後に体を抱いた後に、そっと私に告げたのだ。

「利吉くん。私は愛している人がいるらしいんだ。だから、君の気持ちには答えられない。
これで最後にしよう」

ああ、ああ。
私は何も言えなかった。嫌だも別れたくないも愛しいも!!
だからと言って、簡単に忘れることも出来ない。
高い賛辞で言えたギリギリの言葉は、
『お幸せに』じゃなくて『お元気で。また会いましょう』。
本当に愛されていたならば泣けたんだろう。泣いて縋れたんだろう。
でも、最初から愛されていない私は泣けずに狂ったようにあなたの好きな人を見つけた。

好きな人を見ているだけで幸せそうなあなたを見たときに、
私に何されても何千と愛の言葉よりもたった一つの行動で赤くなってあたふたする様をみて、
乙女のように感情に振り回されているあなたはまさに操縦不可能な恋をしていた。

ああ、ああ。それはなんて悲しい。それよりも悔しい。
少しも愛されていなかったのだと見せ付けられた気がしたから。
見つけてどうするなんて考えていなかったのに、頭の中は空っぽ・がらんどう、
それだから本能のまま行動している自分がいた。
もうすぐ忍術学園、父上の生徒だけどばれなければいいと綺麗に殺す方法と
綺麗にバラす方法だけを考えていれば。


「止まってくれますか?山田 利吉さん?」

暗闇よりも濃い暗闇が3っつ。
子供の気配にすら気づかないほど馬鹿にはなってはいまいはずだ。
寧ろ今の方が気配に敏感ですらあるはずだ。
目の前に降り立った彼らは子供だからと言って侮ってはいけないと感じ、
何本か投げた。彼らはひらりと必要最低限の動きだけで避ける。

「ちょーっと、学園の生徒にくないとか向けるとか最悪なんだけど」

「最悪なことしたのは木籐だろ?
こうなるから土井先生に気づかせちゃいけねぇーって言っただろうが!!」

「知らないね。そんなこと。木籐は、木籐の思ったとおりに行動しただけだよ。
それに悪も善もあるわけないじゃん」

「はいはい、二人ともちょっと黙っててもらえます?」

「お前たちは」

くないを構えなおす。釣り目と細目をとめた優男ふうの少年は笑った。
笑顔でぞっと背筋まで凍るような気分だ。そんな私に気づいているだろうに
彼はその笑顔のままで続ける。

「忍術学園5年は組。あなたが殺そうと思っている相手の仲間ですよ。山田 利吉さん?」

気配が濃くなる。どうやら3人だけではない数の人数に囲まれているらしい。
しかも一人一人が自分よりも強い。彼ら3人だけでも同等だと言うのに。
敵わない。でも、このまま抵抗もせず殺されるのは癪だからくないは下ろさない。

「邪魔をする気か?」

と、言えば優男風の男はおどけた風に驚いた顔をした。

「いいえ、とんでもない。寧ろ当たってみたらどうですか?」

「はっ?何言ってるの峰!!」

「だから、そんな気持ちを持っているなら当たって砕けてしまえと思うんですよ。僕は」

本当になにを、言ってる?罠か?つぅーと汗が頬を伝っている。
意図が分からない。仲間を殺されるかもしれないのに、
命ですら碁盤の上、上からおもちゃで遊ぶ。
人をその程度にしか考えていない優しい顔をした少年に冷や汗が止まらない。
つり目の少年は焦って、もう一人の細目の少年は考え込んでいる。

