綺麗な蝶がひらりと舞ったのを横目で見た。
音もなく羽根をばさりとこれでもかというほどに開いて、
彼らを守っていた。綺麗な綺麗な黒揚羽。
ちょっと頬が怪我しているのは、任務だったのだろう。
ピンクの服が黒なのも、任務だったからだろう。
ふーふーと肩で息をしている小さな生き物は、
どこか懇願をしているような信じられないような目で私達を見ていた。
私達の獲物はすでに彼女の手によってこと切れている。
彼女は音を立てないから、こういった行動は得意であった。
私と彼女は繋がっている。音が少ないもの通し分かり合うことが出来る。
だから、彼女がなにを思っているか、声がなくても分かる。
私は、彼女が私と同じ気持ちであることを信じていた。
私は、確かに彼女を愛し恋し、ささやかながら平凡ながら陽だまりのような幸せが
永遠であると信じていたのだ。
だからこそ、後輩を痛めつめるなんて心が痛むこともやった。
彼女がただ私の背に寄りかかってくれていれば、良かったというのに。
仙蔵が、に何かを言う。彼は賢いが、賢いがゆえ信じない。
鋭いがゆえ、裏を読む。仙蔵が何かを叫んでいる。それは絶望に似た声であった。
彼女は、声を発せず、後ろのボロボロになった、私達がボロボロにした彼らを
必死に守るように手を広げて、その声に耐えていた。
「・・・・・・」
私の小さな声は、彼女はいつでもどこにいても拾い上げてくれたはずだ。
しかし、彼女は私達と一緒にいたときには見せないような強い眼差しで手を広げて
守っているだけで、私を聞かない。私を見ない。
なるほど。なるほど。なるほど。
確かに、これは私達の罪である。これが私達が、いいや私がした罪であろう。
声を無視して、他を聞く。存在を無視して、他を見る。
あの日私の背にいたのは、軽い存在ではなかった。ではなかった。
あの人とともに要ることは幸せであったけれど、楽しかったけれど、
長くはないことを知っていた。しかし、とは永遠だと、
そう思わせた平凡で日常であるからこそ、ときに消えゆくような思いであるからこそ
離してはいけなかったのに。
仙蔵の叫び声が小さくなる。
「」
顔を上げて私をみた彼女に、前のような信頼、愛情、友情、全て全てがなくて、
恐れているのに、それを受け入れる彼らへの愛情しか感じられなかったから、
私はを撫でる手を引っ込めたのだ。
ああ、お前は彼らに助けられたのだな。とても大切にしてもらっているのだな。
私達のように閉じこめて隠すだけじゃなくて、共に歩んでいるのだな。
あんなに外を怖がって自分を愛していたお前が
彼らを失うならば、自分を失っていいと思うほど彼らを思っているのだな。
幸せか?幸せだろう。私たちといるよりも彼らと一緒の方が幸せだろう?
分かっている。私は、彼女と声などなくても繋がっているのだから。
すまない。何を言ってもお前は私達を許さないか?いいや、怖いのだろう。
私の背で寝ることも本を読むことも日向ぼっこをすることも、
何も、何もかも。この6年であんなに幸せだったと思え出せること。
それは「天女」と呼ばれた少女と一緒にいたことよりも大きかったこと。
私達が悪いと分かっていて、もうが私達ではなく彼らを選んだこと。
全て分かっているのに、こんなにも離れがたいこと。
本の世界ならば、ページを戻せばいいだけ。
しかし、私達は人であるから変化していくということを知っていたのに。
悪いのは誰か?
他ならない私である。なぜならば、私とは声がなくても繋がっていたのに。
全てを無視して、彼女を傷つけたのである。
だから、これから一生味わうであろう胸の虚無感は私の罪である。
私は、いつ部屋に戻ったかは知らない。同室である小平太は部屋にいない。
机の上に置かれた本を捲れば、ある日の文字が目に入ってきた。
綺麗な文字と私の文字。
「おはよう」「こんにちわ」「今日はいい天気」「何かいいことあった?」
「今日のAランチ好きなものだった」「朝顔綺麗」「今度、一緒に遊ぼう」
「大好きだよ」
「幸せ」
「また、明日」
私が失ってしまった全てを抱いて、音もなく泣こう。
きっと、お前もこんな気持ちだったのかも知れない。と自嘲気味に笑いながら。
失ってしまってから、私がへ抱いてた感情が友情や愛情ではなく
恋慕であったことに気づくなど、なんて救われない。
2009・12・8