俺は人の顔が好きだ。
造形そのものが好きだ。
自然が創りだしたのにかかわらず、
その人自身の努力、人生によって、形が変わる。
顔は全てが現れ、顔は全てだ。
だから俺は、彼等の顔を元通りに直したり、
時には、偽ったり、することが好きなのだろう。
それと。

「いいこと、
人の良し悪しなんて、顔じゃないの。人生の生きざまよ」

この人のせいであろう。







上級生全員の大女装大会。
明るい昼下がりに、街へくりだしている俺たち。
いつもなら、学園にいるから、変な気分だ。

「いい天気だね」

と、俺の横には、ピクニックにでも来たように陽気な伊作。もとい、いさ子。
容姿も素晴らしいことながら、このいさ子、なんちゃってドジっ子なのだ。
男の視線を痛いほど集めているいさ子は、
何度目か分からない左足で右足を踏むという難易度が
高い技を繰り出していた。そして、何度目か分からない男の手が差し伸べられた。

「あ、ありがとうございます」

「い、いえ。あのどうです?茶店でも?」

「この子と一緒でいいですか?」

と、俺をさし出して、男が一瞬、え、お前も?と言う顔をしたが、
いさ子の手前

「いいですよ。じゃぁ、一緒に」


と顔をデレデレさせて、容認した。男は俺を視界に入れず、
俺がいないように振る舞いいさ子だけを見つめている。
俺は、別に、俺、可哀想などと思わない。
そうやって、これまでの女装試験を全てクリアしてきた。
伊作が引っ掛ける、俺がそれに付き合う。
初めは、嫌そうな男の顔とか、ちょっとショックでもあったが、
これをしないと、俺は一生声をかけられることも、何か奢られることもない。
つまり、いつまでたっても及第点がもらえない。
6年続ければ心は鋼で、
また馬鹿が集まったと、にまり笑顔を浮かべることも出来る。
だから、俺は女装試験中は、もっぱら伊作と共にいる。

「けどよ。って特殊メイク的なことも、
綺麗な顔の仮面も作ることも出来るだろう?」

何度目かの女装試験の時、留三郎に言われた。
伊作が、留三郎を殴ったが、俺は苦笑して。

「俺は、顔を隠さないよ」

そっと俺は自分の、凹凸のない顔を触れる。
そんな俺の顔に、違う誰かの手が触れた。
顔をあげれば、表情が分かることのない俺と同じ年の少女。

「私、の顔もも大好き。だから、隠そうなんてしないでよ」

そういって、悲しい声を奏でた。


!!」

はっと気づけば、さっきの男はいない。
伊作が俺の目の前で手を振っていた。

「もう何度も声をかけたのに!!」

「ああ、悪い。ちょっと考え事を」

「もう。でも、こんだけすればいいよね。帰ろうっか」

懐に色々貰い物を詰めてにこやかに笑う美人。
貢ぐだけ貢がせといて、はいさようならな悪女だが、
こんな美人なら騙される方もありがたいだろう。
俺は、伊作の言葉に頷こうと思った。
しかし、その前に、伊作の体が、ぐらりと目の前で倒れた。

夕方。人はせわしなく、所々闇が覆う。
俺は、崩れ落ちる伊作に手を伸ばそうとして、
トンと後ろに痛みを感じた。人の気配に気付けないなんて、忍び失格だよなぁ。
とつい笑みが出てしまった。
薄れゆく記憶の中で、

「もう、しっかりなさい。
のそこが、良いと言っているのだから、
グズグズ、疑うよりも、やったと喜びなさい!!」

とブサイクだからと、卑屈で、なにかあるたび、グジグジと負けごとを言う俺を、
平手打ちではったおし、
無理やり前に向かせたあの人は、今何をしているのか、ふと、気になった。








2010・10・15