「そうだな」

2人は目を配らせて、にっと笑う。
一人は、うっと詰まってしょうがない、と頭をガシガシとこすると。

「早く、行けば?」

三人は道を開けた。


なんのつもりかは分からない。
二つ分かるのは彼らが恐ろしいこと、目的は果たせること。
闇の中降り立てば、白い寝着を着た息をしているのかどうか怪しいほど綺麗な姿勢で寝る
目的人物。降りても気づかないことが罠だと思わなくもない。
しかし、あそこまでの罠を周りに作っていると言うことはそういう感覚に鈍いのかも知れない。
そういえば、目的人物の将来の夢は団子屋らしいし。
忍びらしいことが出来なくても当たり前なのだろう。
甘いな。そうとう甘い。
忍びを目指さないから訓練をせず殺されることもないと思っているのだろうか?
ああ、ああ。
こんなに近くで目的人物を見るのは初めてだが、なんて平凡な顔立ちだ。
これに一体私は何に負けたのだろう?私のほうがハンサムだ。モテル。彼はモテナイ。
若さか?いいや、私だって若い。4歳くらいの年の差で若さに差がある分けないのだ。
分からない、分からないけれど、分からないからこそ何かを感じる。
目を覚ます前に殺さなければ、何かに飲まれる。
私は飲まれる前に、ひゅっとくないを下ろしたはずなのに、
くないは、誰にも当たることなく布団に深々と刺さっている。
仕舞った!!気づかれたか。
そういえば仲間と言っていた彼らはそうとう気配を消すことに長けていた。
ならば、彼も気配に敏感なはずだ。どこにいるどこに。
右、左、上、下。

後ろ。
を感じるときには遅く。
ぴっと首元に硬いものが当たる感触がする。くないではない硬い何か。

「用件は?」

思っていたよりも低い声に、平凡はなりをひそめてピリリとした殺気。
平静を装うために声の震えを隠しなんともないと言う顔をして言葉を返す。

「ずっと前から欲しかったものを君に横取りされた」

言葉の応酬で隙が出来ればと思ったのだが、
彼はそんな暇などくれるわけもなく、がんと横から凄い力で殴られた。
暗闇のなか、彼の黒い目だけが異様に黒くて光って見える。

「女々しい。女々しいな。お前!!男ならな、奪い合えや。欲しいんだろう?
それなら力ずくでこいよ。こんなコソコソやんなくてもよ。
いつでも相手してやる。さぁ、こい。正々堂々と正面から受けてやる!!」

ガンともう一発。鼻血が出たことを確認できる。
避けても、空気圧だけで怪我する。どんだけなんだ。と思っているのに
段々と彼とのやり取りが気持ちよくなるのだ。殺気はもはやない。彼にもない。
目的を忘れるほどただの殴り合い。

ああ。あはははは。
こんなに笑えたのは何時振りだろうか。心から計算もなく純粋に笑えたのは。

「それでいい」

それは全て許された気がして、最後の一発、顔面を殴られた後に
見せた彼の笑顔には星が輝いて見えた。





16、☆・M・ただいま




3人は木の上で静かに見守っていた。
峰は、ふふふと笑いながら藤野に問う。

「今回は木籐が気づかせなかったらならなかったって言ってもどの道、
秒読み段階だったんでしょう?」

藤野はさらさらとノートに記帳しながら、峰の問いに答える。

「ま、そうだな。山田 利吉も気づいていなかったのだけどな。
あれは恋に似た。心の隙間を埋める行為だったんだよ。
土井先生の笑顔は心からの方が多いし、なんだかんだいって穏やかで優しいからな。
同じ忍びなのに、自分がなくしたものを持ってたら欲しくなるのは当たり前さ。
土井先生もそれに答えられるはずはない」

横にいた木籐は、
利吉に拳をいれ笑いながらちゃんと布団に入って眠り始めたを見て笑う。

「土井先生に答えを求める方が無謀だしー、あの人、感覚派で鈍いもん。
にしても、峰。いくらが寝ている最中起こされると、
あんなキャラになって暴れるからって万が一もあったんじゃないの?」

峰のほうをちらりとみた木籐に、峰は手を左右に振る。

「ない。ない。前、篠神先生が寝込み襲おうとして、殴ったのは覚えてるからね」

藤野も口を挟んでいつものように豪快に笑う。

「普段は気配とか鈍いけど、寝ているときの方が鋭くなるなんて卑怯技だよなー。
まぁ足使ってないけど容赦なく殴ってるしー。あははは。死んだら面倒だから、
木籐お前保健室に転がしとけよ」

「は?なんで木籐が?」

「じゃぁ、木籐がやりますか?罠の解除」

「それか、報告書作りやるか?」

「・・・・・・分かったよ」

3人は降り立ちの近くにきた。
そして三者三様の顔をして。

「「「殴られて鼻血だして、顔だってハンサムが減なのに、幸せそうだな」」」


「これがきっかけでMになったらどうする?」
木籐が言う。
「それもそれで面白い」
峰が言う。
「今までいなかったタイプの陥落者だろう?」
藤野が言う。
そしてみんなが笑うのだ。


ともあれ、ただいま。と。






2009・11・25