嫌い。嫌い。嫌い。
ツンデレ?何言ってるの?本気だよ。本当の本当に、君なんて大嫌い。
いなくなればいいのに。




すっと顔をあげれば、たおやかな黒髪が見えた。
それに、ほうっと悦に入る。
その人は、僕の好みの髪をしていた。
同じ委員会の年下だけど、先輩な彼。
全然僕よりしっかりしていて、頼れる先輩だった。
だけど、触れ合っていくうちに、
真面目な癖に、どこかズレていたり、
これって決めたらなかなか譲らない性格に、
大人っぽさと子供っぽさ、
普通のことには鋭いのに、変なところが鈍い彼に、

僕は、恋をした。

「タカ丸さん」

「ふぅわぁぁあ!!」

急に、声をかけられてびっくりしたってのと、
顔が近づきすぎてびっくり。
猫のような大きな目に、縁取るまつ毛が思った以上に長い。
ドキドキドキと心臓が鳴った。
まるで、少女のような恋だな。と苦笑する。

「タカ丸さんの持っているツボで、終わりですよ」

さっきまで持っていた壺は、棚からまったく出ることなく綺麗に、収められている。
几帳面だよね。兵助くんは。
僕は、兵助くんの言われた場所に、壺を置いて、
帰る準備をしている兵助くんを、じぃっと見ていたら、

「なんですか?」

って。僕と兵助くんだけの、火薬倉庫。
薄暗さ、OK。
入り口までの退路封鎖、OK。
シュチュエーション、OK。
これは、攻め落す絶好の機会でしょう?
僕は、兵助くんの手を取って、微笑む。
色々な遊んでもらったお姉さん方曰く、
『獰猛な雄が見え隠れするくせに、幼い歪な笑み』で。
手から、動揺が伝わる。だけど、手は離さない。

「好きだよ。兵助くん」

と言えば。兵助くんは、薄暗い中でも分かるほど顔を赤く染めていく。

「な、何言ってるんですか。からかうの、やめて下さい」

もうちょっと、と乗り出せば。

「好きです」

違う人の告白が聞こえた。
なんだ、タイミング悪い。だけど、気にせず進めようとして。

「好きです。さん」

時が止まった。
さっきまで、顔を赤くして可愛かった兵助くんは、いなくなって、
険しい顔して、そのまま、僕を乗り越えて、火薬室を出ていく。
僕は、はぁーとため息をはいて、片方の顔を隠す。

“本当に、あの子、邪魔だなぁ”

しぶしぶと兵助くんを追いかけると、そこには、いなくてもいい人物がいた。
告白した奴はもう、いない。さすが、忍び。
彼女に、兵助くんが何かを言っているけど、彼女は、嫌そうな顔をしてる。

「お前は、男を必要以上にたぶらかして」

クドクドクドクド。
完全にそっぽを、向いて聞いていない彼女は、
ムカつくことに、たおやかな黒髪をしていた。
大きな目、縁取るまつ毛は長い。
共通点が多い二人は、小さい頃から一緒な、いわゆる幼馴染。
兵助くんの小さい頃を知っているだけでも、羨ましいのに。
彼女は、僕の視線に気づいて、

「兵助、勘右衛門先輩が、さっき探していたわよ?豆腐の賞味がなんとか」

「!!早く言え」

その言葉を最後に、兵助くんの姿は、掻き消えた。
目の前の少女は、にっこり笑って、手を振る。

「こんにちわ?タカ丸さん」

「こんにちわ。ちゃん」

ああ、食えない女。






「あら、美味しい。これどこの?」

「それはねー」

軒下で、僕らはのんびり、お茶菓子を食べている。
あの後、僕が、彼女を誘った。
音も立てずに、お茶を飲んでいる彼女は、たしかに、綺麗だ。
美少女だけど、それで喜んだのは、前の僕。
今の僕は、欲しくもないし、そこらへんの木のクズと同じにみえる。
あ、あとね。と自分の部屋の中に入ろうとする僕に、彼女は、
笑みをたたえたまま、言った。

