音を持たない私にぶつかった人は言いました。
「痛い」と。
私も言いたかったんです。痛いって。
丁度、忍具を運んでいたときに、上から降ってきた彼女に私の体よりも
大きい箱を落とすことは出来なくて、
後ろに2・3歩ずれれば彼女の傷のない白魚のような手に傷が入りました。
痛いという声は大きかったのでしょうか。集まってくる人は多くて、私の知り合いだらけでした。
彼らが私を見る久しぶりの目は冷たくて、
ああ、私と彼らの幸せな6年間は全て終わったのでしょう。
私は声が喋れないから、読唇術が上手なのです。
「最悪だな」の彼の小さな音もない声が一番大きく聞こえました。
その通りです。私は頑張れば、彼女に傷一つつけないでいれる技術をもっていたんですから。
心の奥底で思っていた、傷つけばいいという本音が出てしまったようです。
私は彼らが彼女を宝物のように扱っている途中で逃げました。すべて放って逃げました。
言葉で傷つけた昔は、言葉で傷つけられることを恐れたから、
私にとって脅威は言葉以外の何者でもないのです。
もう、ここにはいれません。涙が飛んでいます。最高な速度が出ているでしょう。
片手が真っ赤になっていることなど、どうでもいいことなのです。
痛みなど、悲しみに比べれば乗り越えれます。
これが、罪ですか?神様。
もう一度やり直させたんじゃなくて、ここは地獄ですか?神様。
私が、人を傷つけることばかりしたから、言葉をなくさせて、言葉で追い込むのですね。
いいでしょう。その罪、地獄。味わいました。もう、いいです。結構です。
「どうしたんですか?先輩?」
そういって、怪我した手を握ってくれる優しい顔をした彼も
私をいつか追い詰めてもっと地獄に送るのでしょう。
分かっています。そんな魂胆。
優しいほどそれを裏切られたときどんなに苦しいか私は知っています。
だから、手を振りほどいて逃げるのです。
言葉をもっていれば、私はすぐに痛いと叫べたはずです。
「ごめんね?怪我って言ってもたいしたことじゃないよ?ほら、ほんのちょこっと切れただけ」
そう言って笑う彼女に僕は思いっきり殴ってやりたかった。
隣を見れば、僕のすぐ横にいて彼女の事実を知っている三郎が静かに怒気を発している。
ちょっとほんのちょっとの怪我だ。それこそ、
包丁で間違えて切ってしまったといわんばかりの怪我。
しかし、痛みに弱い彼女は大声で痛いと言った。
彼女にも怒りがわくがそれよりも、
あんなに近くにいればすぐに分かることなのに、現場にいた先輩達が気づいていないこと
に憤りしか感じない。あんなに大切にしていたのに、先輩の大怪我に気づかないで、
こんな女のちょっとした傷しか見えていなかった彼らに殺意すら沸く。
全てに絶望した彼女は、酷い顔で酷い傷できっと一人でいるはずだ。
それをさせないように守っていたのはあなた達で、僕達に権利はないと言うほどの
愛しっぷりだったのに、今では色に溺れて、傷つけている。
三郎も、思うところがあったのか六年生に喧嘩を売っている。殺気が半端ないよ、三郎。
そういっても、僕からの殺気も薄まらない。最悪だ。最低だ。なにが最上級生?
ああ、でも三郎が真実を告げる前に僕は三郎を止める。
言う価値ないよ。三郎。それよりも、もう彼らはいらないんじゃないかな。
彼らが彼女を要らないなら、僕らが彼女を愛せばいいんじゃないかな。
彼らのようなへまなどしない。彼らよりも彼女を得れる権利を貰っているのだ。
これはチャンスではないか?
そして、これからこの人たちは全て終わった後に真実を知るんだ。
だから、三郎。僕らは、こんなことをしてる場合じゃないんだ。
急がなくちゃ、昼ごはんはいらない。
手を繋いで、僕らは最強になれるからくのたまの部屋に入り込むことなんて簡単だよ。
どうして、どうしてここに来たんですか?
私は、ここが大切で幸せだったから、ようやく一人になって思い出せたんです。
私は言葉で幾千の人を傷つけてきました。
涙を流す姿に心にあったのは勝利の文字。
私は強かった。とても強いと思い込んでいました。
本当は弱いから言葉で武装していただけと知るのは言葉によって殺された頃。
情報の世界は、文字が全て嘘も真実も面白ければいいの。
私もそうだから、嘘か本当か曖昧なところが一番面白いのです。
書かれた人のことなぞ知らずお金を集めて、
美味しいもの、綺麗な服、色々な幸せを貪り食っていた日。
言葉によって追い詰められた人に私は言葉と攻撃によって死にました。
痛い、なんてなくて一瞬。それがいけなかったんです。
一瞬じゃなくてなぶり殺してくれれば、こんな世界で地獄を見ないですんだのに。
同じ顔が二つ。利き手だから綺麗に巻けていない包帯を無言で巻きつけてくれました。
こっちにくるなって物を投げても、すべてまわりに物がなくなったら終わりで、
言葉を持たない私はゴミクズ以下なので、何も言わない彼らに私はされるがまま。
惨め、哀れみ、同情の視線を投げるのは私の十八番だったけれど、
この世界に来て私を守る攻撃はとられてしまったので、受けるしかないのに。
なんで、そんな目で私を見るのですか?
なんて感情ですか?私はその感情を社会人になっても
持てなかったので、それがなにか分からないのです。
でも、この世界で彼らと彼で分かりつつはあったのです。
でも、もうおしまい。終わりです。崩れるのは一瞬なので、大切にしていたけれど、
私が我慢できなくて自分自身で壊しました。楽園は地獄に様変わり。
本当の私の罰はここからなのでしょう。
だから、あなたがたが何を私に望んでいるのか分かりませんけれど、
彼らが差し出した手をはじくことはもう億劫でした。
流されるまま、生きてみます。たとえ、進んだ先に地獄が待っていようとも。
なのに、どうして彼らは私が欲しかった言葉と私をみて微笑んでくれるのでしょうか?
地獄なのに、蜘蛛の糸のように感じてしまった私は、どうしようもなく阿呆なのでしょう。
縋るように二人の手を掴んでいました。
ああでももう、次は耐えれないから、次があれば私の本当の終わりを頼んでおきたいのです。
2009・12・1