「だいせーこう」

上から降って来た淡々とした声にイラリとした。
こんなことするのは一人しかいないから声を聞くまでもない。
決意を決めて進もうとするのに、なんで彼は邪魔するのだろうか。
ひょっこと穴の上から覗き込まれている。
新調した黄色の服は汚れてしまった。
悔しい悔しい!!
なんで彼がこんなことするのかという疑問は、
最初から初めまで、嫌いという感情しかない。
嫌がらせだ。最後まで人の嫌がることをする。
ぎりっと土を握りしめた。爪の中に土が入った感覚がする。
駄目だ。最後まで彼のペースに飲まれては、
それに、嫌な思い出を最後に終わらせたくない。
・・・荷物はどこだろう。
ここにはないから上にあるんだろう。
荷物の中には壊れやすいものが多いから、壊れていないか心配だ。
そうやって、クールダウンをした私は、息を大きく一回吐いて、上を見た。
灰色のゆるやかな髪が重力にそって、垂れてきている。
大きな薄紫色の瞳が私をとらえていた。

「――――私は、・・・私は、綾部くんのこと、嫌いではなかったよ」

そういえば、一瞬目が大きく見開かされたような気がしたけど、
彼の目は最初から大きいから分からない。
無表情と、言ってしまっていいだろう表情に、
自分の中にあった大きな緊張が解かれた。最初から最後まで嫌いだと
言い続けた彼に酷な言葉だったろう。
なにせ嫌いな相手に好きだと同異義語を言われたのだから。
でも、これは私の本当の気持ちでここで言って終わらせとかなくては、
前へ進むのに邪魔になる。
決意が決まっても、それとこれとは別物だから、
最初は怒りが湧いたけど、最後に彼に出会えて良かった。
苦しかったけど、悲しかったけど、むかついたけれど、
色々の負の感情の方が長かった気がするけど、

―――――綾部喜八郎に会えて良かった。

上をあげつづけると首も痛いし、そろそろ時間だ。

「じゃぁ、私は、行くよ。そこどいて」

「駄目」

「駄目も何も、私の行動を綾部くんが決める権利はないよ。
行かないと、利吉さんが待っている」

その言葉に、一瞬、綾部くんの体が震えた気がした。
外は寒いのだろうか。だったら、なお彼を一人待たせるのは悪い。
それに、早くしないと置いて行かれてしまうかも知れない。
胸元のクナイをとって、土の壁に刺せば、「ねぇ」と尋ねられる。

「この穴で死んでよ」

「はぁ?」

「この穴で死んで」

「・・・・・・嫌だ」

「なんで?」

こちらが、なんでだ。
はいと肯定を言うと、本当に思っているのだろうか。
それは違う死にたがり屋に言って欲しい。
私はまだ生きたいし、上から砂をかけられて生き埋めなんて苦しいし嫌だ。
それに、これからの新しい未来が私に手を差し延べている。
ここにきての異常な発言に、ぐるぐると思考が巡っていれば、
上からざっと土を掘る音がして、最悪なシナリオが出来上がる。
私は行く前に彼に殺される。
だから、叫んだ。

「な、なんではこっちよ。
綾部くんは私がいなくなればいいんでしょう?私が嫌いなんでしょう?
だから、その通り私はいなくなるってのに、なんでこんなことするの?
私を殺したいほど嫌い?
いなくなるんだからいいじゃない。もう放っておいてよ。もう関わらないで。
さっきのやっぱり撤回。綾部くんなんて大大大嫌い!!!」

一気に言った言葉に、涙が出る。
やっぱり最後まで綺麗に終わらしてくれない。
綾部喜八郎、なんて嫌な奴だろう。
嫌いにもならしてくれないし、
殺そうとするし、
なにがしたいのかてんで分からないし、

「私も嫌い」

と、本当にそればっかだ。もう傷つきもしない。
それよりも、土を掘ることを止めたのが、最後の大大大嫌いだったとしたら、
殺そうとした理由が、嫌いじゃないの言葉なんだろうってころ。
本当にどんだけだって、へこむ自分が悲しい。
ともあれ、彼が埋めるのを止めてくれた今がチャンスだ。
埋められる前に、上へあがろうとクナイを土壁に刺し、登れば、
上から雨が降って来た。頭に感じた水に上を見上げれば、空が見えない。
綾部くんがそこにいたから。彼とばっちし目があった。

――――なんで?

「小春さんは」

綾部くんは言葉を繋げた。

「小春さんは話しかければ、私を見てくれる。
あなたは私を見ない。
小春さんは傍にいて欲しかったらいてくれる。
あなたは大勢の人に囲まれてどこかへいちゃう。
どこかへ行かなくするには、穴に落とすしかない。
誰かのものにさせなくするには、穴に落とすしかない。
私はあなたが嫌い。でも、あなたは私を嫌いになっちゃ駄目」

上から降ってきた水は、綾部くんの涙で、
彼の大きな目では馬鹿面さらして驚いている私が写っている。

なにそれ?なにそれ、なにそれ、なにそれ?
なんなんだよ。それは!!
混乱した脳みそはあるありえない答えにたどり着き、
そのまま口を開かせ、音をだたせた。

「・・・綾部くん、もしかしてなのだけれども、私のことが好きなの?」

「最初からそう言っているでしょう」

いいえ、最初っからあなたは嫌いしか言ってません。
初めて聞いたよ、それ。脳みそはまだまだ混乱状態。
それなら小春さんはどうしたとか、言葉を一年から学び直せとか
これまでなんだったんだろうとか、色々な思いが巡って、
なんだかがっくりきてしまって、クナイから片手が離れた。
結構のところまで登ってしまった私は、
ここから落ちればただじゃぁすまないことは分かっている。

「手を取って、お願い」

その手を取ったら、もう二度と違う人との道が歩めないことが直感した。
利吉さんのところへ行かせなくさせるためこの穴に閉じ込めるほどの感情なのだ。
そして、嫌いが好きなら、
私は大分彼の愛の告白を毎度毎度受けていたわけで、
恥ずかしいような、なんか違うような気がしなくはないけれど、
どちらにせよ、結構な人物に惚れていたようだ。
そういえば彼が作法委員で、優秀ない組だと思い出した。
私を言葉で混乱させ、手を掴めば彼のもの。
手を掴まないと怪我する。
その後、穴の中で利吉さんがいなくなるまでここにいることになるだろう。
どちらにせよ、行かせない。
つまりこの選択は一選択しかない。
なんてことだ。思考が冷静になった。
お願いが命令だとは!!
じっとこちらを見てくる綾部くんに、手をバンザーイしたい気になった。
その意味は、綾部式で

お前の手なんてとるか大嫌いではなく、
降参です。大嫌い。

手を繋げば、些細なことはどうでもよくなった。

「行かせないから」

そういって私を抱きしめる綾部くんに、

「・・・・・・だったら、本当の言葉を頂戴?」

私は見つけた。
愛しいと思う人を、それと同時に嫌いだと思う人も見つけた。

きらいきらいそうして最後も「だいきらい」で、
ここで彼式で行けば、
すきすきそうして最後は


「だいすき」








2010・11・3
【完】