愛して欲しいの。愛して。
私を強く愛して、そうしたら、私、全て忘れられる、そんな気がしたの。
1
「!!」
「あら、なにかしら」
「あなた、何をしたのか。分かっているのでしょう?」
くノ一の彼女らの、中心的ボスが私を睨み、その後ろで、泣きそうな子と、
大丈夫?と言っている子。
ああ、私どうやら、泣いている子の大好きな人を奪っちゃったみたいよ。
それを、関係のない子が怒っている。なんて下らない茶番。
「あら、それは、ごめんなさい?でも、彼女の彼氏は誰かしら?
井上?木下?宗岡?飯岡?芳賀?うーん、あとは、忘れたわ」
「なっ」
そこにいたくノ一達は、私の言った男たちの人数に驚いてる。
ポカンとなった顔に、背を向けてダッシュしながら、
「そんな奴、早く忘れることをお勧めするわ」
くノ一の、私の名前を叫んでいる声が聞こえたのだけど、
こんなこと日常だから、振り返らない。
戻れば、面倒な事になることぐらい分かっている。
戻らなくても面倒だけど、時間が経てば、どうにかなるから。
2
「ねぇ、好き。私の彼氏になって、私を愛して」
今日のターゲットは、金色の髪の人。
近頃、忍術学園に来た元髪結い師。うん?まだ、辞めてなかったけ?
ああ、でも、そんなことどうでもいいや。
斉藤タカ丸は、一瞬驚いた顔をして、それから、ホワホワした笑顔をした。
なかなかの食わせ物だって、私の男の経験から分かるけど、
そういうのと一緒にいても、面白そう。
「いいよ」
あなた、気づいてる?
「愛してあげる代わりに、頼みごとがあるんだ」
目が笑ってないわよ。
愛されたいの。
愛したいの。強く、深くなくても、構わない。
その代わり、数で勝負するの。
愛してくれれば、選り好みするものの、誰でもいい、
みんなに私を愛して欲しいの。
「好きだよ」って何人に言ったか分からない。
その言葉で、友達だった誰かが泣いたって、構わない。
愛が欲しいの、愛が。
たとえ、その先がなんであっても構わない。
3
今まで、何人の男に、愛を囁いてきたのかしら?
両手までは数えていたのだけれど、それからは、数えるのが面倒でやめてしまった。
だけど、初めての男が言った言葉だけは覚えている。
“きみの愛は、嘘くさい。”
嘘って酷いわ。私は、愛したし、愛されて、相思相愛で、
嘘なんか一つもないじゃない。
愛って、愛されて、愛してくれることでしょう?
他の男に愛を囁くのは、愛を振りまいているだけで、
愛を得ようとしているだけで、
あなたへの愛が、零になったわけじゃない。
嘘なんて侵害だわ。
だけど、それに耐えられなくて、彼は私に背を向けた。
私は、後ろに手を組んで、違う男の方へ、愛を配る。
「好きだよ。愛してる」
そう言えば、同じ言葉帰ってきて、満たされた。
そんな私は、女から疎まれ、男からも疎まれている。
いつか、痛い目見るよ。と両人ともに、言われたけど、
これが、痛い目かしら。
やっぱり、食わせ物は、食べれそうにないわ。お腹を壊しそう。
ビューと風が吹いてる。寒い。
足をスリスリと摺り合わせて、マフラーを首に巻き、顔を半分隠す。
両手は、上と下の境目に入れて、自分の温度で暖を取っている。
難関で、面白そうだから、好き愛してるっていわれれば、いつも以上に、
埋まると思っていたんだけど、割りに合わない気がしてきた。
斉藤タカ丸は言った。
「僕、今日好きな人が来るんだ。その人モテて、色々な妨害があるから、
外で、見張っておいてくれない?そうすれば、君の望みを叶えてあげる」
なんだか、かなり上から目線。だが、それもいい。
ビューと音が聞こえる程の風に、今、やる気が全て失われた。
雪でも振れば、寒いから温めてもらいに行くって言えたけど、
あいにく、雪は振ってないし、雨も振ってない。
根性がないって思われるのも嫌だわ。と意地の張り合いになってきたとき、
全ての音が止まった。
さっきまで、いた人の気配すら、なくなった。
夜だから、暗いはずで、遠くなんてはっきり見えないはずなのに、
誰かが立っているのが見えた。
ブルリと体が震えた。それは、寒さではない。
