悪いとは思うけど、そこまで怒ることはないんじゃないか。
実習で汚すよりも服を汚している竹谷は、はっと首を横にずらした。
ひゅっと空気の音と共に聞こえる死刑宣告。
「死ね。竹谷」
今日も今日とて、作法委員のカラクリスキーズのえげつない仕掛けに、
綾部から命を狙われている日々を過ごしている。
ことの発端は、兵助の貧乳先輩へのいなり寿司のおみやげだった。
俺はそれを知らずに全部食べてしまった。
いなり寿司は貧乳先輩の好物だったらしく、
全部空っぽになってしまった箱をみて、
貧乳先輩は何も言わず泣いて走り去った。
貧乳先輩になぜか懐いている作法委員は大激怒。
俺に制裁を加えた後、
作法委員が貧乳先輩の部屋に行ったときには、
貧乳先輩の姿はなく、それから何日か経った。
日に日に作法委員の殺意が明確になっている。
俺は食べてしまった日から今日まで劣悪な環境におかれて、
もうギリギリだった。
「だから、悪いことしたって思うし、いなり寿司は買ってくるから、
もうやめてくれませんかって言ってくれないか?」
2つ下の3年の浦風 藤内に頼むぐらいには弱っていた。
浦風は、作法委員の中で一番穏やかで、
作法委員らしくない真面目な後輩で、
作法委員の制裁に加わっていなかったし、
貧乳先輩にそれほど懐いていないのだろう。
あいつらを説得してくれないだろうか。と期待を込めた目で見る。
「お前しかまともな作法委員はいないんだよ。浦風。本当頼む」
パンと両手をついて頭をさげる。
浦風は俺をじっとみて、
最初から全く変らない表情にポーズをしていた。
沈黙が長くて、ちらりと浦風をみると、
浦風はようやく口を開く。
「竹谷先輩。いなり寿司買ってくるって予約しました?」
「え、あ、ああ、今日してくる」
「・・・・・・・はぁ」
「な、なんだよ」
手を額にやって、頭を左右に振っている。
まったく呆れたな。のポーズに、先輩がこんなに頼んでいるのに
そんな態度はないだろうと腹立たしく思ったが、
作法委員恐怖症の俺は強くでれなかった。
「それですよそれ」
「それって?」
「1年待ちです」
「は?」
「予約待ちの時間ですよ。
僕は竹谷先輩が食べてすぐに予約しに行きましたから。
竹谷先輩はいつになるでしょうね。
まさか、今日予約なんて恐れ入りましたよ。
竹谷先輩は亀でいられるらしい。
話は変わりますが、僕つい最近、授業で縛りを教わりまして、
亀なら縛られるのがお好きでしょうから、
喜んで実験台・・・復習させてくれますよね?」
ふふと女ならうっとりしてしまいそうなほどの甘い笑みを浦風は浮かべて、
それと対照的に手元にはビシっと音をたて縄を伸ばした。
俺は、間違っていた。
作法委員に例外はないということを。総じてドS。
そして、作法委員全員が貧乳先輩に懐いているということを。
「たかだか食べ物ぐらいでいなくなるってなんだよ。
まじでどうなってんだよ。
俺が悪いのか?いいや、食い意地がはってるあいつが悪い」
5年の長屋でみんながくつろいでいるところに
ボロボロの俺が床に這いつくばってうめいた。
浦風の縄をどうにかかいくぐったものの、
後輩からのうけた傷は思った以上にでかい。
そんな俺を三郎はせせら笑う。
「作法委員を敵にまわすとか、あはははは」
「笑い事じゃない。あいつらのしつこさは半端じゃないだからな。
えげつさも半端ないんだからな。そんなこと知りたくなかったんだからな。
立花先輩は、あいつ探しにいったからどうにか半減してるけど、
おまえ、綾部に会うたびににっこり微笑まれてみろ。
夢に出てくるようになるぞ!!」
「いいじゃん、綾部。かわいいじゃん、綾部。笑うとかいいじゃん、綾部」
「だったら、三郎がなってみろよ!!綾部恐怖症になるから!!」
名前を出しただけで震えるくらいになってみろ。まじで。
夢でも笑顔で埋めてくるんだよ。くすくす笑いながら。
立花先輩がいないから、どうにか死なずにすんでるけど、
