『はじめまして、こんにちわ』とスケッチブックに書いておいた文字。
『私は って呼んでください』
真っ赤になって全てのページを捲り終われば、
クラスのみんなから拍手があがりました。

大勢の人たちが、一所に集まって白いボートに書かれた名前を見ています。
私は、その中に入ろうとしましたけれど、小さな体は簡単にはじきだされてしまって、
両手と膝を地面につけていたら、黒い影。
にゅっと差し伸べられた二つの手。
一人は、柔らかく微笑み。一人はぶっきらぼうに。
同じ顔をして、全然違う雰囲気の彼らの手をとる前に、
さっさとしろとばかりに一人の手が伸ばされ、苦笑してもう一人が
私の体重を全て宙にあげる。一瞬体が地面から離れて浮遊感。
ストと軽やかな音を立てれば、
一人は優しく頭を撫でてくれて、目を細めていれば、
もう一人は、ピシっと綺麗な音を立てたデコピンをくれました。

「もう、三郎何してるの!」

が、のろいのが悪い」

うぅ、その通りです。学校が嬉しくてはしゃいで見てくるといったのは、私です。
だって、嬉しかったんです。
私は高校は二人と違う所だと思っていましたから。
私は、声が出ません。
声が出ない理由は、現代医学では解明できないらしいです。
つまるところ、治す方法はなし。
中学までは、二人と一緒だったけれど、
本当は、特別支援学校に入るべきだったのです。
声が出ない障害を持つ少女が、学校という巨大な共存の場所にいては、
面倒なことになると思ったけれど、私が考えすぎだったのでしょうか。
すんなりと学校側は大丈夫だと言ってくださって、
それなのに、掲示板を見てくることすら出来なくて、
じわりと涙が出てきそうになりましたが、と私を呼ぶ声が聞こえました。
見上げれば優しい雷蔵と、本当は優しい三郎が笑っていて。

、僕ら同じクラスだよ」

現金なものです。ないた鳥がもう笑うとはこのことです。
二人また一緒なことが嬉しくって、飛び跳ねれば、
いつも持っているスケッチブックが飛んでいきました。
うわ。と声がして、
あ、やっちゃった。と真っ青になって、飛んでいった方向に走れば
灰色のボサボサの髪の男に当たったようです。
すみませんとペコペコと頭を下げれば、
彼はポンと頭に手をやって犬猫のように撫でてくれました。
粗い撫で方ですけれど、そこから親愛の情が感じられて、
それにとてもお日様のように笑う少年だったので、私も同じように笑い返せば。

「相変わらずっすね。先輩。久しぶりっす」


彼は、一体何を言っているのでしょうか。
彼の容姿であれば、ちゃんと覚えているはずですけれど、
幼稚園も小学校も中学校も彼と会った記憶がなくて、
はじめましてなのに、久しぶりと言われても
誰かと勘違いしているみたいです。
でも、名前が一緒なんて凄い偶然です。
「違いますよ。勘違いされてます。人違いです」
と言いたくても、そういえばスケッチブックは、彼の手の中で、
途中で気づいて、口をパクパクさせるのをやめようとしたのだけど、

「人違い?そんなことないっす。どうみても先輩じゃないっすか」

彼は、雷蔵や三郎のように、私の口の動きだけで、言いたいことが分かったようで、
もっと笑って、撫で方がグレードアップしたので、ぐるぐると頭が回ります。
も、もうやめて。と言おうとした所で、後ろから三郎と雷蔵の声。

「ハチ!!」

「ああ、三郎と雷蔵、久しぶりだな。そうそう。先輩だぜ。先輩。
やっぱ、こういうのってあるんだな」

??
あ、あれれ。三郎も雷蔵も彼を知っているんですか。
じゃぁ、私が忘れてしまっているだけってこと?

「ハチ。ちょっと」

「?ああ。なんだ雷蔵怖い顔して」

三郎。酷いことしてしまいました。私彼のこと覚えてないんです。
と、音のない言葉で伝えれば、一瞬顔を歪めて彼は、


「ばーか。お前は今のままでいいんだよ」


と、言ったから私は三郎の裾を掴みました。















2010・1・9