お母さん。俺初めて修羅場のなかにいます。
誇らしげに話してくれた同級生の話と大分違います。
キャットファイトなんて可愛らしいものじゃない。
どうすんのこれ?的な気持ちでいっぱいです。

誰か助けてと求めてみるけれど。


「おい、人がこんなに必死に我慢しているというのに、
何勝手に触っている。その手を離せ。嫉妬で狂いそう!!」

仙子もとい仙蔵は、とうとうクナイを振り回している。

「おい、おい、素で攻撃してくるなんてなぁ?」

アキトは、クナイを避けながら、バチンと俺にウインクしてきた。
余裕はありそうだ。

「いいか、そこな、見ろ。
こやつの肌の美しさを、それに比べて、こやつの肌。
見ろ、ガザガザだ!!」

そういって、俺のほっぺに、お姫様の指が食い込んでいる。地味に痛い。
誰に助けを求めればいい?周りをばっと見れば、
お姫様を囲んでいた女の子たちは、
哀れそうな視線をよこしはするけれど、
目を合わせれば、ばっとさける。

三角関係の茶番劇は、殺し殺し合い、
綺麗綺麗じゃないの発展をとげてきている。
ずっとこのまま言い合うのかと死んだ目で思えば、
お姫様は俺から手を離し、アキトを睨んで、大声で喚いた。

「なぜ、こんなブサイクとお主は結婚するのじゃ!!
われに、見せつけるためか?
こんなブサイクのほうが、われよりも劣るというのか!!われは美しい!!」

お姫様の叫びは、獣の叫びに近く、言葉よりも重みがあるものだった。
先程までの騒ぎが嘘みたく静かになった。
アキトを掴んでいる仙蔵も、仙蔵が握っているクナイを持っているアキトも
死んだ目をしていた俺も、みんなお姫様を見て、止まっていた。
動くことも、喋ることも許されていない。
綺麗な綺麗な顔をしたお姫様に、深い眉間の皺。
言ったお姫様のほうが、痛そうな顔をしていたから、
言われ慣れた俺を比喩する言葉に、痛みはしない。
ただ、疑問だけが頭にしめ、つい零れて口に向かってしまった。

「なんで、綺麗になりたいんだ?」
「綺麗であれば、誰よりも優遇される」

あたりまえだろうという顔をしたお姫様。
あんたは、分かっていない。

「綺麗っていうのは表面じゃない。
表面なんて、いくらでも作れるし、偽れる」

そういえば、お姫様は初めて俺の目を見た。

「同じ顔の双子がいるとしよう。
最初は同じでも、違う人生渡ってれば、全然違う顔になるんだ。
その差ってのは、各々の生き方ってやつでさ。
あんたはたしかに顔の造形は素晴らしい。どこをとっても申し分ない。
毎日努力したんだろう。それが結果となって現れている。
だけど、あんたは本当に、今の自分が美しいと思っているのか?」
「何を馬鹿なことを言うかと思えば、美しいにきまってる。
努力といったのう、お主。それは違う」

お姫様は、扇を広げた。
扇にかかれた花は、なんの花かは分からないけれど、
蕾をつけることも、枯れることなく、美しい姿のままだ。

「美しさは生まれたときから決まっている。
神が与えた不公平だ。
生まれた時から美しく、財もあり、魅力的なわれぞ。
誰よりも何よりも美しく、何よりも恵まれておる。
お主がどんなに頑張ってもわれにはなれぬ。
われは美しく、お主は醜い」
「恵まれているならば、なぜ人を囲う?
自分が美しいと思うなら、なぜ美しいものを囲う?
なぜ、美しくあらねばならないと思った?
あんたは、なにが美しいと思った?」

パチンと閉められた扇が俺の横を通った。
お姫様は俺に扇を投げたようだ。
頬から少しだけ血が流れた。

「なぜ、そんな目でわれを見る。
ならば、おぬしは手に入ったというのか!醜いその顔で、
おぬしが欲しかったものが。そんなことは出来まい。
この男というな。そしたら笑えん。
復讐劇のために、空っぽの愛を囁かれ、いい気になっておるだけだと
誰がみても分かる。この男がほんに好きなのは、美しいものじゃ。
もし、未来にお主を欲するものがおれば、それは同じように醜いものじゃ」

俺は自分を醜く言われるのは慣れている。
悲しいことに、事実だから。それにしょげることはしない。
けれど、もしかしたらの未来で、俺を好きになってくれるかもしれない人まで、
俺のせいで、同じように言われるのは、とても悲しいことだと。ぐっと拳を握れば。

は、醜くない」
「え?」

誰かの声が響いた。それは、見知った声だったけれど、
重なった二人分の声が、誰かは判断つかなかった。
だけど、顔を上げることができた。
あげれば、白い仮面をつけた人が立っていた。
もしや、あれが仮面と呼ばれている人だろうか。
あははと乾いた嘲笑も出ないほど展開に驚いている、
お姫様も驚いている。

「さっきから聞いていれば、べらべらと、薄ぺらいものを語って。
美しいだと?綺麗だと?ふん。そんなにいうなら、お前に、いいもの見せてやる」
「狂いたくなかったら、みんな、目を閉じて!!」

