善法寺先輩が今日の委員会活動は薬草採りだよと、
言ったのでみんなで裏裏山辺りで薬草を採っていた。
採ることに熱中しすぎた僕はいつの間にか知らない場所へ着いてしまった。
右を見ても森、左を見ても森。
先輩と声を出したけれど森に吸収されてしまった。深くて暗い森に。
さくさくと自分の歩く音だけが聞こえる。
鳥の鳴き声も森のざわめきもましてや人の息づかいなんて聞こえるはずもなく。
歩くたびにこちらが帰る方向かどうか怪しくなる。
こっちが正しいという自分の意見は徐々に暗くなってくる森に、
本当に正しいか?本当は違うんじゃないか?と疑わさせる。
足が痛い。それよりも怖い。本当自分って不運だな。
色々違うこと考えなくちゃ、泣きそうなるから。
よく迷子になる同級生のことをふっと思い浮かべた。
彼らはよくこの孤独に耐えられるな、とでこぼこした身長の彼らが僕よりも強いと笑えば、
足に踏みしめる地面がなくなり、えっと頭が認識するより早く僕は穴に落ちた。
不運委員と呼ばれる僕らは穴に落ちることは日常茶飯事なので、
一般の忍たまよりは慣れているけれども、この穴は違う。
長いのだ。落ちていくのが。
僕はこのまま穴に落ちて死んでいくのかな?
忍びなのにドン臭くて間抜けで不運な死に方するのかな?
それは、なんと不運な死に方。って一文で終わるような生き方しか残せないのかな?
僕は消えるように死んでいくのかな?
生きている僕の存在のように。
ドンと音がした。
本来ならば骨が折れて僕の心の臓は止まって、目を覚まさないはずなのに、
僕は音が聞けたし、痛いとも思ったし、
目を開ければ暗いけれど光が上から差し込んでいることにも
気づいていた。
両手をわきわきと動かせば生きていて、お尻が痛かったから、下を見れば地面があった。
ペタリと触ると冷たい土、匂いも土、紛れもなく土。
なんて見慣れた穴。綾部先輩の穴同様の普通の穴。
さっきの長さはなんだったのか、頭を捻ったが分からなかったので楽な体制をとる。
土の壁に寄りかかって遠い空を見上げる体育座りに似た体制で、
赤い色と青と黒を混ぜた夕暮れの空を見つめる。
手を伸ばせば掴めそうだなと手を伸ばせば、自分の手が透けていくのを覚えて、
物悲しくなった。僕は、そんな存在だ。左門や三之助が迷子になっていなくなったのならば、
友人の作兵衛はすぐ気づくだろう。そして捜索隊が出るだろう。
しかし僕はどうであろうか?きっと誰も気づかない。
薬草採り終わってみんな帰ってきて、一杯採れたねって言って集めたのをみんなで落として
拾ってを二回繰り返して保健室でお茶でもこばしてから一息ついているだろう。
僕がいないことに気づかずに。
赤色は黒に飲まれた。今は闇が広がるばかり。
その闇に手を強く伸ばした。
僕は生きていても死んでいても同じですか?同じくらいの存在ですか?
それならば。
それならば。
「誰かいるのか?」
目を見開けば、誰かがいる。声を出さなければ気づかないと思ったのに、
僕はそんな存在なのに。彼は僕の目を見て、手を差し伸べた。
「そんな所にいると風邪ひくよ」
そういって僕の手を引いて、部屋でお茶を出した。
何が起こったのか理解できない僕は、彼の出したお茶に手をつけずに
それに心配した彼の手を振り払らった。顔は見れない。
お茶に浮かぶ僕の顔しか見えない。
「なんで、助けたんですか?」
「理由が必要なの?」
「ええ、必要です。僕は生きていないも当然な存在で、希薄で、名前だって覚えられない
存在なんです、僕はあのまま、あの闇に吸い込まれてしまいたかった。
優しい友人達を羨ましいを通り越して憎んでしまった。優しい先輩を酷いを通り越して
憎んでしまった。そんなことを思うなら、あのまま誰にも気づかれずに死んでしまいたかった」
さっきは死にたくないと強く思った。
生きていて冷静になれば、僕の存在に悲観して死んでしまいたい僕がいる。
なんて矛盾、なんてちぐはぐな僕なのだろう。
音がやみ静かになった部屋に、お茶の水面は緩やかで僕の顔が映った。
僕の顔は歪んでいる。
ことんと置かれた音は静かな部屋に嫌によく響いて、彼がスッと立ち上がったので、
彼は僕が望むように捨て置いてくれるとばかり思っていれば、
彼はまたコトンと僕の前に何かを置いた。
透明で丸るくてなかい白い色のものが見える。
「これはね、葛まんじゅうって言うんだ。綺麗だろう。餡を葛でくるむから中が見えるんだけどね、
それが涼感だからって夏向きのお菓子なんだ」
急に何を言うのか理解できなくて、パチパチとそれを見る。
「中が赤がいいとか。黒がいいとか。白がいいとか。それを好む人は千差万別。
見方によっては中が見えることが嫌いな人もいるだろう。
君は自分が死んでしまいたいと思ったのは、好きな人に憎しみをもったからだろう?
