サラスト二位・・・一位でないことが屈辱だが、
いつか一位になるために、毎日余念なく手入れしていると、
泥をつけた喜八郎が帰ってきた。
長い睫毛に覆われた、大きな目は、瞬きが少なく、
見るものを圧倒させるところもあるが、なれてしまえばどうってこともない。
そのまま眠りそうな彼に、風呂に入ってこいと言えばしぶしぶ、
着替えを持って、また外へ出て行った。
襖を開け、閉めるまで入ってきた外の空気は、想像以上に寒く
肌をぶるりと振るわせた。
ことん、と鏡をみて完璧な仕上がりの髪に満足し最後に笑えば、
ここにいない同室のものの様子を思い出した。
忍術学園が襲われた日から、ここ最近の喜八郎の様子が変だ。
何が変だと言うと、彼は寝ることを愛している男なので、
いくら穴掘りに夢中になったとしても、今日のような時間に帰ってくることはない。
また、彼は食べることも愛している男なので、
実習中で、興味があるものを追いかけたとしても、
食事までにはいつのまにか戻ってきていた。
ひんやりとした空気がまた入ってきた。
後ろには、考えていた人物が、灰色のうねった髪をちゃんと乾かしておらず、
水がポトポトと床にたれ、彼の寝着をも濡らしていた。
彼のその様があまりに酷いで、彼の髪を乾かす役は私になっていて、
髪を拭きながら、このごろの不可解の行動を問い詰めれば彼は、
入り口を見ているようでどこも見ていない顔で言った。
「私、強くなりたい」
「は?急に何を」
「髪」
「かみ?」
「・・・・・・なんでもない。もう、寝る」
そう言って喜八郎は、まだ完全に乾ききっていない髪で布団を被ってしまった。
こうなればもう手がつけれない。
私はため息を吐きながら、すでに眠った友人の顔を見て、
言わないなら、探るまでだと決意を新たにした。
なに、この私にかかれば、密偵などおちゃのこさいさいだ。
と手を高らかに上げて、今に至る。
喜八郎の後ろをつければ、小春さんが来た。
学園を襲われた日以来、小春さんはなにかと喜八郎のもとに訪れる回数が増えた気はする。
もしかしての、内容が頭に掠める前に、
視界をかすめた同じ服に、半分になった三つ編み、それにあきらかな異物。
「ウザイ、暑い、離れろ」
「いやー。そういいながら、俺にこうされるの好きなくせに」
「そう思っているお前の頭に感謝だな」
ふふふ。とは笑い、あははは。と蹴られている敵の忍びは笑っていた。
この可笑しな構図も、あの夜以降のもので、かなり疲れているに、
敵の忍びはベタベタ触り、・・・・・・その姿に、なんだかムカムカして、
輪子行け!!と、私がつい戦輪を投げてしまえば。
敵の忍び目掛けたそれを、はふいっと指で受け止め、投げ飛ばしてきた。
敵の忍びは、自らの命の危機を知りもしないで、
「地獄ってきっと素敵な場所だから、一緒に落ちましょうね」とハートを飛ばしている。
なんで、なんでだ。。お前はその男に纏わりつかれて迷惑しているんじゃ。
と彼女の行動が分からなくて、呆然と立ち尽くしていれば。
「ヤバイですね」
「うん」
と三木ヱ門とタカ丸さんがいつの間にか横にいた。
「は、ああいう真っ直ぐな攻撃に弱いですから、
本気で、落ちてしまうかもしれないですね」
「だよね。利吉さん以上の敵到来だよ。もー喜八郎くんはなんで動かないのかな?」
「うーん、どうだ?喜八郎に動きはあったか。滝夜叉丸」
「どうだって、お前ら何して」
「何って、につく虫を焼き払・・・心配だからな」
「僕は、鋏投・・・気になっちゃって」
焼き払うとか鋏投げたとか聞こえたけれど、私の手元に戻ってきた輪子を撫でて、
匍匐前進の格好をしている彼らと同じ格好をした。
喜八郎の変さを言えば、タカ丸さんが嬉しそうにそうかと顔をほころばす。
「え、分かったんですか?」
「う〜ん、青春だよね」
「タカ丸さん、教えてくださいよ」
「え〜、うふふ。前よりも喜八郎くんも気づいてきているってことだよ」
笑顔になったタカ丸さんは私達に教えてくれなくて、三木ヱ門と顔を見合わせた。
そのとき、喜八郎が、その忍びに鋤を投げていたなんて知らずに。
その夜、私は、一人穴を掘っている喜八郎に近づいた。
見られていることに気づきながらも、彼は無言を貫き、
半分のお月様だけが、私に劣らないほどの輝きを放っていた。
ザクザクと掘る音が消えて、ようやく納得のいく穴が出来たのだろう。
地上に上がってきた彼は、やはり瞬きが少ない大きな目で私を見つめた。
「なんで、お前は強くなりたいんだ?」
「・・・・・・目の前で」
じっと固定されて動かないはずの目が、どこを見て良いのか分からず、
地面を見ている。なかなか続かない言葉に私は風に耐えながら待った。
「目の前で、助けられた。そして、髪半分で嫌いだけど、私は髪は嫌いじゃなかったのに。
弱いのは嫌。助けられるのも嫌。誰かと一緒だともっと嫌。だから」
ああ、なるほどな。
タカ丸さんが笑った理由。青春だと言った理由が分かって、
自分だけ取り残されたような気分がしたけれど、それよりも
ようやく理解してくれたのかという親のような気持ちの方が強い。
好きと、その他しかなかった世界にようやく現れた違う感情を持つ少女の意味すら
分からず、嫌いとなずけた彼の不器用な思いに、ふっと笑い。
彼のなめらかな髪を叩く。
「焦るな馬鹿。
ゆっくり、お前のペーズでやっていけ」
地面に向けられた目は、私に戻り、きょっとんとした顔。
本当は、真実を言葉で言っても良いのだ。
お前は、守れる利吉さんに嫉妬して、彼女を守りたいと思ったと。
彼女が傷つけるのは、許せなかったと。
その感情は、嫌いではありえないものなのだと。
だけれど、ほとんど周りがお前の気持ちが分かっているのに、
分からないお前だ。言われても理解しないだろう。
だから、力も思いも、ゆっくりお前のペースでやっていけ。
・・・・・・いや。
思いのほうは敵が現れて、そろそろ危ないから手助けしてやるから、
お前は、はやく早急に、自分の気持ちに気づけ。
そして、さっさとくっつけ。
お前らをみているともやもやするんだ。
2010・1・8