桜を好きだと、いつも、うるさい滝が微笑んだ。
うるさいのが、黙って、彼を綺麗に彩るから、私は桜を好きになった。
ピンク色がちらつく。
ひらひらと、舞う姿に、誰がが言った。
地面に落ちる前に、捕まえれば願い事が叶うよと。
流れ星に、三回祈るのと同じぐらい、難しいことだから、
私は、穴の中。桜を捕まえるのを止めた。
第一接触、彼女は、善法寺先輩の不運を、違う言葉で飾っていた。
今は、もういない卒業してしまった先輩と手を繋いで、助けることなんてしない。
不思議な人達と、遠くから見ていて思った。
そして、二度と出会うこともないし、
出会ったとしても彼女らを、忘れてしまうと思っていたのに。
穴の中では、外の喜怒哀楽の誰かの声も、失って、無。
自分一人の空間に、浸って、自己の殻にこもる。
その中で、固執したのは、穴は穴で、罠は罠だった。
穴は、芸術。罠は、技術。だけど、誰も理解しない。
滝でさえ、仙蔵先輩でさえ、なんでそれらが、
一緒じゃいけないか、私でさえ、分からないものを説明出来ないのだから、
彼らが理解してくれるわけもない。
分かっている。だけど。
穴の中、空を仰ぎみる。
学園に来て、二回目の桜は、チラチラと、何も変わることなく、
皆平等にふりかかってくる。
空の青に、桜の薄いピンク色が、映えた。
「わぁぁぁ!!!」
誰かの間抜けな声がすごい近くで聞こえた。
桜の花弁に手を伸ばそうとして、顔を半分出してしまったのが、いけない。
聞こえただけでなくて、目に届く範囲で、私の作った穴に誰かが落ちた。
「、大丈夫?」
横に見えたのは、ピンク色。誰か思い出せないけど、見たことがある気がした。
「おのれ、忍たまめ、競争区域以外に、穴を掘るなんて、
鉄のサビにしてあげましょうか?フフフフ」
・・・・・・私は、半分出した頭を引っ込めようとした。
だけれど、
「譲葉先輩」
少女の高い声が聞こえた。
皆のように、恨み言を言うのだろうと、分かっているのに、
彼女が何を言うのか興味があった。
さっきより、少し頭を隠して、彼女の言葉に、聞き耳を立てた。
「見てください。ここから見ると、いつもと違って見えます。
凄いですね。こんなふうに、世界が見れるなんて」
少女は、うっとりと悦に入っていた。
そんな彼女に、彼女の先輩は、すっとクナイを懐にしまって、
「そうね。そう言えるあなたを、愛しいと思うけれど、
そこにいると冷えるし、なによりも、同じ目線じゃないから、悲しいわ」
そういえば、凄い凄いという楽しそうな声を、しまって、少女の先輩の手をとって、
穴から出てきた。彼女の服はピンク色に、土の色が混じっている。
昨日は、雨だったから、泥だらけだ。
完全に、洗濯しなければいけない服に、満面の笑みの少女。
それから、二人手を繋いで、こちらに背中を向けて帰っていった。
その時、何か、コツリと動いた気がしたけれど、
穴の中の小さな石が上から下へ落ちたのだと、思っていた。
あくる日、私は鋤を片手に歩いていた。
珍しく、穴を掘らずに歩いていると、あの場所に、彼女はいた。
穴の中に、うずくまって、上を見ていた。
目的があったから、歩いていたのに、私は歩くのを止めて、彼女を見た。
彼女はやっぱり、あの日と同じように笑っていた。
そこから、私は目的がなくても、そこを通って歩くことにした。
ピンク色の服はいつも汚れて、私とお揃い。
だけど、どこか楽しそうな少女と無表情の私は、まったく別物。
にゅっと片手で自分の顔を、引っ張ってみたけど、
楽しくないから笑えるわけもない。
そんな日常な日々は、簡単に崩れた。
用具委員が、穴を埋めた。埋めて埋めて埋めまくった。
そうして、彼女がいつも入っていた穴も埋められた。
そこを通りかかると、彼女は、その場所で下を向いていた。
じっと、地面を睨むわけでもなく、見つめ続けていた。
少女の顔は無表情、私とお揃い。
地上にでて、ようやくお揃いになれた。
だけど、それが嬉しいわけでもない。
複雑怪奇な感情に、保健委員を意味もなく落としてみた。
土の上には、白いトイレットペーパーが、一杯散った。
「幸せをばらまいている優しい人」なるほど、
幸せをばらまいているかどうかは、置いておいて白と、
茶色の組み合わせも、悪くない。
用事は済んだから、私は次の穴を掘る場所へと向かうと、
遠くから、「伊作!!大丈夫か」と叫ぶ用具委員の声が聞こえて、気が晴れた。
一体、なんで気が晴れなかったのか分からないけど。
日常とは恐ろしいもので、習慣とされた行動を、ついしてしまうものだ。
穴のあった場所へ行っても、もう彼女はいないというのに。
しかし、私がそこへ行くと、彼女は膝を抱えて、上を見ていた。
それから、立ち上がり、よしっと言って、背中を向けた。
私は彼女がいなくなった後、彼女のいる場所に穴を掘った。
それは、いつもの倍以上丁寧に念入りに、穴を掘った。
私は、穴を掘ったならきちんと名前をつける。
しかし、それだけは名前をつけなかった。
なぜなら、その穴は私のではないからだ。
その穴は、彼女のだった。
それから、何回か訪れない日々が続き、彼女を、次に見かけたのは、
身長が少し伸びて、髪も伸びていた。
隣に少女の先輩は、空いている穴を指さして、彼女に微笑んだ。
「。穴が、復活しているわ」
私は、彼女があの時と同じように笑うものだと思っていた。
しかし。
「違う」
「違う?」
「先輩、行きましょう。同じは、あり得ないんですから」
背中を向けて去っていく彼女を、追いかける彼女の先輩が、
私をちらりと見て、苦笑し、口パクで、ごめんね?と私に言った。
それから、彼女は二度と、その場所に現れることはなかった。
同じは、あり得ない。彼女の言った言葉の意味が分からなくて、
最高傑作な穴に、落ちてみた。
そこから見える景色は、丸くて、青くて、
違って見える。
何と違って見えるのか。
地上と地下しか知らないから、私は二個しか知らないから、
彼女が喜んだ世界が、分からない。
今、私は彼女と同じ世界が見えているのだろうか?
桜と同じ色した彼女。
捕まえることは、願い事が叶うくらい難しい。
だけど、捕まえられたなら、願い事なんて。
なんで彼女を気になるのか、それは皆と違う反応をしたから、
珍しいからそうじゃなければ、なんて言うか、私は知らない。
2010・4・5