「ふふふ、兵助から離れろって言わなくていいんですか?」

振り返ると、彼女の顔は見えなかったが、
彼女の場所は、日が輝いて、温かそうだ。

「これでも、くノ一でも成績良い方で、兵助みたく、鈍くもないんですよ」

と言う彼女に、僕は、冷たい目で見る。

「4年だと、滝くん、5年なら、不破くんに、竹谷くん、勘右衛門くん、
6年は、たくさん」

そういいながら、彼女の横に座る。

「年上に好かれるね」

「年下にも好かれるんですよ。いいでしょう?」

ふふと、完璧な笑顔な彼女。
まだまだ、素人の領域である僕は、感情を顔に出さない方法が
少々歪で、きっと目が笑っていない。

「うん、羨ましい。こんなことなら、君に恋人になってて誘われても、
OKするんじゃなかったって、後悔してるよ」

「私は、愛してくれる代わりに、惚れた相手の云々が、
嘘だと思ってたのに、本当だったことに驚いてますよ」

「嘘つき」

「それって、よく言われます」

さわさわと、木が、
ピーチクパーチクと、鳥が、鳴った。
太陽が、暖かく僕を包んでいる。
どこかから、誰かの声が聞こえる。
まさに、ほのぼのとした日常。

「もういいよね」

僕の声が、とても大きく聞こえた。

「僕さぁ、君のこと、嫌いで、大嫌い。
嫌悪してる。いなくなればいいって本気で思ってる。
大体、なんなの君は。
簡単に、好きだとか、愛してるとか、言ってきたのに、
急に変えるなんて、そこまでして気を引きたいの?
僕は、好きだっていうのだけで、手が震えるんだよ。君みたく簡単じゃないのに。
君はさ、幼馴染だから、女だから、綺麗だから、ずるいよね。
簡単に、思いは届く。僕は、こんなに頑張ってるのに。
ほんと、君なんて、大嫌い」

少々、興奮したから、息切れをした。
沈黙は、あまり長くなくて、目を合わせなかった彼女が、僕の視野に入ってきた。

「言いたいことはそれだけかしら」

彼女の、キラキラと輝いていた目の光りが、完全に失われている。
泥沼のような深い深い闇が見えて、
僕は映っているけれど、黒の方が強くて、見えない。

「誰が、思いを簡単に伝えられたというの?
あなたみたいに、一回で分かってくれるなら、気づいてくれるなら、
幸せなのよ。運命なのよ。
私は、運命ではない。
だから、あなたの恋路を邪魔する気なんて、もうないわ。
忘れちゃって、苦しい、切ない、悲しい、全部吹き飛んで、幸せが舞い込んだの。
あなたには、感謝しているわ。
私を威嚇する必要なんて、ないのよ。昔も今も」

彼女は、立ち上がり、最後に微笑んだ。

「じゃぁ、さようなら」

彼女が完全に見えなくなってからも、ぼうっと放心している僕のよこに、
いつの間にか、喜八郎くんがいた。いつも彼は、神出鬼没だ。

「なるほど、嘘くさいって意味ようやく分かりました」

「聞いてたの?」

「はい、床下で」

なんで、床下?と聞いてはいけない。
きっと、理由なんて特にないのだから。

「本物を隠すために、倍ぐらいの嘘が必要だったから、ああだったんですね」

そういうと、彼は、鋤を持って、目の前に、穴を掘り始めた。
きっと、それにも意味なんてないんだろう。
彼女も、それくらい、意味がなければ良かったのに。
恋人を作りまくる理由なんて、なんとなくで良かった。
辞めた理由は、なんとなくで良かった。

じゃなきゃ。なんで僕がこんな罪悪感を抱かなくちゃいけないの?
本当に、彼女って・・・嫌いだ。










2010・5・30