あの日以来、タカ丸さんが帰った後に私の部屋に忍び込んでくる忍び。
お前自分の仕事は?と聞けば。
「ちゃんと落としてくるまで帰ってこなくて良いってさ」
愛されちゃってるね。さんと、年下にさんをつける20代の男は、
顔を全て晒して私の背中にへばりつき頬ずりをしている。
肘で鳩尾を狙ったが、ぐ、キクぅぅと嬉しがっているだけで効果はない。
この男の復活率は某委員会以上だ。無視すれば無視したで、
放置プレイっすか?さすが的を得てる。と興奮して喜ぶ。どうしようもないので、
適当に相手している。本を読んでいれば、もう一度背中に温もりを感じて、
疲れた私はそのままにしておいた。
「大体さ。さんが悪いと思うんだよね」
「なにが?」
「え、聞いちゃう?俺に聞いちゃう?」
嬉しそうな顔をしている男は、ドMであるが、ドSな顔をしていた。
そういえば、両極端である性質はある一枚によって隔たれて、
時にその境界を抜けるとあった。つまりだ。ドMはドSになりうるというわけで、
一瞬ひやりとした私の心地を、
「あれ?ここ俺の部屋じゃないんっすよね?」
久しぶりに訪れた訪問者に、クナイを取り出す手を止めて、
代わりに笑顔で。
「いらっしゃい。三之助くん」
彼は私をみて、一瞬顔を強張らせたが、後ろの忍びを指差して
「逢引中すか?」
「いいや、夜這いされ中」
彼はよく私の部屋に来ていたけど、あの事件以来ここを訪れることがなかった。
姿は見かければ、会釈程度で嫌われたかなと思っていたけれど、
私の背中に引っ付いている奴をはがして殺気を向ける姿に、
嫌われていなかったのかと安堵のため息を吐いて、つい嬉しくて髪を撫でた。
「わわ、なんすっか」
「いやね、嫌われたのかと思ってたから」
「なんで」
「だって、前はここに来たり、話しかけたりしてくれたのに、急にしてくれなくなったから」
「・・・・・・だって」
「だって?」
「だって、俺、悔しくて、先輩のこと全然助けれなかった」
伏せた顔が震えて、いつものように飄々した彼じゃなくて慌てて、
助けるという意味が分からなくて、なお慌てて。
「だから、俺、今度はちゃんと先輩を助けたいんです」
と、私の目を見つめる彼の目は、綺麗で真っ直ぐで、
なぜだか、涙が出そうになったけれど。
「俺のこと無視しないで?」
と、雰囲気を読まない忍びが私に頬ずりしたことによって全てが崩れた。
三之助は、彼をぺいっと放り投げると、私を守るように立ちふさがった。
・・・・・・三年生に負けるプロの忍びってどうだろう。と一瞬よぎったが
「俺が来たのは、先輩に負けないようにっていうためっす」
「え?」
「愛すよりも愛された方がいいなんて、そんなこと考えなくても良いと思うんすよ」
ど真ん中。ストレート。
彼の言葉に、忍びはあーあ。俺の台詞とられちゃったと笑い。
「だけどさ、女の幸せは愛されることだぜ。だから、そう思ってもいいんじゃない?
さぁ、俺の胸に飛び込んで来い」
と、手を広げた男の姿があまりにもコミカルで、
あまりにも自分の考えの馬鹿さ加減に、こいつを逃げに使おうとしていることに
大きく笑って、なにか言わんとする三之助に、目で大丈夫と合図して
忍びの頬を両手で掴み、目と目で正面激突。
「悪かったな。目が覚めた。私、あなたのこと嫌いじゃないけど、
付き合えないし、結婚できない」
「あはは。ようやく本気で言ったね。さん。じゃあ、どちらか二人にするの?」
こいつ、駄目忍びの割にはよく見ている。
その目に免じて、頭突きを食らわせてやった。
嫌いじゃないけど、ウザイ。と付け加えて。
ようやく忍びの付き纏いもなくなって、久しぶりに昼までゆっくり寝ていれば、
外からざくざくと穴を掘る音が聞こえたので、私は寝着のまま、障子を開けた。
開ければ良い汗かいてキラキラ光っている綾部くん。
いくら綺麗なポーズしていいことしたって顔をしても、
それが私を落とすため用の穴ならば、全て台無しだ。
彼を見て、ふと頭によぎった「負けないで」が掠めて私は、彼に問いかけた。
「ねぇ、綾部くん。私のこと嫌い?」
彼は大きな瞳をこっちにみて、鋤で穴を掘る手を止めて答えた。
「嫌い」
考える間もなく、すぐさま帰ってきた答え。
彼はそういってすぐに穴掘りに再開し始めた。
当然であるはずの答えに、
用が終われば、こちらをむくことのない彼の態度に、
私は全ての力が抜け落ちたようで、
・・・そう、だよね。と小さく呟きそのまま襖を閉めた。
部屋の柱にずるずると背中から落ちていく。
一週間で消えるはずの思いが残ってしまった。
「負けないで」
私・ 、真正面から挑戦しました。
私偉い。偉いから、少しだけ、しょっぱいものが流れても構わない。
そして、これが最後だと思って、そのまま布団を頭から被って、声を殺して泣いてみた。
結構、好きだったけど、相手が嫌いじゃしょうがないので、
これ以上嫌われないように小春さんへの手伝いをしよう。
そうしたら、小春さんの邪魔者である私をこれ以上嫌わないだろう。
そうしたら、ちょっとは友人とかそう位置になって、
そうしたら、じっくりゆっくり、癒せるだろう。
現実を突きつけれないとなかなか諦めがつかない恋らしい。
それほど好きだったらしい。
だって、泣いているときでも灰色がちらほら見える。
あーあ、誰か彼以上に、私が好きで私も好きな人現れて。
私を愛して愛されてよ。
2010・1・5