はぁーと溜息をついている仙蔵をおいて、自主訓練に出かけた。
伊作の愛の説法、常識をしっかり言われた仙蔵は、伊作から媚薬をもらうことを諦めた。
そして、謝るという方法を考えることも諦めた。
まわりまわって、今は、自分で媚薬を作っている。
それを、伊作に言ったら、はっと鼻で笑われた。
「出来るもんなら、作ってみなよ」
優しくてだまされやすくて、ちょっと不運が玉に傷。
なんて伊作を思っているやつらの目を覚まさせてやりたいぐらいだ。
伊作は、と仙蔵の件で完全に、何か覚醒したのだと思う。
良い方向か、悪い方向か、と聞かれたならば、
仙蔵にとっては、との仲を邪魔する嫌なやつだろう。
しかし、6年間同じ釜の飯を食い、同じ部屋で寝起きし、苦労を共にしてきた
仲間である存在に、危険極まりない犯罪者になってほしくない、
元の仙蔵に戻ってほしいと願う俺としては、強力な協力者だ。


シュッと、クナイを木にくくりつけた的に投げれば、真ん中に当たる。
真ん中の的には、何本ものクナイが刺さっている。
初歩的な初歩な、忍びの練習方法だが、初心忘れべからず。
いくら高度な技ができても、最終的に救われるのは基本なのだ。
いつもどおり、100本投げて、すべて拾うと、
噂をすれば、影。
岩の上で、ちょうど一人、饅頭を食べている に会った。
彼は、間の抜けた顔をして、頬に当たる風を気持よさげに
目を細めていた。その姿は、可愛くない猫のようだ。
3・4年間仙蔵に聞かされ続けていた、の話で、
彼の性格がいいことも、まっすぐであることも分かっている。
俺は、それは忍びに向いていないけれど、ぜひとも友人になりたいものだと思った。
しかし、俺がに話しかけると、

「・・・えーと、あの日以来だな。潮江。
おっと、あんときは言えなかったけど、初めまして」

俺は、彼にその間話しかけることすらしなかった。



【ブサメン4】






俺の横に が座っている。
座ればわかるのだが、は、身長が俺よりも低く、脚が短い。
顔だって凹凸がなく、薄い顔をしている。鼻は低く、目は普通よりやや小さい。
人ごみの中に入れば、確実に見分けがつかなくなる顔だ。
まじまじと見られていることにも、気付かないほどの間も抜けているようだ。
やっぱり、俺は仙蔵があそこまでするほどに魅力があるとは思えないのだけれど。

「潮江」

「あ、なんだ」

「ありがとうな。あん時、守ってくれるって言ってくれて、お前だけだったんだ。
うれしかった」

「俺は別に」

俺は、仙蔵のためだ。と言いかけてやめた。

「あ、今俺みたいなブサイクに言われてもうれしくねぇ。とか思っただろう」

「いや、思ってない」

「それか、友人の恋人がブサイクでびっくりしたか?」

言われた言葉に、つい目を見開いてしまった。
間の抜けた顔をしていて、見られていることする気付かないやつだと思っていたが、
そうではなかったようだ。こいつは、気付いていて、それを許しただけだ。
そういえば、昔仙蔵が、言っていた言葉で、は人をよく見ていると言っていたが、
見ているのではなく、視ているのほうだったとは。

