助け船を出そうとした。
船が泥船で溶けてしまう前に、
彼の大きな瞳が、徐々に暗く濁っていくのを近くで見ていられなかった。
船を出そうとしたんです。
だけど、オールをとられて泣かれてしまった。



それどうかしたのか」

「え」

三木に言われて気づいた。
三つ編みをしている髪が、ほどけている。元をしめている紐が切れていた。

「あー、もうだめか。気に入っていたんだけど」

「僕の予備を貸そうか?」

「いや、いいや」

私は、その切れた紐と紐の端をきゅっと、結び直した。
空色の髪紐。

「今度買いに行くよ」






その様子を遠くから誰かが見ていた。
それをは知らない。
私だけが知っている。

私の部屋の中で、
いくつものの色とりどりの髪紐が並べられている。
風呂からあがれば、このありさまだ。
これでどうして気づかないのか?疑問しかわかない。

無視された。穴に落ちてくれない。
あっちのご飯のほうが美味しいそう。
なのに、三木やろ組や他の奴らが邪魔するのか分からない。
嫌いって言っても何もかえってこない。
笑わない。無表情。つまらない。

彼女について彼が言う回数が減ってきて、見ている数が増えた。


「喜八郎」

声をかければ、ピクリとこちらを向いた大きな目。
パチリパチリと私がいることを確かめるように動いた。

「滝」

「ああ、優秀天才美麗に華麗な滝夜叉丸だ。どうした。そんな熱心に」

どうしたも、分かっているが、分からせないといけないから答えは出さない。
彼は無言で、私から視線を外して上の方を見て、言葉をとぎれとぎれに紡いだ。

「私は、時々、自分が良く分からない」

ぎゅっと握られた若草色の髪紐。
温まった体は冷えていくはずなのに、心の底からじんわりと何かがこみ上げる
ようやく彼は欠片を掴んだ。
後は、矛盾にさえ気づけば、彼が馬鹿ではないことはこの4年間傍に居続けた
私には分かっていた。

「なんで、こんなことをしているのか。訳分からない」

不思議そうな顔をした彼に私は助け船を出す。

「あげたらどうだ」


彼もその言葉に納得いったようで、熱心に紐を見ているそれから、
ようやく気に入ったのを見つけたのだろう。
彼は眠りについた。
私は、あえて、誰にかを言わずに。





「あれ?利吉さん。仕事ですか?」

久しぶりというほどでない出会いに口元が緩む。

「なんだい仕事がなければ、会いに来てはいけないのかい?」

「あはは、そんなわけないですよ。会いに来てくれて嬉しいです」

利吉さんのキザな言葉は、受けいれる方がそれ以上言わないことが分かった。
けれど。

「・・・・・・・・・・うん」

「うん?」

「いや、なんだろう。今ちょっと喜びをかみしめて」

「何言ってるんですか?利吉さん。暇ならお茶出しますよ。ちょっと待ってください」

時々訳が分からないポーズと言葉が増えた。
今も、口元を手で押さえている。

「お構いなく。って、。それどうした」

言われて、指さされているのが髪紐だと気づく。
みんな眼差とい。

「ああ、切れちゃったんですよ。譲葉先輩のを貰ったんですけど、
付けていると先輩が敵をなぎ倒している姿を思い出して、
やるぞって気分が上昇するから、良かったんですけどね。
そんな、見目悪いですか?」

「いいや、だけど、それを今すぐ捨てた方がいいのは分かった。
そして、時々邪魔される理由もなんとなく分かった」

しゅっととられた空色の髪紐が利吉さんの手の中にある。
譲葉先輩はよく利吉さんと組んでいた先輩で、仲が悪くはないはずだと思いたいけれど、
思い返せば、彼らはよくいがみ合っていた気がする。
そのまま本当にゴミに入れようとする、利吉さんからつい叫ぶ。

「譲葉先輩が、捨てられる!!」

言えば、ピタリと利吉さんが止まった。
顔も歪に止まった。

「名前も付けていたのか」

「愛着がわいてしまって」

そのすきに、仮譲葉先輩を奪う。譲葉先輩は強いだぞ。熊を一撃で倒したんだぞ。
近くでそれを見ていた私に憧れるなと言っても無理な話だ。
それだけじゃなくて、強いだけじゃダメ。
美しくないと女に生まれたのだから楽しみましょうと私に教えてくれた人だ。
毎日は無理だけど、時々先輩の綺麗な恰好をして町へでる。
その楽しみを教えてくれたのは、先輩のおかげだから。
ぎゅっと渡しはしまいと握ると、上からため息が聞こえた。

「はー、なら私のあげるよ」

「えっ」

「私の分身だ。を守ってくれる」

そう言われて渡されたのは、深みがかった藍の色。

「休日買いに行くなら、私の分も買ってきて」

少しだけ顔の赤い利吉さんの言葉になんだか私まで照れて、宝物が増えた。





その様子を遠くから誰かが見ていた。
それをは知らない。
私だけが知っている。

彼は髪紐をあげた。
小春さんに。
小春さんは、ピンク色とか白色が似合う。本人の持っている着物もそういう類が多い。
喜八郎は、作法委員だ。
女装も得意とするそこは、
服の調和もちゃんと教えられているはずなのに、彼が渡したのは空色の髪紐だった。

彼女は嬉しそうに笑っているから、事実を知っている私にそれは目に毒だった。
ギリっと奥歯をかみしめて、タイミング悪く来た男を恨みもしたけれど、
そうさせたのは、他ならない喜八郎なので、どうしようもない。
だけど、もう、限界だ。
壊れても、何しても、今のままでずっといるくらいなら、
ぐちゃぐちゃに壊してもう一度新しいものを作ればいい。

彼の遅すぎる早さに任せとけられなくて、走り出した私を、

彼女は掴んだ。








2010・3・15