そろそろ胃がやばい。土井先生みたくなる。
「そういえばタカ丸さんにも追いかけられてなかった?」
雷蔵の問いかけに俺は静かになった。
「・・・・・・作法委員の攻撃で、精神も体もボロボロだと、
髪はいつも以上にボサボサらしくて、
タカ丸さんが鬼神ごときの迫力で手で髪を鷲掴みにしてくる。
綾部も怖いけど、タカ丸さんはまた別の怖さがある。
・・・・・・・・俺、丸坊主になるかもしれない」
ふっと哀愁深く呟くと、ぷっと息を引き出す音がした。
音の方向を見れば三郎が笑ってる。
「それは・・・それは、ふふふふ」
「笑っちゃ悪いよ。三郎」
「笑うのをこらえるのも同じだよ。雷蔵。もういっそう笑ってくれ」
俺の苦労話で爆笑している双忍、
いっぺん綾部の彼氏になって、
タカ丸さんに縦ロールにされればいいと思っている横で、
勘ちゃんが兵助の食べているものを見ていた。
「この頃兵助胡麻豆腐だね。どうしたの?」
「良さを正しく理解しようかなと思って」
「ふーん」
がさがさと森の奥を一人で捜索している。
空を見上げれば、灰色。雲行きがあやしい。
俺は眉間に皺を寄せて、はぁと重い溜息を吐いて呟く。
「なんだよ、本当に。
俺、伊作先輩みたく不運になったんじゃねーか?」
今日の生物委員はまたまた動物が脱走したせいで、
それを捕まえるのが仕事になった。
「はぁ、あと一匹なんだけどな」
後輩はすでに帰らせている。
後は毒蝶一匹。
俺の勘だとこのあたりなんだが。
「見つけた。冴子」
勘はあたったらしく、籠の中に毒蝶の冴子をいれ、ようやく終わったと伸びをし、
帰ろうと足を学園に戻した時だった。
「助けて、助けて!!」
子供の叫び声が聞こえたのは。
俺は声の方へ走った。
「どうした」
「おにーちゃん助けて」
見ると、1年くらいの子どもが助けを叫んでいる。
何にと思うが子どもが指さしている方向を見れば、
大きな熊。
「熊?なんで、こんなところに」
腰に抱きついている子どもは、腕に傷をおって震えている。
俺は子供の頭を優しく叩いて
「大丈夫だ」というと、クナイを手に握りしめた。
大きいけど、俺だって5年生。
熊くらい仕留められると、熊の動きを注意深くみて、距離をつめ、
手裏剣を熊の近くになげ、熊がそれに気をとられている隙に、
熊の首を狙ってクナイを振りかぶろうとした。
が。
ガインと鈍い音を立てて俺のクナイは地面にささる。
「なんで、あんたが」
俺のクナイをクナイで塞いで熊を助けたのは貧乳先輩だった。
俺が動揺している中、熊は貧乳先輩に爪を向ける。
「危ない!!」
と俺は言ったがいらぬお世話だったらしい。
熊の爪は先輩の届くことなく宙に止まってる。
「賢いな、お前。野生のほうが、どちらが強いかよく分かってる。
熊、ちょっとまっとけ、よっと」
俺は、もう一本あったクナイを胸元から出して、
どうにか貧乳先輩からの攻撃を受ける。
「な、なにしてんだよ」
「そいつを離せ。ボサ男」
そいつ?と、思う間もなく貧乳先輩に根負けした俺は
横に動かかされていて、貧乳先輩の腕には短刀が刺さっていた。
「ちっ」
貧乳先輩の舌打ちに、俺にさっきまで抱きついていた子どもが
醜悪な顔をしている。少年が貧乳先輩に短刀を刺したのだ。
貧乳先輩が俺を横に倒さなければ、俺の背中に刺さっていた。
俺の驚きなど二人には関係なく、少年は貧乳先輩に怒鳴った。
「糞野郎。なんで殺さないんだよ!!」
「黙れ。餓鬼。私は話も聞かないで殺しをする野蛮人、
お前の親玉みたいのではない」
含みのある笑みを貧乳先輩がすると、少年は貧乳先輩を睨みつけた。
「てめぇ、何をした」
「お前が実際、見てみればいい」
「言え」
「しつこいのは、嫌いだ。
さっさと消えないとお前の親玉みたく説明しなくちゃいけなくなる。
親方は分かってくれて、ここから撤退したよ。
さぁ、お前はどうする?いまなら、10秒ぐらいは見逃してやる」
貧乳先輩が殺気を溢れさせた。
