次屋 三之助は、困っていた。

「どうして長屋が逃げるんだろう」

今日は体育委員会もありフラフラで、風呂に入ったまでは良かった。
すっきり爽やかで、後は寝るだけだったはずなのに。

「ネムイ」

もう、体力の限界なのだ。どこか分からないが、適当に襖を開けて寝てしまおう。
そうしようと開ければ、

「・・・・・・・」

「・・・・・・・・夜這い?」

「すいません、間違えました」

間違えて、女性の部屋の襖を開けてしまったようだ。いつ、くのたまの長屋が紛れ込んできたのか。
頭を捻った。助かったのは、まだ着替える前だったようで忍服だったところだろうか。
うん?紫だったな、ということはあの女性みたいな人は男なんだろうか。さすが、アイドル学年とうんうん
頷きながら、三之助は歩みを進めた。
そして、かれこれ、三度目の訪問。相手の顔はもはや呆れ顔だ。

「・・・・・・・・」

「・・・えーとどうやら、あなたの部屋が俺のこと付けてるようで」

「もしかして、迷子?」

「いいえ、長屋が迷子です」

「・・・君三年だよね、連れてってあげるから付いてきて」

すいませんの言葉よりも助かったの言葉のほうが強くて、
自分の名前が書いてある長屋につくとありがとうございます。おやすみなさいと言ってそのまま寝た。

三年と四年の仲はあまり宜しくない。俺はといえば、別段嫌いでも好きでもないのだが、
その前に会ったことがあるのが、委員会の先輩である滝夜叉丸先輩、
左門の委員会関係で田村先輩に。穴で落ちたときに現れた綾部先輩、
髪の色について聞かれた斉藤先輩ぐらいだ。アイドル学年たる所以の先輩ばかりに会っているが、
一名除いて被害を受けたことはない。しかも、穴に落ちた後に滝夜叉丸先輩が
無理やり綾部先輩に謝らせていた。ちなみに、綾部先輩は謝れと諭す滝夜叉丸先輩に、
無表情な顔で膨れて「だいしーっぱい」と一言行って帰っていったのが、未だによく分からない。
そんなことはどうでもいい、つまり彼らに実害はないのだ。
しかし、 と言うくのたまにより話は変わった。
くのたま=怖い、何か企んでいるの方程式が出来上がってしまっている三年にとって、
彼女は忌むべき恐るべき存在なのだ。しかも、くのたまでは一番の成績らしい。
野生の獣よりも鋭い眼光に隙を見せれば噛み付かれる目はあわせるな口は聞くなが
我ら三年の沈黙の掟になっていた。

「こんにちわ」

「・・・・・・こんにちわ」

今、起きていることといえば、またまた長屋が迷子になり、
この先輩が導くかのように俺の前に立っている。
いや、立っていると言うのは違う。正確には。

「ここに来るとは思わなかった」

「オレもまさかここに落ちているとは思いませんでした」

綾部先輩作と思える穴のなかに座っているだ。その上に俺が乗っている状態。
先輩はハハハと乾いた笑いをしながら俺を上から押し上げた。
穴はそんなに深くなくて二人入れば一人が出れるくらいの穴だった。
それで、終わりなはずなのに。

「君はなんだろう、磁石のようだね」

「・・・ほんとそうっすね」

これは、裏裏山で皆が迷子になったときのことだ。俺はまたしても先輩に出会った。
真っ暗な暗闇の中自主訓練をしていたらしい。
先輩は、あきれを通り越して感心していた。

「私がいくら隠れても君には見つかってしまう気がするよ」

「違いますよ。先輩が俺の前に現れるんですよ」

「ハハハハハ、お、見てみなよ。星が綺麗だね」

「あ、本当だ」

「鳥は巣をつくってまた帰ってくるだろう。なんで帰ってこれるか知ってる?」

「さぁ?」

「あの星、北極星っていうんだけどね、渡り鳥はあれを目印にして帰ってるんだって、
だから君も何か目印を覚えとくといいよ」

「俺は迷子じゃないですよ」

「・・・・・・ああ、そうだった」

「それに、北極星がなくても、俺には先輩がいるじゃないですか」

「・・・・・・君って天然たらしってよく言われない?」

「みたらしは好きです」

「うん、いいや」

そうこうして、俺は先輩と手を(先輩が暗闇が怖いためと言っていた)繋いで帰った。
お腹がすいたのでそのまま食堂へ行くと、俺と先輩の間に鋤が飛んできた。

「だいしーっぱい」

「うん、綾部君。食堂で人の命狙わないでくれる?
ってか、なんでいるの。さっきご飯食べてたでしょう?」

「目腐っているの?私じゃなくて滝が食べていたんだよ」

注文した膳を成り行きに隣で頂けば、目の綾部先輩から凄い眼力で睨まれている。

「ねぇ、綾部君。私のおかずをぐちゃぐちゃにするのやめてよ。ってか、綾部君食べたよね?
食べたでしょう?もう部屋に帰って、平君と遊んでてよ」

ぐちゃぐちゃにされた食事をものすごく嫌そうな顔で、食べている先輩があまりにあれなので、
卵焼き一個上げると、ものすごい笑顔になり素早く口に入れた。
その瞬間、綾部先輩の殺気も強くなった気がするが、先輩は気にしていないようだ。
居心地があまりよくない食事をすませて、先輩は思い出したかのようにこちらを振り向いた。

「ああ、そういえば名前聞いてなかったね。私は、四年ろ組  だよ」

名前を聞いて驚くよりも、あれ、先輩女なんっすか?と口にしてしまった。
ちなみに、その後三年の特に俺の部屋の前の穴が増えた。





2009・10・5