利吉さんとの後で、目が覚めた。
何をうじうじ考えているんだ。と気持ちが浮上して、
ようやく私らしくあれるようになって、利吉さんとの任務やその他の任務も入れて、
小春さんが来る前のように、忙しい日々を過ごしていた時だった。


「あなたなんて大嫌い」


嫌いの前に大がついた。
名前を呼ぶのも嫌なの?
小春さんの邪魔をする私が、嫌いだったんじゃないの?
ほら、私はもう、邪魔なんてしないし、
二人は恋仲だし、言うことないじゃん。
本当に、あなたは、何を考えているのか分からない。



久しぶりに授業だった。久しぶりのオフに進級試験を受けているときだった。
刺さるような視線を感じたのは。その出所は容易に分かった。
彼自身も隠そうとしていないからだ。
私は、任務の移動中に思っていたんだけど、小春さんと私が仲がいいのが気に食わなくて、
ずっと嫌いだって言ってたのだから、私は彼と友好がきざめるんじゃないかってこと。
彼に片思いしているときに、考えていたことに戻った。
今では、ああ、そういえばそんな時もあったなって言えるぐらいの気持ちになってる。
前は無理だったけど、今なら、嫌いが普通になって、ゆるゆると友人ぐらいになればいいなって思えて、カッと飛ばした手裏剣は見事中心に的中。

「凄いな」

「調子がいいからだよ」

三木の言葉が嬉しくて、つい笑顔になる。調子がいい。
確かに、色々と調子がいい。利吉さんからのお土産は帰ったら食べれるし、
天気もいいから、あったかい日差しの中で、ようようと昼寝もできる。
いい日だった。激務とも言われた中でのようやくの光。
いい日は吉日。だから、私は。

「綾部くん」

久しぶりに見る彼はまた少しだけ身長が伸びて、可愛い顔が少しだけ男っぽさを帯びたよう見れる。それほどまであわなかったのかとか、小春さんと、ラブラブみたいだなとか、
色々考えがめぐってしまったけれど。

「何?」

綾部くんが言葉を発する何秒間で、
ちょっと前の過去が素晴らしく遠い記憶のように思えていた。

「綾部くん、私は綾部くんのこと、嫌いじゃないよ。だから、友達になろうよ」

ちゃんと笑えた。無理もなく、いつも通りで。
それを感じた時に、ああ、これで全て終われた。と思ったのに。

彼は、ぎゅっと彼の愛用の鋤を握って、私の眼をしっかりと見据えて言った。
それは、出会ったときのようであった。

「あなたなんて、大嫌い」

その言葉に、もう終わったはずの全てがぶち当たった。
そうだ。思いを告げないで消える思いはないんだ。
蓄積して小さくなるだけでちゃんと存在してるんだ。
横で見ていた三木が、怒って綾部くんの首袖を掴んだ。
三木は、分かってたんだね。私の気持ちを。
平くんが、二人の間に入って、綾部くんを殴りそうな三木を止めてる。
いいよ。三木。いいんだよ。私のために友人を殴らなくても。
だって、私は、もうその言葉にぷっつりと、切れていた。


「嫌い、大嫌い」

小さな声の嫌いに、大きな声の大嫌いが響く。
私の少しばかり興奮しているようだ。感情がちゃんと制御できなくて、暴れまわる。
かぁっと温かいもの奥の方から、こみ上げる。
これは、なんだ?怒りとも似ていて悲しいとも似ているけど全く違う感情。
大嫌いの言葉で、みんながこっちを見ている。
だけど、そんなこと気にしないで、そのまま感情をぶつけた。

「もういい。もう綾部くんなんか私も、大嫌いだ!!!」

叫ぶように言った言葉に、はぁはぁ息を切らして、こちらを見ているだろう彼を見る前に
私は走った。走って走って、そのあとを考えた。
帰ったら、美味しくて、気に入っている、利吉さんのお土産がある。
帰ったら、私、ゆっくりと温かな日差しの中で、ポカポカ眠る。
帰ったら、もう綾部くんを全部全部忘れて、嫌ってしまおう。