ビリビリと頬に感じる殺気に、少年はさっきまでの強気な態度を崩して、
ひっと鳴き、腰を抜かした。
いーち、に、さーんと数え始めた貧乳先輩から
よたよたしながら命からがら逃げている。
じゅー。と遠くにいることが分かっているのに
律儀に数えた貧乳先輩に俺は説明を求めた。
「どういうことだ」
「ちょっとまて」
貧乳先輩は、貧乳先輩の言う事を聞いて待っていた熊のほうへ歩いていった。
貧乳先輩が言ったとおり賢い熊だ。
今、貧乳先輩は血を流している。
なのに熊は血の匂いに暴れることもなく、じっと貧乳先輩を見ていた。
「お前の子供は助けた」
熊は貧乳先輩の言葉がまるで分かっているかのように、首をあげた。
「そこにいるだろう」
貧乳先輩の指さした場所には小熊がいた。
小熊は熊をみつけると嬉しそうに鳴き始めた。
熊は小熊と貧乳先輩を交互にみているが、
貧乳先輩は手をひらひらと振る。
「さっさといけ。もう人の道具なんてされるんじゃないぞ」
熊は何回もこちらを振り返ったが、貧乳先輩は一回見て
さてと、と俺の方を向いた。
向きながら、刺さった短刀を抜くと、血が溢れた。
貧乳先輩は一瞬顔を歪めたが、それ以外の表情の変化がない。
怪我などしていないかのように貧乳先輩は俺の問いに答えた。
「あの餓鬼は、人身売買を得意とする山賊の一味だ。
お前のような馬鹿に目星をつけ、
何かに襲われているところを助けてもらい、
隙ができたところを仲間の男と気絶させる。
気づいたときには、奴隷か売春宿に売られるっていう算段だ。
怪我はあいつ自身でつけてる。攻撃してきたってことを示すためにな。
今回の襲い役は熊だったが、
あいつらは小熊を見世物小屋に売るつもりだったらしい。
それに親熊の怒りをかって、襲われていた。
だが、ここからがあいつらの悪賢いところだ。
それを利用して、熊を殺せる程度に強い奴を探し始めた。
捕まえた強い奴を薬で飼い慣らして、
自分たちの仲間にし、武力向上を目指してたらしい。
奴らはこともあろうが、忍術学園の生徒に目をつけた。
ボサ男、おかしいと思わないか。
ここは忍術学園の敷地に限りなく近い。
こんな場所に熊がいるか?
こんな場所に子どもがいるか?
答えは否だ。
そして、私はそいつらの討伐ってわけだ」
聞いて俺は自分の注意力散漫さに落ち込み
悔しがったが、それ以上に赤色が目に入る。
「その・・・傷大丈夫か?」
と、言えば、今気づきましたとばかりに貧乳先輩は自分の傷を見る。
「カスリ傷だ。舐めときゃなおる」
と、貧乳先輩は傷口をべろりとなめた。
貧乳先輩の唇が真っ赤になって、
俺は体にぞくりと電流みたいなものを感じたが、
違うと頭を振って、俺は胸元を探る。
「い、いや。深いから。待て、俺、綺麗な布持ってるから」
布をとり、先輩の傷を巻いている俺に先輩は。
「ふーん」
と、ようやくいつもの表情豊かな人を
小馬鹿にしたような貧乳先輩らしい顔をしていた。
ザーザーと雨が降る。
あのあと、まさかの集中豪雨。
確定、俺は不運になった。来年は保健委員長かもしれない。
洞窟の中で、貧乳先輩はぱちぱちと火をくべている。
雨にうたれた俺達は、上の服を脱いで、服を乾かしている。
服からは、ぽたぽたと音をたて、地面に模様を描いている。
上の服を脱いで、黒い服一枚だけの俺に、同じく上の服を脱いでいる先輩。
男女ドキドキのシュチュエーションだけど、
貧乳先輩はその名の通り貧乳なので、男同士な気がしてならない。
いや、今回のことで思ったが貧乳先輩は俺よりよっぽど男らしい。
広い洞窟で壁にぴったりくっついて、貧乳先輩から距離をとっている俺は、
貧乳先輩の姿を横目で確認していた。
貧乳先輩は黙っていると結構かわいい顔をして、
でも作法委員の仕打ちだとか、さっきのことだとかで
脳みそは混乱して、言ってはいけない言葉を口は出した。
「俺はあんたが嫌いだ」
なに言ってんだ。俺は!!と頭をぐしゃぐしゃにしたくなるほどの衝撃は。