「いいんだ。俺がブサイクだってことは、親のお墨付きだし、
立花は、遊び半分で、俺と関係はゼロだから」

暗に気を病むなということだろう。俺が気にすることはないと。
俺は、呆然として見じろきも出来ずに、
遠くからの友人に声をかけられて、
目をなくして笑うの姿を見ていることしかできなかった。
俺は。
俺は、正直、俺は仙蔵がつい乙女になり、つい我を忘れるほどの相手が、
であることが信じられなかった。
忍びに三禁と言っても、その意味は、溺れるなというだけで、してもかまわないものだと、
ようやく気付いたころには、俺は好きという感情が理解しがたいものになっていた。
その傍らで、俺が欲している夢を綺麗に語る仙蔵の姿は、まさに羨望だった。
俺は、仙蔵の姿に俺を重ねて夢を見ていたのだ。
だから、仙蔵の相手をみたとき、夢から覚めた気がしたのだ。
相手は、ふわふわと可愛らしいか美しい容姿をしていて、
腰なぞ折れそうに細く、守ってやらなくてはと思わせ、たおやかで、
笑顔の似合う少女だと思い描いていたからだ。
仙蔵は、美的感覚が俺よりも上で、町に降りて、時おり美醜の判定をしていて、
言われた通りなので、彼が選ぶものが美しいものだとてっきり思い込んでいたのだ。
しかし、仙蔵が本気で好きになった相手はまったく違った。
仙蔵の美とは、かけ離れた相手であった。

はははは。と急に笑いたくなった。
だからか。だから、俺は、が嫌いだった。
性格ではなく、その容姿だ。
だから、俺は、3・4年の長い間、仙蔵にへの気持ちを教えなかった。
あそこで、俺が出てくれば、仙蔵が出てくることはわかっていた。
6年一緒にいたんだ。性格なんて分かりつくしている。
俺のしたことは友情でも何でもなかった。
俺の勝手な理想で、仙蔵の恋をめちゃくちゃにしたのだ。

綺麗なものは、綺麗なものとなんて。
馬鹿なことを。

ふっと、俺の顔に影ができた。

「どうかしたか?潮江、苦しそうな顔してるぞ」

相手は、で、じっくりと近くで見れば、
は俺が最初見た時よりも、そんなにブサイクでもないではなかった。
それよりも、俺のほうが。

「俺はひどいことを」

俺のほうが醜い。ぎっと奥歯をかみしめて、誰にも見られないように両手で眼を隠す。

「・・・・・・、仙蔵は」

仙蔵は、本当はお前をちゃんと好きなんだ。本気なんだ。
お前のことでエリートになるだろう未来を捨てるくらい、お前にぞっこんなんだ。
と、言いかけて、が口を開いた。

「その気持ち、分からなくもないよ」

少しだけ顔をあげて、を見る。の後ろには太陽があって、
彼の姿は、真黒だ。

「綺麗なものが好きなんだ。人は。俺だって好きだ。
むしろ、俺はこんな顔してるから、人よりなおだな。
だから、俺は立花に告白されたとき、気分は悪くなかった。
初めてで、浮かれて、次にこんなきれいやつに言われたんだぜ。
すごいだろう俺で、さ。
嫉妬されているときも、いじめられているときも、気分は悪くなかった。
あれが、優越感ってやつだな。初めて味わったよ。ただ、空しいのは確かだ」

「やっぱり、俺ブサイクでもなんでも、好きなやつがいいわ」

と徐々に目がなれての姿が見えるようになれば、やはりブサイクな猫のように笑っていた。
俺は、呆気にとられた。もしかしてと、いやな考えしかよぎらない。

「今回のは、痛み分けみたいなものだ。俺も断らなかったのが悪い。
立花は、遊びで悪い。だから、潮江は、俺に気を使わなくてもいいんだぜ。
むしろ、まったく関係ないしな。大丈夫。潮江は、隈さえなければかわいい顔してるし、
体つきはいかついけど、普通より上だから!!それに、6年間傍にいたんだろう?
あんな性格のやつに、やっぱそこには愛があるからなんだろう?
ふ、俺としたことが、土下座の時に気づいていれば」

ち、違う。俺と仙蔵の間にそんなものない。
というか、仙蔵にそんな気持ちいだくとか、気持わるい。想像しただけで吐きそうだ。
下を向いて吐き気を耐える俺に、なにか勘違いしたはポンと肩を叩いた。

「お前の気持ちは痛いほどわかった。あん時の言葉のカリといっちゃなんだが、
お前の恋。ちょっとぐらい応援するぜ☆」


すまない。仙蔵。変な方向に行った。
そして、お前の話に付け加えておく。
 は、人を視ることはできても、自分を視ることはできない。
そのため、現実の人の感情が修正される。
俺は、仙蔵が好きではない。と叫んでも、照れるなと言われた。
本当に、どうしようもない。前途多難だ。












2010・2・10