どうしたんだろう?誰かが泣いている声がする。
「このごろ、三木君とちゃん違うとこで食べてるね」
失言だった。
その一言で、喜八郎くんの割りばしが見事に、半分になった。
顔や体からは判断つかないほど食べることに執念を燃やす
彼が、ご飯をおかわりしないで、立ちあがった。
「タカ丸さん」
「ごめんねぇ」
ごめんねぇ。喜八郎くん。
言っちゃ駄目だったこと言っちゃってごめんね。
だけど。
「もーう、兵助くんの髪の毛っていいよねぇ」
「そうか」
「そう、癒されるってかんじ」
「そうか。お、小春さんと綾部」
兵助くんに言われた方向を見れば、穴を無心で掘っている喜八郎くんを
微笑ましそうに見ている小春さん。
「仲がいいな」
「・・・・・・そうだね」
僕は兵助くんが見たまま口にした言葉にいい知れない感情がこみ上げてくるのを感じた。
彼女は朗らかに笑い、喜八郎くんはいつもの顔で、彼女を傍に置く。
「タカ丸さん。痛い」
知らないうちに、兵助くんの髪を強く引っ張っていたようだ。
黒いつやつやな髪が少しだけしおれた。
ああ、ごめんねぇ。
もし。
もし、あそこにちゃんが来たら、彼は掘ることをやめて、
馬鹿とか罵詈雑言を吐き出すだろう。
彼女は、なんなんだーって手をあげて怒る振りをして、
喜八郎くんが抱きついてくる矛盾をしぶしぶと受け入れるんだろう。
「タカ丸さん、喜八郎は、に、嫌いと言われたんです」
失言から教えてくれた滝くんの言葉。
僕は、忍びになって一年もたってないけど、人としては君たちよりも少しばかり
経験があるから、なんとなく気づいていたよ。
だけど、いいことだと思う。
二人を祝福し「おめでとう」を言ったちゃんは、確かに傷ついていた。
彼女は姿は、痛ましくて、でも泣かないで屍のように動く彼女を、救ったのは。
彼だった。
もう彼でもいいんじゃないかなって僕は思うんだ。
彼って言うのは、僕がずっと邪魔した人。
彼はいい意味でも悪い意味でも危ない人だけど、
ちゃん限定でヘタレになる。
隙を狙えば完全に落ちた彼女を、ゆっくりと真綿に包むような優しさで、抱きしめた。
これには、同じ男として脱帽だ。僕なら、好きな子がいて、弱っているなら
そこを狙っちゃうけど。それだけ、彼の本気が伝わってきて。
僕が、喜八郎くんを応援したのは、彼が彼女を一番好きだから。
だけど。
今の一番は変わり始めている。
変わっていくことを止めることができない。
季節を閉じ込めるなんて芸当ができないのと一緒。
だから、今の姿が正しいんだろうね。
なのに、僕に報告する滝くんの姿に目がチカチカする。
君は少々、僕にはまぶしい。
彼は気づくんだろうね。自分の嫌いと彼女の嫌いがイコールでないことを。
そうしたときに、どうするのか。
ごめんねぇ。喜八郎くん。
でも、それではもう遅すぎるんだ。だから僕は、何も言わない。
どうしたんだ?
そう声をかければ、いつも無表情な整った顔をした喜八郎がわずかに目を見開いた。
作法委員の中で、私と喜八郎だけ一緒のときは珍しくないが、
怒りを抱いていることに気づかずに、無意味に本を捲る喜八郎の姿は珍しい。
ふむっと口に手を当てて、彼をこうさせられる人物を口にした。
「か?」
「なんでそう思うんですか」
間髪言われずにかえってきた言葉に少々呆れもしたが、じっとこちらを見つめる
大きな瞳に、ニコっと取り繕った笑顔を送る。
「変だな喜八郎」
これは、愉快だ。
「お前は、のこと苦手」
「嫌い」
「・・・・・・そう、嫌いだったな。だったら、ようやく両思いになれたのだ」
「両思い?」
「はこれまでずっとお前を嫌ってはいなかった。しかしようやく念願かなって、
お前のことを嫌いになった。それを望んでいたから嫌いと口にしていたのだろう?」
私の言ったことに、喜八郎は停止して考え事をしている。
「嫌いな相手のことを考えるだけ時間の無駄だ。
お前がするのは、そうだな。恋仲の小春さんとの逢引ではないか?
いくらお前を好いているとはいえ、何もしない男は嫌われてしまうぞ」
さぁ、立ちあがって、小春さんを逢引の予約でもしてこいと、背中を送った。
愉快だな。
ククと口元が吊り上げる。ようやく、ことが動いたことを私は喜んだ。
喜八郎は、あれでも賢いから、私の言ったことを考えるだろう。
そうして本物に気づく。
なんだかんだ言って私の一番は後輩だから。
付き合う。付き合わない。どうでもいい。
ただ、喜八郎のなかにある感情に正しい名前がつけばいい。
それに苦しんでも、時間が私が委員会が友人が癒してくれるさ。
2010・3・9