「そうか。私は意外と好きだが」
の言葉で停止した。
「す、好き?」
もう一度確認すると、貧乳先輩と目があって、頷かれる。
「ああ、お前みたいにまっすぐに言ってくれるヤツの方が好ましい。
分かりやすいのは、いいことだ。
裏でぐちゃぐちゃされるのは面倒だし、
なによりお前は嫌いな奴の怪我を治してくれた。イイヤツだ」
「それは・・・・・・だって」
俺のせいだし。の声は小さくなって言葉にならない。
俺は、もう貧乳先輩の顔が見れなくて、
体育座りしている膝に少し顔をうずめた。
「・・・・・・・あ、あのさ」
「なんだ」
「その・・・・」
そのから言葉が続かない。
俺、本当に駄目だな。とじわりと涙が出そうになっていると、
貧乳先輩は思い出したと手をうち、後ろでゴソゴソしている。
どこにあったのか貧乳先輩の後ろに風呂敷が一個あった。
先輩はそこからなにか取り出し俺に渡した。
「ほれ」
「なにこれ」
「開けてみろ」
木ノ葉に包まれている包装紙をとると
中から茶色の物体が出てきた。
俺のその物体の名前を呟く。
「からあげ」
なんでこれを。と貧乳先輩をみると、苦笑しながら火をつついている。
「好物をとられることは凄く悲しいってことを理解してね。
コンは私のペットではないが、私のものだから、
お前のおかずを食べたのは私のせいだろう。
おまえの好物はからあげだと聞いた。
なに、おばちゃんのに負けず劣らず美味しいぞ。だからな」
あーと照れてから、隠すように笑う。
俺は涙を隠さずに、頭をさげた。
「う、お、俺・・・・・・・ご、ごめんなさい」
「何が?」
「食っちまったのも、俺が悪いのに、文句ばっかで、
怪我したのも俺のせいだし、嫌いとか、それなのにあんた」
貧乳先輩は泣いていることに気づいているだろうに、
気づかない振りをしてくれた。
「あんたが」
優しいから、俺は「嫌い」って言葉が変わってしまった。
貧乳先輩は、俺のとぎれとぎれのわけわからない言葉を聞いて、
なんてことないと笑う。俺は顔をあげて、貧乳先輩を見た。
「そんなこと気にするな。
私はお前がからあげを美味しく食べてくれればそれでいい」
口元をにっとあげ不敵に茶目っ気に笑う。
ああ、完敗だ。人としても男としても。
俺もついつられて笑う。
だって、この人はこんなに格好いい。
からあげは、雨にぬれてしけってしまっていたし、
冷えていたけど、今まで食べた中で一番美味しかった。
俺は濡れた髪をそのままに走る。
途中、タカ丸さんに髪をむしられそうになったけど、
今度トリートメント教えてください。と言ったら、ぽかんとした顔になっていた。
長屋でごろごろしているみんなの所まで行き叫ぶ。
「どうしよう。みんな!!!」
「あ、おかえりー」
「どうした?とうとうハゲたのか?10円はげか?
大丈夫だ。私、かつらをたくさん持ってる」
三郎にからかわれて遊ばれていることに気づいていたが、
そんなことなんちゃない。俺は叫ぶ。
「俺、フォーリングラブった!!嬉し恥ずかしのこのときめき!!」
「ああ、なるほど。やられたのは脳みそかご愁傷さま」
その後、三郎は見てしまった。
一緒に歩いていた竹谷が急に走り出し、なんだと思えば、
いっぺん止まって、髪をなおして、服をなおして、また走り出した。
貧乳先輩と声をかけ、目的の人物に手をふり、
目の前に止まると、いつもの竹谷はどこにいったのか
もじもじと頬を赤く染めて、言葉がなかなかでない。
「あ、あの」
「ああ、あの布ちゃんと洗って返すな」
「い、いや。あ、あげます。それより俺、いなり寿司作るんです。
そのた・・・・・・食べてくれますか?」
「ああ。嬉しい」
「そ、そうですか!!」
嬉しいの一言でこんなにも幸せになれるなんて、
あなたのことばは、魔法のこ・と・ば(ハート)
と背景に出るほどのピンク加減に、砂を吐きそうになった。
ともあれ、竹谷 八左ヱ門は乙女になった。
2011・6・9