そんなこと気にすることはない。俺は好きだと寄って来る奴に
こいつ死ねばいいのにと思ったことはある。君のようならば、
俺は一日何回死ななければならないのか。
あと、君は忍びなのだから、希薄なのは寧ろプラスで君の事を羨んでいる人はいるんじゃないか?
俺はあまり人に気づかれたくないときがあるから、羨ましいと思うけどな。
名前を呼ばれるのも勘弁って時が何回かあるけどな」
ポンと頭を撫でられた。上を見れば微笑を称えた人。
「君は真に、この葛まんじゅうのように綺麗だな」
僕は上にのっけられた彼の手を握った。
冷たい土の中にいた僕の方が冷たいはずなのに彼の手は僕よりちょっと冷たくて、
でも掴んでいれば消えかけていた僕の手が徐々に血を通い目に見えるようになった。
お茶はこぼれてしまったので歪な僕の顔は見えない。
冷静になれば彼は青紫色の服を着ていた。
どうやらここは学園内であるらしい。迷子になって不安になって怖くなって泣いてしまった
事情を話せばまず、保健室に行ってみようか。と僕の手を引く。
目が赤く腫れて恥ずかしいけれど、先輩は気にしていないという風をとるから
隠さないでちょっと強く手を握り締めた。保健室が見えてきて先輩に聞いた。
最初の質問を。
先輩は笑って。
「ああだって、君は最初手を伸ばしていたから、誰かに助けて欲しかったのかなっと思ってさ」
勘違いとクスリとおどける先輩に、僕は。
「先輩、僕の名前、三反田 数馬って言います」
「あ、どうも。俺は です」
「僕は先輩の名前をずっと覚えてます。だから」
だから、の続きがなかなかでない。
僕はやっぱり忘れられることを恐れていて気づかれないことを恐れている。
特にこの人に。僕は臆病だから。
僕がずっと覚えていれば、あなたが僕に気づかなくてもそれでいいと思い直す。
気づかせてくれただけでいい。会えただけでいい。忘れないでくれることに憧れるけど、
だけど。
やっぱり、なんでもないです。と言おうとすれば。
「三反田くんだね?大丈夫。俺の知ってる後輩って手に両手ぐらいしかいないから、
忘れないよ」
そういってあなたは僕の予想を裏切るんだ。
僕は嬉しいからもう一つの注文。
「数馬でいいです」
数馬がいいですとは言えない。けど、ちょっと前へ。
先輩はそう?じゃぁ数馬くんだね。俺のことはでもいいよと笑う。
「所で、数馬くん。君は忘れられているっていうけど、案外」
忘れられていないかもよ?
