血飛沫があがる赤、赤、赤赤赤赤赤。
つい最近まで心地よいと思っていた行動は、今では頭の中を空っぽにするためのものへと変わった。
仕事の量が増えて少女に会わなくてもいいとほっとしているのに、
気を抜けば、小物屋で少女が喜びそうなものを買っている自分がいた。
苛立ちは募っていくばかり。このままでは任務にすら支障をきたしてしまう。
眠れない日が続き、疲れを無視した体が一番最初に壊したのは精神だった。
草が生えているならば抜かなければならない。石があるならどかさなければならない。
仕事ができなくなるのなら、原因をなくさなければならない。
私は気配を消し、クナイを握り締めた。
頭の中に、理性などなしに等しく、父親の生徒である事実さえ忘れて、
目に浮かぶのは、少女の服を赤く濡らして、黒く長い髪が散らばる姿だった。
少女の部屋が近づくにつれ、鼓動が早くなる、興奮が強くなる。
足音を完全に消し、たどりついた目的地は、想像したよりも静かな空間があった。
少女は一人軒下でぼんやりと瞬き一つしないで月を見ていた。
久しぶりの彼女に、さっきとは違う心臓の鼓動が聞こえた。
少女は、ここではないどこかを見て口を開いた。

「今日も、今日も月が曇っています、いつになったら」

月が綺麗に見えるのでしょうか?

月は曇ってなどいなくて、大きくて綺麗な月だった。
彼女の言った言葉の意味などが理解できないけど、何かに耐えるような悲しい表情をみていたくなくて
私は、そのまま彼女を抱きしめていた。
彼女の表情は分からない。くぐもった声で敵?イヤー。譲葉先輩助けてーと叫んだ声を手で塞いだ。

「私だよ、利吉だ」

「りきちふぁん?」

彼女から力が抜けたのと同時に口から手を離すと、きょっとんとした顔から怪訝な顔。

「なんでいるんですか?」

「逢いたい人がいたんだ」

過去形でいった言葉に、彼女の大きな黒い光のない目がこちらをのぞいてくるものだから、
自分の真意がばれてしまったかと、
もう私に笑顔を見せてくれることも、怒ることも、悔しがることも、愚痴を言うことも、
喜ぶこともないのかと思うと、鋭い痛みが心臓に走った。手足は水に浸かった様に冷たい。
数時間だと思える時間は、彼女の瞳が一回瞬きしたほどだったらしい。
「利吉さんようやく好きな人に気付いたんですね」
彼女の言葉に私は噴出した。す、好きな人?脳内で多大な情報処理をしているが、
追いつけそうにない。そんなこと気にもかけず少女は、急に真面目な顔して利吉に迫った。

「実はですね。私、譲葉先輩が」

聞きたくない!!これまで利吉が見てきた譲葉という人物は、落とすと言えば必ず落とすハンターだ。
もしかして、彼女と付き合い始めたというなら。
私は、殺してしまう。

「利吉さんと付き合えば丁度いいと思ってました」

あっけらかんと爆発宣言をする彼女に、とうとう私はずっこけた。
しばらく、一緒にいなかったが、そういえば彼女は凄い予想を裏切る子だった。

「いやーだって、恋人役も様になってたし、なんだかんだ言って譲葉先輩しか選ばないから、
いやいや言いながらも好き合っていると思ってたんですよ。えっ、先輩の性癖は知ってますけど
愛し合わなくても夫婦にはなれるし、女好きを直してみせるって思うほど惚れているから、
いつも一緒なんじゃないんですか?」

と、言われた。頭が痛い。私はため息を吐いて、今一番自分がすべきことをした。

「次からは、君を指名したいんだけれど、いいかい?」

恋人役が恋人だと思うのなら、そうすればいい。だったら、私は君を指名しよう。
その後、恋人役でようやく、利吉さんとお互い顔をあわせ腕を組むことが自然に出来る所までいくことができた。
今の私は、昔の私が面倒臭いと思っていた感情をリアルに体感している。
恋人ごっこが本当に恋人になればいいと。
そして、
あの時、殺しに来たというのに感じてしまった矛盾、傍にいて欲しい、笑って欲しい、生きて欲しい。
だから、私が殺すのは少女ではなく少女が愛した人なのだろう。
歪んだ愛情。狂気にも似た思い。そして、いまさらながら気付いたのだけれど、

「これが私の初恋?」






2009・9・29