委員会とか、部活とかそういうのは、いつも不参加でした。
声がでない私に出来る仕事は限られてて、
むしろ、邪魔になるからやらなくていいって言われていました。
私が出来るのは、雷蔵と三郎を待つことか、
家に帰ってドラマを見るくらいでした。
今回も優しく言われたお荷物な話に、私は初めて拒否しました。

『図書委員になりたいんです』

書かれたスケッチブックの文字に、
担任の先生は一瞬驚いた顔をして眉毛を八の字にしました。

「図書委員っていってもなぁー。
コミニュケーションとか、のそれじゃあ不便だろう?」

そういって指さされた図書委員になりたいと書かれたスケッチブック。
先生が心配そうにこっちを見て、横目で誰か教師にヘルプを頼んでいます。
諦めて欲しいのは分かっているけれど、
私はきゅっと唇を一回軽く噛んでから、
顔をあげてスケッチブックを先生の顔に近づけました。
先生と目が合うこと、数秒。
先生は手を小さくあげて、降参のポーズをしました。

「負けた。負けたよ。。よーし、お前は図書委員だ。
そのかわり、ちゃんと最後までやれよ?」

先生は仕方がないと私の頭を撫でました。
これでも高校生ですけどと不貞腐れた気持ちよりも、
嬉しいが強くて笑顔で頷きます。
そんな私を見て、先生は苦笑しました。

「なんかは、簡単に騙されそうだな。
不破と鉢屋が、周りに睨みきかせてるのも分からんでもない」

先生が言っていることが分からなくて、頭を傾げました。

「・・・・まぁ、図書っていったら、中在家もいるしな。
あいつもしゃべれないと同じようなもんだし、どうにかなるだろう。
お、噂してれば、影。おーい、中在家」

先生に呼ばれて来た人は、私がどうしても
図書委員になりたかった理由の人でした。







沈黙を守る世界は、埃臭くてあまり好きじゃない。
と、三郎は言っていました。
でも、声がない私にはとても居心地がいいもので、
カーテンからさし込む光の暖かさに意識がよどんで
持っていた本がトンと軽い音を立てて、机の上に落ちたとき。



と、名前を呼ばれてはっとしました。
呼ばれた方向を見れば、高校生とは思えないほど大きな体で、
涼し気な切れ長の目をもっていて、
顔が大変整っている一つ上の先輩・中在家長次先輩。
大人っぽい顔立ちをしていて、あまり喋らないし、
ちょっと怖いほうに入る顔ですが、とても優しいのです。
ほら、今だって、眠ってしまいそうになった私に毛布を渡してくれます。
私は中在家先輩の前に座って、中在家先輩の姿を見ました。
中在家先輩は、私がこの学園に入学見学してたとき
一人迷子になってしまって時に喋れない私に、
同じようにノートに文字を書いてくれた人です。
そんなことしたのは、あとにも先にも中在家先輩くらいで、
とても新鮮で、とても嬉しかったのです。
声が喋れないっていうことは、面倒がられることや同情の視線が多いのです。
その二つでもない暖かさが中在家先輩には溢れていました。
だから、人見知りの私がすぐに懐いてしまったのです。
私は先輩の文字が好きです。
私は先輩のどしりとした木のような暖かい雰囲気が好きです。
ほんわかした気分で思っていましたら、

「ぎゃぁああああああああ」

と、外から絶叫が響きました。驚きましたが、
中在家先輩はぴくりとも動かさず本を捲っているだけでした。
私もここに来て何度か聞いていて、慣れてしまったのもありますが、
わざわざ窓から顔を出すほどには興味がなかったのです。
私は、ざわざわと騒がしくなった外に声に眠ることを諦めました。
それから、私たち二人の間に置かれているノートを見て、
横に置いてあったペンケースのなかから鉛筆を取り出しました。
シャーペンは、削る必要もないし消耗品でもないのですが、
早く文字を書かなければいけないときに、
カチカチと押さずにさっと取り出せる鉛筆のほうが便利なのです。

何を書こうか。と私は今日の記憶をひっぱる前に、
ほこりと暖かい温もりに気づいて、くすりと笑みが零してから文字を書きました。

『毛布ありがとうございます。今日はほこほこしてお昼寝日和ですね』
『そうだな』

すぐに返ってきた文字に、私の小さい丸い文字が踊ります。
中在家先輩のはとても綺麗な文字で、美しいのです。
先輩の大きくてゴツゴツした手から生み出されたとは思えないほどで、
最初はとても驚きました。
今は驚きません。
中在家先輩を知れば知るほど、文字と同じくらいの人だからです。

