忘れたい。忘れたいの。
思えば思うほど、苦しくて、切なくて、悲しくてしょうがないの。
4
あの夜の日。私が出会った史上最悪な出来事。
男で失敗だったって思うこと、何度目かの中の後悔。
私は、食べられた。
暗闇の中で、一点白い少女。
綺麗な笑みをして、綺麗な服を着て、私の中にあった、
綺麗なものを食べた。
それから、嬉しそうに笑って、じゃあね。と消えていった。
夢?夢だったら、今も消えることのなくある、
真っ赤に腫れた足首近くの握り締められた手跡は、なんだっていうの?
食べられた。
それは、真実。だけれど、私は生きているし、死んでいない。
では、何を食べられたのか。
「ごめんなさい」
私は土下座をしていた。
私に怒りをぶつけようとしていたくノ一の子は、
私の姿に、困惑している。
当然だわ。私、今まで、ちっっとも悪いと思ってなかったんですもの。
好きな人を盗って、好きだと思われる人を盗っても、忘れちゃえばいいなんて、
言ってきたんですもの。謝ったことなんて一度もなかったわ。
だけど、間違えだって気づいたの。
「そ、それで許してもらおうなんて」
と、昨日泣いていた子が言った。
「許してもらわなくてもいいわ。これは、私の自己満足よ」
頭を下げて、動かない私に、彼女たちは顔を見合わせた。
自己満足だから、なんでも言えばいいのに、暴力でも、工作でもすればいいのに、
この子たちはいい子たちだわ。
何も言わずに、もう、いいと言ってくれた。
分かってくれたならもういいと。
だから、土下座をやめてくれと。
そう言った。
「どうしてそんな顔しているんですか?」
「・・・・・・どうかしたの?悪いものでも食べた?」
失礼しちゃうわ。雷蔵先輩。
いつもなら、抱きついている私に、困惑した顔をして、
委員の仕事してよって言ってるのに。
私は、ただその言葉に従って、本の修繕をこまこまやっていただけなのに、
お腹を心配されるなんて。
「あら、じゃぁ、いつものように、抱きついて、
「気がないあなたも素敵。好きになって」って言えばいいですか」
「ごめん。謝るから、今のままでいて」
雷蔵先輩は、そう言った。
「おーい、。好きだぞ。だから、一発やらないか?」
「なんて、脈絡の無い言葉。下級生の前で言わない方がいいですよ」
体育委員の近くへ来ると、私を見かけた小平太先輩が
私に抱きつきながら、爆発宣言をしている。
「大丈夫だ。な、滝」
と、小平太先輩は滝に言ったけれど、言う相手が間違っている。
私たちを引き剥がし、喧嘩腰で滝は私を睨む。
「体育委員になんのようだ。。
言っとくが、今のは七松先輩なりの社交辞令だから、本気にするなよ。
おっと、私がいくら美しく、賢くて、思わず手を出したくなる美少年でも、
お前なんか相手にしない。体育委員に手を出すな。しっし」
「私は犬かしら。まぁ、滝に用があったんだけどね」
「私は、そういう不健康なことはしないし、お前なんぞ
「はい、予定表」・・・なんだこれ」
ペラりと、差し出した髪を、きょっとんとした顔でみている。
上にしても下にしても横にしても、紙はただの紙だ。
「何って、予定表よ。さっき先生に渡してくれって言われたのよね。
4年とくノ一の合同実習のお知らせ。
じゃぁ、ここにいて欲しくないみたいだし、帰るわ」
と、帰ろうとすると、さっきから帰れ帰れと言っていた滝が、私の手を掴む。
「そ、それだけか?」
「そうよ?なにか期待していたの」
「するわけないだろう!!この馬鹿」
真っ赤な顔をしている滝を押しのけて、小平太先輩が押しのけて、
また抱きつく。
「私は社交辞令じゃないぞ。どうだ、一回」
「は、破廉恥!!」
「滝って、本当の乙女よりも乙女だわ。未来が心配。変な女に引っかかりそう。
あ、小平太先輩。私、今、そういうこと興味ないんで、違う人あたってください」
するりと、抜け出すと、変な顔をした三之助がいた。
他の後輩を、もう帰らせているあたり、後輩を少しでも思っているらしい。
そんな優しさに感心しながら、ノラリクラリしている三之助が、珍しく眉を潜めている。
「どうしたんっすか。先輩。いつもだったら、七松先輩のに一も二もなく返答して、
滝夜叉丸にセクハラしながら、からかって、俺にどうかしら?彼氏になってみる?
って誘惑するのに」
「そんなことしてたのか」
じとりと滝に、見られる。
「安心しなさい。滝。私は、もう、そんなこと、しないわ」
三人の視線が私に集まる。
私は、三人の顔が見えているけど、意識は、あの夜のこと。
私は食べられた。食べられちゃったのよ。
だって。
「だって、誰を見ても、なんだか、同じに見えるのよ」
「同じ?」
「石と同じよ。私、さすがに、石に好きだとか。愛してなんて、言わないわ」
極論だけどね、と彼らから背を向ける。
ねぇ、私が食べれられちゃったもの。
分かるかしら?
私は、忘れたくて、忘れられなかったの。
だから、根元をね、がぶりと食べられて、元がなければ、
あんな気持ち、感じないの。
心を埋めてきたけど、埋める場所がなければ、
埋める必要なんてないのよ。
2010・5・26