そういって、保健室には入らずに手を振っていった帰った人に、見えなくなるまで手を振って
保健室に入れば、ぐちゃぐちゃな部屋と色々なものを詰め込んでいるみんながいて、
僕を見て泣き出した。
「どこにいたんだ。心配したんだぞ?」
と善法寺先輩が抱きしめる。他のみんなも、左近ですら涙を浮かべて、
怪我したんじゃないかって、死んじゃったんじゃないかって探しに行こうとして、3年はみんな君のこと探しに行ったとか
色々なことを聞かされて、また泣いた。
その後、
作兵衛に、ばかぁ死んだかと思っちまっただろう?と殴られて、
左門がわんわん泣いて、三之助が道が迷わせたんだとか何かに怒って、
孫兵が手伝わされたと直に帰って、でもちょっと涙目で、
藤内がぐちぐちと一晩中何か言われたけど、みんな一部屋に集まってお泊り会をすれば。
ほらこんなに、認められて愛されている。
僕は死んだような存在ではないです。
僕はちゃんと認められて生きている存在でした。
僕は分かっていなかっただけなのです。
それを分からせてくれた人は僕にとって特別にならないわけがないのです。
【16・忘れられる存在なぞ】
俺は部屋にいた。綾部がちょっと任務があるから一日来れないと言って、
滝夜叉丸くんが七松先輩が来たら叫んでくださいと言って、
けれど誰も訪れることのない平穏な日だった。
静か。久しぶりに静か。
俺だって一人になりたいときもある。だって、彼らアイドル学年と言われるだけあって
顔綺麗なんだよ。イケメンなんだよ。
イケメンにコンプレックスのある普通顔の俺が何回鏡見てため息を吐いた事か。
後輩だからな。ってのもあるからちょっとは可愛いけど、奴ら大きくなったらモテモテだぜ?
はん。彼女一人もいない俺にあてつけかよとか思わなくもないわけで、
ウサ晴らしに菓子を作った。
つい癖で一杯作ってしまったので処理をどうしようか迷う。
綾部くんがいれば、一人で完食できるけど彼いないし、
これ日持ちしないのに、くのたまにあげるとしてももう夜近いからいけないし。
あーあ、しょうがない、部屋で食って後は捨てるかと、てこてこ歩いていれば、
薬草の匂い。おかしいな、誰か怪我してるのかな。それにしては濃い。
案外暇だったので近づけば、手を伸ばしている少年。
手を伸ばしていたので、掴んでみた。
ただそれだけのことだったんだけど。
彼は自殺志願者だったらしい。
しかも、憎いから死にたいって。それって俺は何度死ねって言ってるの?
眩しい。君が眩しいよ!!
たとえ、その穴が自力であがれる程度で死ねないだろとか言えないほど眩しいよ。
ポン、と手を打つ。そうだ。俺持論。
『甘いものを食べれば、みな幸せ』
別に捨てるの勿体無いとかじゃないよ。うん、別に勿体無いとか、食べられない彼らが可哀想とか
そんなことないよ?
葛まんじゅうを置いたら沈黙。その沈黙が痛くて、うんちくを語る俺。
痛い。とても痛いです。でもさー、気づかれないってちょといいなーとか思わなくもない。
構われすぎるのが幸福とは限らないからなー。それは幸せな奴だからだとか言われるかも知れないけど、
風呂もトイレも寝床も誰かいるって生活した過去があったから、
あれを幸せだったかとはいいがたいし。
篠神に町で何百回名前を連呼されたときは殺そうかなって思ったときあったし。
あーうん。もっともらしいことを言ったので、最後に。
「君は真に、この葛まんじゅうのように綺麗だな」
篠神はちなみにかりんとうだな。真っ黒で歪で糞甘い。
なのに捨てきれないって感じ。
夜遅いし泣かせちゃったから、事情を聞いて保健室まで送る。
あれ、なんか騒がしくない?なんか数馬ーとか聞こえるけど
そんなことに気づかない彼は俺に問う。
「なんで、助けたんですか?」
ともう一度の質問。
なんだ手が伸びてから、つい掴んでしまったことばれてたのか。
だけど、俺、先輩だからちょっと見栄をはる。
分かっているのに先輩を立てる君はいい子だ。ハハハハハ。
「先輩、僕の名前、三反田 数馬って言います」
ああ、そういえば名前聞いてなかったな。なんて丁寧な対応。
七松先輩辺りとか4年とか色々な奴らに見らなって欲しい。
なにか言ってたけど大丈夫俺、友達少ないし。ここ笑うとこだけど
いい子の三反田くんは、そんな俺に見かねて名前呼んでいいよって言ってくれた。
本当にいい子だよね!!
ちなみに保健室に入らなかったのは薬品の匂いがあんまり好きじゃないから。
そんな身勝手な俺に、いい子の数馬くんは手を振りかえしてくれる。
そんな君だから生きていないなんて忘れられるなんてそんなことはないのさ。
2009・11・20