『体育の時間で、綺麗に前転が決まりました』
『良かったな』
『です。でも、三郎がからかっていたずらしてくるんです。
ちょっと運動神経がいいからって酷いですよね。
そしてら優しい雷蔵が慰めてくれて、三郎の鳩尾に一発いれて、
いい笑顔でなにか言ってました。雷蔵はとても強いです』

そう書くと少し間があきました。
どうしたんだろうと見上げる前に、中在家先輩は文字を書きました。
その間、私は先輩の伏せた顔をまじまじと見ることが出来ました。
まつ毛が長い。手が長い。髪がさらりと動くたびに揺れる。
伸ばしたらサラサラのストレートでしょう。
クセッ毛な私には羨ましい限りです。

は二人が好きか?』

ぱちくり。驚きの文字です。
この答えは二人と会った時から決まっているので、すぐに返せました。

『はい、好きです』
『そうか』

私は中在家先輩の言葉に返すことで精一杯だったので、
先輩の苦々しい顔を見ることがなくそのまま言葉を書きました。

『中在家先輩も好きです』
「・・・・・・そ」

そと、一言。中在家先輩の大きな言葉に顔をあげます。
中在家先輩はとても真剣な顔で、深い瞳で、飲み込まれそうで、
動くことも出来ず見続けていたら、
先輩の口がもぞりと動き、何か声にする前に、
ガラリと、図書室に似つかわしくない騒音が舞い込みました。


、どこにいるの?」
「あっちだ。雷蔵」

その声は聞き慣れています。
むしろ、毎日聞かないほうがおかしいほど傍にいる人達の声でした。
三郎が私を見つけると、ぎっと睨んできました。
なんなのでしょうか。
三郎の行動を批難する前に、三郎は私の腕を握りました。

「帰るぞ」
『・・・早いよ』

パクパクと読唇術が出来る彼らに訴えかけましたが、

「・・・今、何時だと思ってんだよ」
「じゃぁ、さようなら、中在家先輩」

私のちらかしていた道具をいつの間にか雷蔵は綺麗に片して、
私の荷物を持っています。
こうなれば、もう帰るしかないのです。
まだ、話したかったのにな。と後ろ髪をひかれる思いをしている私に
三郎は手を離さず睨みつけ、雷蔵が笑っているのに笑っていない目で促します。
はいはい。急ぎます。と立ち上がって、
中在家先輩にペコリと頭をさげて、二人のもとへ行こうとする私を。



中在家先輩の低い声がとめました。

「私もだ」

一瞬、どういう意味か分かりませんでしたが、すぐにさっきのノートの返しだと
気づいて、体から力が抜けて、頬がしまりない顔になりました。

「ぶさいく」

横で三郎が呟いたのですが、睨むだけにしときました。
今の私はとても幸せです。
人に好かれることが人見知りの私は少ないので、とても嬉しいのです。
懐いている人ならなおさらです。
ありがとうは恥ずかしいから、

『さようなら』

に混ぜました。
中在家先輩は私に魔法をかけてくれます。幸せな魔法です。
一緒にいるととても幸せになれるんです。
ほっこりと暖かいんです。
そんなことを思って歩いている私は二人の話なんて知りませんでした。




「雷蔵」
「分かってるよ。三郎。
になにかするなら最初は絶対この人だろうと思ってたからね。
大丈夫。図書委員は快く変わってもらったよ」







三人が出て行ったあと、キンコンカンコーンと鐘が鳴った。
「校内にいる生徒は直ちに下校してください」のアナウンスを
邪魔するほど元気な声が図書室に響く。

「長次!!さっきの見てたか?文次郎の顔。
私のスパイクを仙ちゃん蹴って、
それが頭にヒットしたいっさくんが留三郎のズボン下ろして・・・ってどうしたんだ?」

中在家長次は、七松小平太の話をまったく聞いていなかった。
いつもは半分聞いていたが、今日は全然聞いていなかった。
ノートに書かれている丸い可愛らしい文字を無骨な手が、
優しく愛しいそうに撫でた。
その様に、小平太は頭をかしげて、
ああ合点と手を打ってから太陽のように笑った。

「長次、凄い嬉しんだろう。なら、私も嬉しい!!」


物語は動き始めた。








2011・5・30