暖かな日差しの下軒先の廊下に座り、
地面に足をつけて、膝の上に肘を置いて
私は、の言葉を反芻した。
じわりと迫り来る黒い感情と、ぱっと浮上する思いに、
はーと重い溜息を吐き、うなだれていると誰かの気配がする。
ちらりと横目で見ると顔立ちが整った私服の青年が歩いてくる、利吉くんだ。
彼のもっている包からまた山田先生の奥さんの家に帰ってこいの催促だろう。
私を見て軽く頭を下げて、それからいつも涼しげな顔をしている利吉くんが
少し驚いた顔をして近寄ってきた。

「どうかなさったんですか?」

わざわざ尋ねに来るほどひどい顔をしていたのだろうか。
そんな顔になる理由は1つしか思い出せないが、
年下の利吉くんに言うのは、はばかられた。
しかし、利吉くんの何も知らぬ年頃の女の子であれば頬を染める笑みに
言うまで逃してくれないことを悟り、口を開いた。
言われたのを知り合いに変えて、利吉くんに問う。

「君はどういう意味だと思う」

から言われた言葉を言えば利吉くんは
指を口元に当てて、ふぅっと息を吹き出した。

「可哀想ですね。両方共。
そんなに愛されていることにも気づかない阿呆と
愛されないことを知って愛してる阿呆。どちらも哀れですよ」

阿呆。
普段なら怒りがわく言葉に私は。

「土井先生なんで、そんな嬉しそうなんですか?」

そんな顔をしていないと言ったが利吉くんから渡された鏡には
幸せそうに笑を浮かべている自分がいた。
そして、そんな自分を木の影から観察している人物に
気づくことすらできなかったなど、やはり自分は阿呆に違いない。








土井先生が彼女をつくった。
その子は可愛らしい子でつやつやな黒髪に成績も私よりよくて良家の娘さんだ。
土井先生に告白する子が増えたのを知っている。
それが私の前例があるせいだと。
困った顔をして頷かなかった先生がその子を受け入れた。
そうだろう。
私は所詮普通なのだ。
顔も目も体も言葉も行為もすべて未完成で何一つ完成されていない。
未来を生きた私ですらまだ未完成で、感情1つですべて振り回されている。
そんな私よりあの子のほうがいい。
私の目から見ても二人寄り添う姿はお似合い。
なのに、悔しくて仕方がない。
だって、
私はまだ土井先生が好きだった。
未来を知ってもなお好きだった。
馬鹿だと思う。
楽しい思い出だけなんて現実はそんなに甘くない。
最初から逃げてしまえばよかったんだ。
こんな現実なんていらなかったんだ。
それなのに、「愛してる」の感情1つで私は醜くも土井先生にすがった。
馬鹿みたい。こんなことをしても、あの優しい人を困らせるだけなのに、
私は土井先生に愛されていないのに、
その事実を認めると、泣けばいいのか笑えばいいのか難しい。
そんな私に彼は肩を叩いた。

「やぁ」
「黒石さん」
名前を呼んだら彼は相変わらずの笑みでぐいと私の頬を摘んだ。
両方向に伸ばされたほっぺたは案外伸びて、そのまま言葉を紡ぐと
言葉が変な言葉になった。

「な、なにふるんれしゅか」
は相変わらず馬鹿だな」

黒石さんは変な言葉でも構わないようで言葉を続ける。

「ふぁぁ?けんかうってんれしゅか?」
「いいや、褒めているんだよ。あの愚鈍な男にまっすぐ向かっていく
その根性は僕にはないからね」

細められた目が眼鏡から見える。
私はこの目を知っている。

黒石さんは怒っていた。

「僕は分からないと動かない。君は知っているね?」

いつもふざけている彼が真剣な顔になる。

「でもそろそろいいころあいだ」

ぱっと私の頬から手を離すと、彼は私ににっこり笑って
手を出した。

。僕と生きようか?」


それはそれはとても魅力的なお話だった。









2011.9・22