小さいころ、なんのために夢を見るのか、不思議だった。
体を休ませるために寝るならば、深く眠りにつけば、いいじゃない。
夢なんかいいじゃない。
私はひらひらと風に揺らめくスカートをはいていて、今よりも全然視野が低い。
手入れの生き届いたまっすぐな髪の毛には赤いリボンが付けられていて、
今の世界ではありえない、長いテーブル。
小さな手には銀のナイフとフォーク。


「何が欲しい?」


プリントして張った見本みたいな口を釣りあげた笑顔。
私は、顔が分からず口しか分からない人に、
生涯で一度だけ、誕生日に欲しいものを言った。
両親は、それを聞いていつもよりも盛大なパーティーを開いた。
色とりどりの部屋の飾り、いくつもの美味しい料理、私の贈り物は、山をつくって、
私の服はお姫様さながら。みんなが、口をそろえて、可愛いですよ。と褒める。
男の子が口をそろえて、私と一緒にいかがですと言う。
ぐっと握った手は手が白くなるほどだったけれど、
みんな笑顔をたたえていれば気づかない。いいえ、彼以外は気づくことがなかった。
ようやく、堅苦しい挨拶に、分かりやすい誘いを断って、庭に一人座っていれば、
すっと横から渡されたグラス。誰か分かって、ようやく顔の筋肉を元に戻した。

”私は、別に、お姫様になりたいっていったわけじゃないの”

それを言った時には、冷えていたグラスはもはや自分の体温が移っていて生ぬるい。

”だけど、愛されたいと思うのは、わがままかしらね”

そう言った私を、抱きしめてくれた彼は私よりも真剣な、悲痛な顔をしているものだから、
私は素直に彼を抱き返すことができた。
思えば、彼を意識した時もその時だった。
私は、昔も今もきっと愛に飢えてる。
愛を返されないと知っていて、愛を返そうとしないのに、
愛ばかりを期待することが、どんなに高慢か分かっているのに、
それでも一緒に傍にいてくれる人が欲しかった。

かくも両親に求めた愛は、たった一人の永遠の愛になったわけだ。



目が覚ませば、夢を見ていたことを覚えているのに、内容は覚えていない。
だけど、続きをみたくなって、布団から出なければ、見知った気配を感じて、
すっと襖をあける。

「おはよう、

「おはようございます。利吉さん。朝からこりゃまた綺麗な顔で」

「そうかい?私にはのほうが美しく映るけど?」

「そうですね。私は美しいから」

「・・・・・・どうしたんだい。

驚いている利吉さんの横に座る。そうだろう。
ボサボサの髪に、上に軽くはおっただけの恰好。美しいわけがない。
だけど、彼のキザな言葉を拒否することも、照れることも疲れていた。
茶色な土の上には、蟻が群れをなしていた。
私は、蟻の行方を追いながら利吉さんの求めている答えをすべて無視して、
見当違いな言葉をいう。

「私は、綾部くんが嫌いになりました」

「・・・・・・そりゃまた、どうして」

「彼が私を嫌いだからです」

なんて、おかしな理由だ。
前の私はそれを前提に彼を好きになった。
それを乗り越えた後には、彼の嫌いに、「嫌いには嫌い」で返すなんて、
最初が間違えていたのか、今が間違っているのか皆目見当つかない。
だけど、世界が丸かろうと、平べったくあろうと、人は生きていける。
そんなもの。だから、結果は変わらない。
私は、綾部くんが嫌いになった。ただ、それだけ。

蟻は、穴を見つけて、せわしなく動いている。
それを見ている私の心は和やかで、動かないことがどんなに幸せか
止まったことのない彼らは知らないだろう。

「君はなんで綾部くんに、言わなかったんだい」

何を?と利吉さんの質問を、はぐらかすことができるけど、
彼は私が綾部くんを好きなことに気づいていた。
知っていたからこそ、任務をわざわざ夫婦やら恋人やら、
二人で行動する任務を多く私に与えたんだ。
彼を私が、忘れるために。そんな親切な彼に、真摯にならないでどうする。
蟻から目を離せば、青と茶色と緑。何にもない。

「私は、綾部くんを名前で呼べないんですよ。
遠慮しているからでも、名前を呼ぶこと彼が嫌悪感を抱くとか
そんな優しい理由じゃなんです。
私はとてもプライドが高いんです。または、臆病者。
愛したなら愛されないと嫌。それでもいいと思ってる自分は嫌。
みじめですもの」

映るのは、私の手を振り払う両親の姿。過去の私。
映るのは、私の手を忘れてしまった両親の姿。今の私。

「望んでいるのは、いつでも愛し愛されること。
大勢なんて言わない。私はたった一人に死ぬほど愛されたい。傍にいてほしい。
だけど、そういう風に踏み込むことが怖い。高慢でしょう。
私は、愛さないという前提で、愛してくれる希少な人を探しているんですよ」

とうとつにさっきまで見ていた夢の内容を思い出した。
夢の私も今の私も変わらず愛を求めていた。

「人として当り前だろう。私だって、好きな人に好かれないのは、耐えられない」

「利吉さんも」

「ん?」

「利吉さんも、そう思うんですね。あは、誰か好きな人でも出来たんですか?」

二人の視線が混じり合った。
時おり見せる男の顔をしている利吉さん。ドクンと胸がなる。
ふっと顔を直して、彼はいつもの彼の顔で笑った。

を愛してるよ」

ああ、そうか。

「そう・・・ですか。私も愛してますよ」

と簡単に笑い返す私に、笑顔なのに、少しだけ顔をゆがめる利吉さんの表情。
本当は、うすうす気づいてきている。だけど、私はさっきも言ったように臆病者。
だけど。

「だから、私の手を握ってくれてもいいですよ」

と、一歩踏み出してみる。
彼は、歪めた顔を元に戻して本当の笑顔になってくれた。
その顔に、ふっと心が穏やかになっていく。
それが、夢で見た気持ちに似通っているけど、
抱きしめてとかは私にとってまだ早すぎるんです。
まだ、怖いんです。確証が持てなんです。
だから、手からでお願いします。

あなたは、私に愛を返してくれますか?













2010・3・1