仮面は、がっとお姫様の至近距離まで近づいて、仮面を外そうとしている。
後ろから、甲高い声が響いた。

「は?」

みんながポカンとした顔をしたけれど、

「早く、しろっていってんの!!」

仮面の後ろから出てきた女の人の
必死の形相に、みんな目を閉じた。
俺?俺はもちろん。俺だってまだ狂いたくはないから。

「人生やり直してこい」

目を閉じると、仮面の声だけしか聞こえない。
男か女か分からない不透明な声だった。









「・・・・・・・・・・・・・・」

みんなが目を開けたときには、仮面はちゃんと仮面をしていた。
どうやら見てしまったのだろう、
天井に顔を向け、目と口が開ききったお姫様がいた。
みなが、ごくりと仮面を見る中、


「どうすればよかったのじゃ」

お姫様が呟いた。
目は、元に戻っているが、まだ天井を見ていて、
ここじゃない違う場所へ心がいってしまったようだ。

「われが好かれていないことは薄々気づいておった。
でも、諦めきれんかった。
だから、何がいけないのかと聞いただけじゃったのに。それだけだったのに」

頬からつぅーっと涙が伝った。
お姫様はそのまま涙を零し、高慢そうな声が、癖が徐々に抜けていく。
彼女は、お姫様でなく、ただ一人の女として、声を震わせ嘆いていた。

「あの方の美しさが、好きだった。
愚直なまでにまっすぐで、場は壊すは、頭は硬いはで、
一部には嫌われていて、何かあればすぐ怒鳴るから、怖かった。
なのに、ぴしりと伸びた背中が綺麗だった。
手のひらの温もりが他と違った。
一つ一つの言葉が、小言でも愛おしかった。
揺るぎない瞳が美しかった。
私は、彼に美しさを教えてもらおうと思ったのに、もう言葉を語らない。

――あなたが美しくみえない――

それでいなくなったんなら、誰よりなにより綺麗になれば、
もう一度、私に笑いかけてくれると思ったの、
戻ってきてくれるって信じていたの。
分かってた。こんなこと続けていても、彼はもう帰ってこない。
だって、私が殺したんだもの。
私が寝込んだふりしなきゃ良かった。
いいすぎだって、言って怒れば良かった。
そしたら、努力あるのみだって言って教えてくれたのに。
好きだったの。
私のことが嫌いでも、私、大好きだったの。
わがまま言って、叱ってくれたのは、彼だけだったの。
ちゃんと私を見てくれたのも彼だけだったのに。
ごめんなさい。ごめんなさい。
私、やっぱり綺麗になれない」

わぁわぁと、子供のように泣き喚く。
彼女が狂ったのは、自己嫌悪だった。
自己嫌悪が狂って、間違ってしまった方向へ向かってしまった。
綺麗に念入りにされていた化粧は
涙ではがれて、ぐしゃぐしゃになっていた。
鼻水も、ヨダレも出ている。だけれど。
俺はお姫様に近づく。

「あんたのしたことは許せないことだけど、
俺は、あんたの今の姿は綺麗だと思うよ」

真剣に人を愛したあんたの姿は、美しい。羨ましいと。
そういえば、お姫様はもっと涙を流した。
声も大きくなって、城にこだまする。
アキトは、しゃがんで、お姫様に言う。

「お姫様。努力しましょうぜ。あんたはまだ綺麗になれる。
まだ恋だって出来る。終りじゃないんだ。
後悔したなら、そこから始りなんだ。
俺の弟がそうだったように、
愚直なまでにまっすぐに俺等も、努力して進みましょうぜ」

そういって頭をなでられて、お姫様は、
アキトに抱きついて、ごめんなさいと、ありがとうを繰り返して泣いていた。


これにて一件落着な事件は、


「普通の人ならば狂うけど、狂っている人間に見せると、
正常になるとは、初めて知った」

と、後ろで傍観者になっている仮面の発言で終っていない問題にぶつかった。
ふむと納得している仮面に、眼力が強そうな美人の女の人が、
青筋を立てて、胸ぐら掴かみ、叫んでいる。

「何やってんのあんた馬鹿でしょう?」
「おまえ、好きな人が罵られたら、人生後悔させてやれって言葉知らないのか?」
「それで、狂わせようとすんな」
「倍返しとか、中途半端はよくないだろう?復讐は悲しいもんな」
「おのれは!!」

とうとう、実力行使にでようと拳を握りはじめた女の人の首に、
クナイが添えられている。

「お前ら何者だ?」

仙蔵が鋭い視線で仮面を見る。

「ああ、疑われている」
「あんたのせいでしょう。しょうがない私た「その前にいいか?」・・・何よ」

仮面は、女の人の手を払い、俺の方に近づき、
俺を思いっきり殴った。
仙蔵も女の人も目を見開いているけれど、
男か女か分からない声は、
本来の透き通った柔らかい女の声に戻った。

は、醜くないわ。
私が言っているんから本当。しょげたら、殴るから」

そういって、尻餅ついた俺に手を差し伸べる。
俺は苦笑した。
なんとなく知っているような仮面だとか、
付けている人もなんか知っているような、
情報も当てはまる人がいるとか。
簡単な話。
仮面を作ったのは俺で、仮面を作る原因になった人はこの人で。
化けものなんて言われるほどの素顔を持っているこの人は、

「・・・・・もう、殴ってる。相変わらずだね。姉さん」

俺の姉だった。











2011・03・31