言わば、守られている人だった。六年のお気に入りのくのたまと言えば先輩だった。
彼女はとても綺麗な字を書く人手とても穏やかな人だった。
先輩は、言葉を持たないかわりに表情と仕草ですべてを表す人だったから、
嘘がつけないとくのたまに向いてない人でも合ったけれど、彼らはそんな彼女を好ましく思っていたはずだ。
だからこそ、他の学年に渡さないとばかりに彼らは彼女を覆い隠していた。
特に懐いていた僕の先輩中在家もその一人であったけれど、これはどういうことだろうか。
きゃぁきゃぁと賑やかな図書室。
近頃噂の天女様は文字も読みも出来ないから教えているというけれど、うるさい。
「えーと、これはどういうこと?」「・・・・・・・・・・」「あ、そうなんだ。ありがとう長次くん」
天女様は図書委員であり長年いる僕らですら時々聞き取りにくくなる
中在家先輩の言葉をちゃんと理解してくれるというスキルをお持ちで、
中在家先輩はそれを嬉しそうに目を細めていた。
僕はその光景に背筋からぞっとくる嫌悪感しか抱かなかった。
違うでしょう?先輩。
その人じゃない。その人ではないでしょう?
あなたはその人に言葉を教える前に色々としなくてはいけないことがあるでしょう?
高く積みあがった本を一冊一冊入れている間に、先輩が僕の前にいた。
いつのまにいたんだろう。
先輩は、言葉を持たないからほとんど音という音がない人だから
六年生ですら気づかない。現に中在家先輩は気づいていない。
先輩は二人の姿に、顔を歪めて頭を思いっきり振り、僕に本を渡すのだ。
それは、前までなら中在家先輩にしていたこと。
「先輩」と声をかける前に、左右に頭を振って苦笑する。いいんだと言わんばかりに笑って、
また静かに消えていく。ああ、ああ。
僕は持っていた本を全て落としてそのまま追いかける。後ろに何か言われても振り返ることなく進む。
先輩。僕、悩んだんです。迷ったんです。すっごくすっごく。
いつもならもっとかかる時間を寝ないで考えて、三郎にも心配されたけれど、
それ以上に段々と人前に出なくなって、
見ることも出来なくなってきているあなたのほうが大切だから。
がっと掴んだ腕は初めて掴んだから、想像したよりも細くて、びっくりした。
先輩も驚いたように目を見開いてから、優しい顔でこてんと顔を傾ける。
涙が溢れそうになるのをぐっと堪える。悲しいのは僕じゃない。
とても綺麗な字を書く先輩。小さな体で、大きな中在家先輩の後ろに寄りかかり二人とも本を
読んでいて言葉なんてなくて今の世界を忘れるほどの穏やかな時間。
僕はその時間を愛していました。僕はそんな二人を愛していました。
愛していたんです。この行為は、二人の仲を完全修復不可能にする行為で、
僕の愛した時間はもう二度と見れやしない。でも、でも。
ぐっと握り締めた腕を引き寄せ胸元へ抱き寄せる。
修正不可能なほどの破れて埃で文字が見えない本廃棄処分決定!!
処分されるのがあなたなら僕は読者とファンとしてあなたを守る必要があるんです。
僕を握り返した手がとても弱弱しいからもうどうなってもいいや。
悪いのは、だれ?
こんなにも分かりやすい人をちゃんと手放すこともせず、
放っているだけの人たちではないだろうか?
2009・12・1