「お前も、そろそろ身を、固めてみたらどうだ?」

と、知り合いの子供の話から、
言われた父の言葉に、ようやく返すことが出来る。

「ええ、そろそろそのつもりです」

そういえば、私がいつものように流すとばかりに思っていた父は、目を見開いた。
しかし、ここからが年季が違う。
父はすぐ顔を変えて、穏やかな顔をして、

「ようやく、伝えるのか?」

なんて、聞いてくる。
これだから、私はまだ、ひよっこで、父の足元にも及ばない。
私の思いは、バレバレだったようだよ。
言うのに、結構力を入れて、時間もかかったんだけど、
なんだか、君以外の人物に全員バレているような気がするよ。

に会いに行く途中には、大きな水たまり。
そこを横切れば、自分の髪をくくる深みがかった藍の色の髪留め。
彼女が顔を真っ赤にして、これが似あう。と、言って渡してくれたもの。
よく見なくても、に渡した私のとお揃いの色だ。
見る度に、顔がニヤケてしょうがない。


綺麗な花は、好きだろうか?
は、ちょっと変わっているから、ガラクタの方が喜ぶかも知れない。
だから、前、が聞いたものを作ってみた。
気に入ってくれればいいなぁ。なんてそれを見ながら、やっぱり頬がしまらない。






久しぶりに、小春さんと面と向かって会っている気がする。
部屋の中で、女の子トーク。
私、女の子の友達なんて、いないに近しいから、楽しい。
今は、野郎の中で、授業受けているし、
やっぱり、女の子は花があっていいなぁ。と、
思いながらも、女友達が、少ない事実に、涙が出そうになる。
そういえば、私、前世でも女友達、あの子しかいなかった。
輪廻は巡るとか?
いやいやいや、そんな部分巡らなくてもいい。

「ど、どうしたの?」

急に、頭を抱え込んだ私を、心配そうに覗き込む、小春さん。
何を馬鹿なことを思っているんだ、自分は。
友情は、数じゃない。だって、前の私も、あの子をちゃんと好きだった。
そして、今の私も、ちゃんと小春さんが好きだ。
その思いを、否定して、大勢の人に囲まれたいなんて、馬鹿げてる。

「なんでもないですよ」

と、笑って、顔をあげれば、
小春さんの身につけている、今まで見たこともない色が、目に止まった。

「あれ?その髪留めどうしたんですか?」

なんて、聞けば、小春さんの顔を見て、分かった。
あ、聞かなきゃ良かった。

「綺麗でしょう?喜八郎くんがくれたんだ」

花が、ほころび、嗅ぐわかし匂いを放ち、色彩を彩る。
言うならば、そんな笑顔だった。
少しばかり、目に痛く、手をぎゅっと握って、開いた。

「そうだね。綺麗だね。良かったですね。小春さん」

「うん。ちゃんも、あの人と付き合えば、四人でデートとか出来るよね?
楽しみだな」

「うん」

言葉は、川の流れのように出てきた。
内容は、スカスカで、きっと魚はすめそうにない。
じゃぁ、私行かなくちゃ。と立ち上がって、またね。までの間。
私は、彼女の髪を彩る、空色の髪紐を見つめていた。

『とても・・・とても、綺麗だけど、似合ってないわ』

なんて、そんな言葉が出てきて、そんなことを思う自分に驚いて、
慌てて、飲み込んだ。
おかしいな。
私、綾部くん、嫌いで、大嫌いになったのに。
好きだった記憶は。薄れていったはずなのに。
なんで、急にぶりかえすんだろう?
仲がいいのは、二人一緒にいる姿で分かっていたはずなのに。
贈り物なんて当たり前でしょう?
二人は、恋人同士。
でも、付き合っていると、言った後からの付き合っている事実を、
目の前に押し付けられたりしなかったから、私の感覚は、麻痺していたんだろう。

本当は、
私のことは、大嫌いなのに、
彼女のことは、大好きなことが、悔しくて仕方がなかった。
どうしようもないことなのに、悔しかった。
私、一度でいいから、小春さんになってみたい、そうしたら。
そうしたら?





私の名前を呼ぶ声に振り返る。




は、伏せいでいた。
理由は、隠れて見ていたから分かる。
名前を呼べば、私を見て、泣きそうな顔をしてから、また下を見た。

彼女の三つ編みが、少しだけ乱れていて、それに触れたかった。
だけど、私ができたことは、が泣きそうな顔をなおして、
なんでもない顔をして、私を見るまでの間、感情の波に襲われ続けていた。
どうしようもないほどの締めつけ感に、苦しく感じる。
私たちの距離は、短くなったようで、実は捻れているだけで、
まだまだ長いのかも知れない。
花は、彼女の来る前に、茂みに落としてきた。

「そんな怖い顔をして、どうかしましたか?」

私は、なんでもないよ。それよりも。と、まったく自分がしたかったことと、
別のことをしなければ、いけない。
そうすれば、は笑うだろう。
は、困らないだろう。
は、
は、忘れてくれるかも知れないだろう?

だけど、言葉がでない。
握りこぶしをぎゅっと握るだけ。

何度、こんなことを続ければ、彼女が手に入るんだ?
彼女が忘れるまでって、いつまでだ?
なんで、彼女は、彼なんかを好きなんだ?
なんで、彼女は。

駄目だ。感情がコントロール出来ずに、黙っていたら、
が近づいてきた。心配そうな顔。
でも、今は、逆効果。君は、逃げるべきだった。

私は、近づいてきた彼女の腕をつかみ、強く引っ張る。
そして、そのまま胸の中に閉じ込めた。

「好きだ。。愛している。だから、私だけを見て」

涙が出そうだ。
自分が、何年も思い描いていた愛の言葉は、
何度も練習した愛の言葉は、
とても酷いもので、余裕なんてなかった。
いくら人を殺しても、囲まれて死ぬかも知れなかったときでも、
震えなかった手が、震えている。

彼女の、瞳を覗き込めば、ひどい顔の自分と、揺れている彼女の瞳。
まだ、兄の言葉だと思っているんだろうか?
まだ、愛の言葉だと信じてくれないんだろうか?
言葉で届かないなら、と。
私は、欲望の望むまま、体を動かした。


彼女の柔らかな唇を、貪るように、食い尽くした。
これで、もう戻れない。
だけど、それ以上に、どうしようもないほど愛していた。










2010・4・28