に渡せなかった結紐を小春さんにあげてからというもの、
喜八郎の元気はすこぶるなくなった。

そして私の手は彼の横の小春さんに掴まれている。
周りを見たけれど、みんな沈黙を守る傍観者で、
助け舟を出してくれるものはいない。
いいや、もう遅かったんだ。
まだ、私は間に合うと思っていた。きしんだ歯車は直せると信じていた。
喜八郎も、も、小春さんも、
みんながみんな幸せになると楽天的なことを思っていた。
だけど、実際はどうだ?
喜八郎は、自分の感情にせめぎあい、感情の海のなかに沈んでいる。
小春さんは、幸せになるといいながら、を恨んでいる。
目が如実に語るのに、彼女は知らない振りをしている。
は、前を進んで、利吉さんと手を取り始めた。

ナニが悪い?誰のせいでもなく、誰もが悪い。

「喜八郎」

「・・・・・・なに?」

「なんで、が嫌いなんだ」

もう、何もできないのなら、お前の中の真実を私だけが知っておこうと思ったんだ。





世界は、いつでも直線かまん丸で、空か土かの二種類。
食べ物か、食べ物じゃないか。眠いか眠くないか。
人か人じゃないか。強いか弱いか。生きているか死んでいるか。
物事は、なんでも二つに別けられた。

好き、興味がない。その二種類で。

今日も、ザクザクと土を掘れば、
滝が現れて私にガミガミ怒鳴った。

「また、先輩にしかられてしまった。
なぜか、私がだ。
この美しく天才秀才で見目麗しく実力も兼ね揃えた私の友であるお前の
その技が、素晴らしいのはよくわかったから、
もう少し、控えることができないのか」

滝は、好きだけど、ときどき、うるさいと思う。
うるさいのと静かの。
静かの時の方が長いから、そういうのもあってもいいかなっと
思いながら、ザクザクと土を掘る。

「おい、聞いているのか!!」

聞いてる聞いてるだけど、今は穴を掘っているから、
それと。

「そこに、たーこちゃん43号が・・・・・・・あーあ」

「あーあ、じゃない。なんで早く言わない」

「言ったよ。だけど、それより早く滝が動いたんだよ」

穴の中に落ちた滝は、もっとうるさくなって、上から土をかけたら
静かになるかなっと思って、覗き込んだら。
ピタリとやんで。すぐに穴から出てしまった。ざーんねん。

「いいか。喜八郎。あまり穴を掘るなよ」

と、振り向き際に一言言って滝はどこかへ言った。
ザクザクと穴を掘り終わりなかなか満足したから、
長屋へ帰る前に、一本の木の近くに寄る。

ざざっと、その場所を確認して、
今日もこの場所に人が訪れなかったことを知って、そこに座った。
ここから見えるのは、やっぱり空と土で、どことでも同じ。

「なんで」

なんで、なんであの子はこんな場所を特別だなんて言ったんだろう。
頭をかしげてぼうっとしていたら、あの日を思い出した。


私はまだ幼く、あの子もまだ幼い。
私は、一年生の忍服で、あの子はくのたまの忍服だった。
一年の時から穴を掘ることが好きだった私は、
芸術という言葉を知らずにただ穴を掘り続けていた。
掘って掘って掘って、それが人から嫌われ行動だということも
どうでもよく、ただ同じ長屋だからと言ってなんで私がと滝が
やっぱり今と同じようなことをグチグチ言っていた気がする。
一年と二年の確執なんてどうでも良かったんだけど、
今はもういない一個上の先輩には質の悪い奴らがいて、
私の行動が気に食わなかったようで、
私の容姿をからかったり、殴られたり、時には滝にまで被害が及んだりしていた。
それが、嫌で、穴を掘る以外のことで、穴を利用した。
助けてくれたのは、仙蔵先輩で、私の初めての罠を見て、
彼は満足げに、

「見事な出来だぞ。よくやった」

と頭を撫でてくれたけど、穴の中でうごめく彼らは滑稽で、爽快だったけど
私の穴が穴という存在だけでなく、罠という存在に変わってしまったことに
どこかむずがゆい気持ちを抱いていた。
二年に罠を仕掛け、その上に、無表情で、土をかけた一年、穴掘り小僧。
として名が知られた私を迫害するものはいないし、
むしろ、どこか同級生に尊敬の目で見られたとしても、
私の世界はやっぱり二つ。
好きか無関心。
穴を掘っていた。がむしゃらに、罠ではなく穴を掘っていた。
掘れば掘るほど何かが分かるような気がして、
すごいな。よくやったな。と知らない誰かに言われるたびに、
おこるむずがゆさを封じようとして。

「うわーぁ」

・・・・・・今日もそうして保健委員が穴に落ちると。

穴の周りには白いトイレットペーパー。
あそこにはちゃんと印を付けていたはずだ。
なのにどうして彼らはわざわざ自分から落ちていくんだろう?
?と頭をかしげて近づこうとすれば、ピンク色が見えた。

「ほら。ごらんなさい。これが不運よ。

「譲葉先輩。そんなこと言って、なんども引っかかる私ではないのですよ!!」

「あら、前はギーンギーンと鳴く蝉を信じていたのに、成長したわね」

「・・・・・・新種かと思って」

「そう、捕まえようとしたんだったわ。うふふふふふ、かわいい」

「っ、だ、だから今回のは違います」

「あら、だったら彼は何と言うの?」

と、トイレットペーパを撒き散らかした保健委員を指さしている先輩に、
彼女は自信満々で言った。

「彼は、幸せをばら撒いている優しい人です」

仁王立ちでよく分からないことを言っている私と同学年のくのいちを、
もう一人の先輩くのいちが、あらあらと口元を隠して、
柔らかい笑顔で

「正解よ。私の可愛くて優しい

そう言って、た〜す〜け〜て。と
その穴に落ちている幸せを撒いている優しい人の助けを無視して
ウフフアハハと手をつなぎながら
堂々と去っていく彼女らを私は後ろで見ていた。




これが、私との第一接触だった。






2010・3・27