湿っている部分のぬくもりにふっと笑った。
自分の顔は今、相当歪んでいるだろう。
瞼を晴らして、まだ涙の残るだけれど、
どこかすっきりした顔をしたに、
この姿を見られなくてよかったと心の底から思う。
私は、礼をつくすほうである。
恩には礼を、仇には償いを。
忍びとして生きていくには、
一つくらい自分ルールというものが存在していないと、自分を保てなくなる時もある。
私にとっては、これが自分を戒めるルールだった。
一回。
この世で一番愛しい人を、あの時、あの少年に助けられた。
だから、私は、彼のに対しての行為を甘んじて許している部分が多かった。
しかし、あの時の礼はちゃんとし尽くした。
もう、気にしなくてもいい。もう、許さなくてもいい。

彼は、の髪の毛が癖っ毛で、柔らかいことを知っているだろうか?
彼女が目を瞑り、寝息を立てている姿が、
幼く、砂糖菓子よりも甘い香りを、まとっていることを知っているだろうか?
知っていても、もう君には関係ないことだろうけどね。
半分になった髪は、タカ丸さんに手入れしてもらったと言っていただけあって、
前よりも手触りがいい。いつも三つ編みされている髪をほどけば、風に流されていく。
ふわり。ふわりと。
私は、口元を隠した。大声で笑いそうだ。
私は、 が、好きだ。
もちろん、妹としてではない。愛しい女性としてだ。
目の前には無防備な彼女の姿。年上としての慎みなどすべてなぐり捨てて、
彼女の豊潤で柔らかな実を想像させる唇に、かぶりつきたい。
白く私が力を入れてしまえばすぐ折れてしまう細い彼女の首に、顔を近づけて、
私のものだと印をつけたい。それ以上も全部全部したい。
けど、彼女が頬を赤らめて、私としたいことが重なって、それらをすべて承諾することが、
私の愛すると同じことならば、それ以上の幸せはないと思うから。
すっと、唇を軽く触れるだけでやめておく。
これが野獣な私と、人である私の出した最善の結果だ。
思いのほか柔らかくて、野獣がうずき始めたから、ここまででやめておく。

赤く腫れた瞼をそっと撫でる。

斎藤 タカ丸は、ここに来るとき、どこか悔しそうな視線を私に向けていた。
彼は、私が危険だということを知っていた。
に対してどこか狂った愛情を抱いていることを知っていた。
しかし、彼はもう私を邪魔することはない。
彼に止める権利がないからだ。
そして、その愛情は、が私を愛してくれていれば、どうってことはない。
ただ普通よりの執着心が少しばかり強いだけの思いだ。
それに、は、一人だけしか愛せない不器用な性格をしているし、
しかも、天は私を味方した。
今回ばかりは、ひやりと肝が冷えた。
学園が襲われた時、その後、
が綾部くんを意識しているのは、火を見るよりも明らかだった。
そして、綾部くんは自覚がないけれど、に私と同じ気持ちを抱いてはずだ。
が、綾部くんが小春さんを好きだと勘違いをしていなければ、
綾部くんが、私への対抗心よりも、その元の気持ちに気づいてれば、
小春さんが動いていなければ、二人は思いが通じ合っていただろう。
三つの歯車が、一つ一つバラバラに動いて、全部壊れた。
もう元のようにはいかないその中に私は簡単に侵入できた。
もしも、と、綾部くんとの思いが通じ合っていたならば、
私はどうなっただろうか。
その答えは怖すぎて出すことはできない。
私は、歪な愛を狂喜の愛をに対して抱いている。
最悪な結末を迎えていたかもしれない。
しかし、そうはならなかった。それが、一番大きなことだろう。

私はまた笑いそうになった。今度は口元を隠さない。


ありがとう。ありがとう。綾部くん。
君には感謝し尽くしてもし尽くせない。
これからは、私がを愛すので、君はもういらない。
君は、偽物の愛を抱きしめてればいい。
おっと、ごめんね。今の君には、本物だった。
きっと、君は失ったときにすべてに気づくんだろうね。
だけどその時はもう遅い。









2010・2・13