「タカ丸さん。ここまでしなくてもいいじゃない!!」
と、彼がいるはずの部屋を開ければ、誰もいない。
ゆらゆらと炎だけが、外よりも真っ暗な暗闇の中で、宙に浮いていた。
たらりと、汗が垂れて、足に落ちた。
暗闇の中で、小さな蛍の光のような光が急に現れて、
それから、白い形が形成される。
白い形は、徐々に人の形をして、幼い少女の姿になった。
クスクスクスクスクスクスクスクスクスクス
部屋の中で響き渡る。彼女だけではない大人数の男女の子供の笑い声。
人は、恐怖に支配されたとき動けなくなる。
私は、忍としての授業で、怪しきものには、逃げよ。と言う
教えも、訓練も受けていたのだけれど、足ががくがく震えて、動かない。
目だけが、少女に釘付けだった。
「ねぇ」
エコーして頭に直接響く。
「ねぇ、私、何も持っていないの。これじゃ、皆に笑われちゃうわ」
沈黙していれば、ねぇ、ねぇ、ねぇ、と繰り返し言われ、
少女の目が、ぐるりと360度動いた。
「き、綺麗な服を着ているじゃない」
私は、奥底から声を絞り出した。
「綺麗?そうかしら。あなたのほうが、いいものを持っているじゃない」
すっ、と少女が私を指さした。
「それ、頂戴?」
そういうと、彼女の背中から無数の白い手が出てきて、私の方へ向かってくる。
私は、自身の唇を噛みしめ、痛みで、足を無理やり動かす。
唇からは血がたらりと出てきたが、後ろからのものに逃げるのに必死だ。
走って、走って、部屋の外へ走るのだけれど、襖は変わらず、同じ場所にあった。
「なんで、たどり着かないのよ」
手を伸ばせば、届きそうで、襖に中指が触れた瞬間、私の足を、
白い手は掴んだ。そのまま受身をとって、地面に落ちる。
ずるずると引きずられて、少女の近くへ戻った。
少女は、クスクス笑っている。
「さぁ、頂戴?」
「私は、何も持っていないわ!!」
最後のあがきだった。少女は、頭を捻り、
「いいえ、あるわ。それ、とても綺麗」
と、うっとりした顔をして、口を開いた。小さな口に私が入るはずはなかったのだけれど、
外見が変形する。バキバキと嫌な音を立てて、口が裂け、グロテスクな形になった
少女は、最後に言った。
「いただきマス」
「い、いやぁぁぁぁぁ!!!助けて、 !!」
叫び声と誰かの名前を力一杯叫んだと同時に、
体をかばう格好で、私は目が覚めた。
パチリと、はっきり目が覚めた。視界は、最初に戻っていた。
思考は、前よりもクリアだった。
ああ、なんだ、そんな簡単なことだったの。今まで、気づかなかったわ。
難問中の難問。やり方を見ても正しいのに、答えだけ違う意味。
たった一つの簡単な計算、引き算を間違えていただけ。
あーやっと、解けたわ。すっきりした。
すっきりしたついでに、眠いわね。
あーとあくびをすると、律儀な私は、ちゃんとタカ丸さんに終了を言うため、襖を開けた。
そこには、驚いた顔をしたタカ丸さんと、
「?」
「あら、兵助。なるほど、そういうことなの」
「お前、こんな夜更けに、忍たま長屋になにしてるんだ?もしや、次の狙いは、
タカ丸さんか?ダメだぞ」
ダメってどういう意味?ってからかうのもいいけど、正直疲れたわ。
眠いのよ。私。
「どうでもいいわ。兵助、勝手にタカ丸さんに恋しときなさいよ」
「なんでそうなる。タカ丸さんは、委員の後輩だからな」
呆れた顔に、呆れる。
相手はそう思ってなかったらどうするのかしら。
相変わらず、天然愛されの鈍感ね。
でも、そんなこと、もう、どうでもいいわ。
「ちゃんと真剣に、恋愛しろよ」
兵助の言葉が、チクリと刺さり、
何かを思い起こさせたのだけれど、思い出せないことを知っているから、
「ええ、そうするわ。もう、こんなこと、二度としない」
「え」
おかしな兵助。兵助の言う事聞いたのに、どうしてそんなに驚いているの?
「タカ丸さん、私、眠たいから、寝るわ。
だから、約束は破棄ってことで、おやすみなさい」
おやすみなさいの言葉が帰ってきたかどうかも、どうでもいいわ。
だって、私、ようやく、忘れちゃえたんだから。
2010・5・25