崩れていくものを一生懸命直すことよりも、
立ち上がって、そのまま進んだ方がいい気がした。



「私達、付き合うことになったの」

と二人に肩を並べて言われた。
あ、並ぶと綾部くんのほうがちょっぴり背が高いんだね。
好きだと目を合わせあうって本当だね。
そういえば、前世の私も、好きな人といるときは、よく顔を彼のほうにむけていた。
好きだという意志表明。所々の小さな所作に表れている。
今の私は、手を叩いていた。
いったい何に手を叩いているのだろう。
何におめでとう。と言っていたのだろう。
その声は震えてはいなかっただろうか。
顔はちゃんといつもと同じであっただろうか。
なんてことばかり頭を占めていて、あの後ちゃんと部屋に戻って、寝ていたけれど、
それまで何をしていたのかちゃんと思い出せない。
あそこに誰がいて、何を言っていたのかすら、まったく覚えていない。

変なの。
私あれだけ、二人が早く、くっついてくれるように祈っていたのに。
なのに、なんだろう。この。

?」

と、横から聞こえた声にはっと顔を上げる。
私の顔を覗きこむ、少しだけ釣り目で美青年な男の人。
一瞬彼が誰か忘れかけて、そうだ。この人は山田 利吉さん。
と頭が繰り返し名前を呟いた。
なぜ、彼が私の顔の至近距離にいるのか、名前と同時に思い出す。
彼は、小春さんの計らいで私の部屋にいたのだっけ。
ああ、そうか。もうあれから、二・三日経っていたんだっけ。
立花 仙蔵や潮江 文次郎、、善法寺先輩に、あと三郎さんに、
三之助くんに何か言われて、気遣われていたような気もしなくもないけれど、
私は別に、どうってことない。彼が、恋人でもなんでもなく。
ただ一時期好きだと思っただけの人物なのに、変なの。

、ここの餡みつは美味しくないかい?」

眉毛を八の字にしている利吉さん。

「いいえ、とても美味しいですよ。あ、これ、私が前買えなかった。って言っていた
いま評判の餡みつ屋さんのじゃないですか。
わざわざ私のために買ってきてくれたんですか?」

口の中に、もう一掬い入れれば、餡の甘さと、寒天の独特のコリコリした
硬さがあいまって、まことにおいしい。
口の中が幸せであれば、頭の中も幸せで、幸せ幸せで、いうことなしなのに。
利吉さんの顔は晴れない。

「綾部くんの話を聞いたよ」

二口目をパクリ。おいしい。

「まさか、小春さんと付き合うとは、思わなかったな。
だけれど、二人で肩並べる姿は、なかなかお似合いだ」

三口目。ちょっと、寒天食べすぎたかな。

「小春さんに対してのくのたまの攻撃は半減するようだし、
私も、控えていたと任務を共にしてもらえるようだ。
に共にいられる時間が増えて、嬉しいよ。
これでも、私は我慢していたんだ」

四口目。やっぱり、餡子だけっていうのも甘すぎる。

「・・・・・・嬉しくないか、私と一緒にいるのは。
それとも、君は綾部くんと小春さんが付き合ったことが、嬉しくないのかな」

五口目。餡みつの容器が地面に落ちた。
まだ入っていた中身が全部出て、半透明なものが砕けちり、黒みつが、その上を汚した。
私の口の中には、餡子も寒天も見事に調和されているのに、
なんの味もしなかった。

変なの。
なんで、私、利吉さんに抱きしめられているんだろう。
前もこんなことがあった。
髪が半分になったとき、あの時は、たしか間に合えなくてごめんと言っていた。
本当に命の危機を少しだけ感じたから、
安心して彼の胸元で泣いてしまった・・・だっけ?
違かったような気がしなくもないのに、どうしてだろう。思い出せない。
ぼうっとあの時を思い出そうとしていれば、ぐっと、痛いほど抱きしめられた。

「っ、痛い」

珍しいこんなに乱暴に扱われたことなんてほとんどなかったのに、
任務以外ではゼロに近いのに。
私には、向こう側の彼の顔が見えない。
ただ耳裏で、彼の声が聞こえた。

「私は、そんなに、頼りないか?」

もっと、強く抱き締められる。彼の言わんとしていることがわからない。
それなのに、心に直に響いてくる彼の叫び、彼の感情。

「っ私を、求めてくれ」

ぐわんと揺れた。片手に頭をつかまれて、片手に体をつかまれる。
痛いほど。けれど私よりも彼のほうが痛い。
何に泣いたのか。私はわからない。
ただ、彼の腕のなかで子供のようにしゃくりあげて泣いた。
泣いて泣いて瞼が溶けて、なくなってしまいそうだ。
その涙の量、すべて彼の胸元に吸い込まれていく。

ごめんなさい。と私は、誰に何を謝ったのだろうか。

泣いてすっきりした私は、
もはや夢の中で、やさしく髪をなでる人が誰なのかもわかっていない。


















2010・2・12