私の思いは小さくなってたけど、彼のお決まりの一言で揺り動かされた。
そうして、事態は
私が望まぬ方向へ、綾部くんのそばには、もういられない。
私が望んだ方向へ、もうこの気持ちに振り回されることはない。

後ろから誰か追いかけてくる気配がするけれど、
誰にも会いたくなくて、私はそのまま屋根の上に飛んだ。
屋根の上は、空が近くて、青い空が見えた。やっぱり今日はいい日だ。
だから、悪いのは誰でもない、何でもない。
ただ、私は、綾部くんが嫌いだ。
きらい、きらい、だいきらい。







その日、久しぶりにきた は、とても気分よさげに、試験を受けていた。
喜八郎は、をじっと見ていたけれど、は気づいているだろうに、
目の前の目標物やろ組の奴らと仲睦まじく話してじゃれている。
しょうがないじゃないか。と、ふーとため息を吐く。
手を離したのは喜八郎で、手を伸ばさなかったのは彼女で、
応援することは間違っているんだ。
小春さんと喜八郎はとても仲が良くて、意外とお似合いだ。
なのに、ずっとを見つめている喜八郎の姿に、どこかすっきりしない気持ちが
自分の中に芽生える。
喜八郎を無視し続けた彼女は、試験が終わった後に、私たちのもとに来た。
久しぶりに前から見た彼女は、前よりも空気が変わって、なんというか綺麗になった。
彼女は、無邪気に笑った。
私は、喜八郎と小春さんが付きあったと聞いた後の、
無理やり口の端を無理やりあげて作っている笑顔のほうが良かった。
なぜならば、二人が、終わってしまったと分かっていても、一分でも希望があったからだ。
喜八郎が、なにか急に閃いて、気づくなんて夢みたいなことのために、
だんだん憔悴していく姿は痛々しいけれど、そのままでいた欲しかったなんて、ひどい話だ。

「友人なろうよ」

その姿は、正しくあっただろう。
だけど、私は秋の夕暮れのような、終わってしまった哀愁を感じていた。
「わかった」と喜八郎が頷けば、彼女を嫌いだという理由さえ気づかずに、そのまま流れていく。
それがこの二人の結末。しょうがない。分かっているのだけれど。

「あなたなんて、大嫌い」

聞こえた言葉に、耳を疑った。喜八郎は、ぎゅっと鋤を握りしめて、怒っていた。
何に怒っているかは分かっていないだろうに。
そして、怒ったのは、彼だけではなかった。

爆発連鎖。三木ヱ門が怒った。彼は彼女をとても大切にしているから、
彼女がこれ以上傷つく姿を見たくなくて、進んでいることを喜んでいたから。
次に、が切れた。
彼女は赤い顔で、叫んだ。

「もう綾部くんなんか私も、大嫌いだ!!!」

ああ、違う意味で終わったな。さっきまでは、あんなにこの終わり方に、
納得いっていなかったというのに、それ以上の酷い事態になると、さっきのほうが良かったなんて後悔する。三木ヱ門は、を追っていった。私は一人喜八郎のそばにいる。
こんなときにタカ丸さんがいれば何か気がきいたことも言えたのだが、
彼は一年のテストに出席してるため、ここにはいない。
沈黙が重くて、なにか言わなくてはと、頭に浮かんだ色々な単語を消したり増やしたりしていくうちに、バキンと、なにか折れる音が聞こえて、顔をあげれば、喜八郎は、手で鋤を折っていた。

「喜八郎」

手から赤い血が流れている。喜八郎は、
の去っていった方向をじっと見詰めたまま動こうとしない。

「大馬鹿者」

喜八郎は、今自分がどういう状態なのか、分かっていないだろう。
私の声も聞こえていないのだろう。
ああ、だから、私はまだ諦めきれないのだ。大馬鹿者は私もだ。
タカ丸さん、分かっています。あなたの言っていることは正しいでしょう。
周りも何も傷つくことはないでしょう。
それでも、それでも、私は、彼らを、気づかせてやりたい。今を壊すことになっても。
気づかせてやりたいのです。












2010・2・27