一度も切ったことのない長い髪は半分の長さになった。
先っぽを余裕で掴めた長さは、引っ張れればすぐ痛いと思う長さに、
三木が朝梳いて、結ってくれる時間も半分に、
髪を洗って乾かすまでの時間は半分に、
三つ編みの長さも半分に、
重さも半分に、全て半分に。
でも、髪は前よりも綺麗になった。
タカ丸さんが、私の髪を切りそろえて、
切られている髪、切られていく髪、滑っていく髪、落ちていく髪。
綺麗に綺麗に切りそろえてくれて、
彼は私に満面な笑みで、「ちゃんと手入れしてないでしょう?」と言った。
笑みというのは誤報。口は笑っているのに目は笑っていなくて、
綺麗な切った私の髪を掴んで、物はいいのに、なんで手入れしないの?
女の子でしょう?と愚痴愚痴言われ、疲れていたし、
前より短くなったので引っ張られて痛かった私は、
つい、本音の面倒臭い。を口にしたのが悪かった。
彼は毎夜、私の部屋に来て、髪の手入れをしている。
なんで、こんなことになったのか。つい口が出ていたらしく、タカ丸さんは
髪をシュとすきながら後ろで私囁く。
「だったら、ちゃん僕の部屋に来る?」
「いいや、流石に噂が立つ。あまり人気が少ない部屋だから
男女が夜こうして会っていても問題ないというのに」
と言いかえせば、タカ丸さんは苦笑して、
「僕に襲われるとかそんなことは考えてないの?」
と肩を押されて天井にタカ丸さんの真剣な目が見えた。
私は、その姿に脅威を感じなかった。もしかしての貞操な危機だけれども
そういうことになりえないことが十分理解していたからだ。
「私、タカ丸さんに襲われても倒せる自信があるよ?」
とすっと目を細めタカ丸さんの押し倒されている図を反転させた。
タカ丸さんは虚を疲れたような顔をしていつもの顔に戻った。
「それは、ずるいなぁ」
いくらちょっと真剣な目をしても駄目。
あなたが私をそういう意味で見ていないのは分かるから。
ふっと下にいるタカ丸さんを組み敷いている図を
誰かに見られるのは得策ではないと考えてすぐに元に戻る。
時々手櫛でちゃんと下までいかなかったけれど、
今の髪の毛は存在そのものを小さくしたかのように
簡単に下までいって、なんだか、失恋したみたいな気分になった。
タカ丸さんが商売道具を片付けている姿を、見ながら
頭では違うことで一杯。
綾部君が私を嫌いという理由が分かった。
彼は小春さんを独占する私を嫌っていたのだ。
つまるところ、綾部君は小春さんが好きなのだという事実。
なんて簡単でなんてくだらない。
でも、考えてみれば彼はまだ子供だし当たり前だ。
その事実に気付いたとき少々へこんだ。
最高の容姿が抱きついてきたりしてくれたら、嫌いなんてウソで、本当は。
なんて疑ってしまうのはしょうがない、しょうがないが・・・・・・地味に泣きそうだ。
ああ、本当に毎日タカ丸さんがきてくれて良かった。
泣きそうだけど、人がいれば泣けないから。
上をみれば、茶色の板。大丈夫、大丈夫と小さな声で呟く。
一週間もすれば直るだろう。
昔、そう。利吉さんの時に抱いた感情も一週間あればどうにかなったのだから。
それにしてもだ。
私はこうも単純すぎる答えをよくも気付かないでいたものだ。
無意識避けていたのかもしれない。ああ、本当にやっかいなものだこの感情は。
そして、付加してついてく思いを口にした。
「ああ、恋したいな」
誰かが恋をしていれば、特に身近な人が恋をしていれば
そう思ってしまうのはしょうがないことだろう。
だから、そこで盛大に片付けたはずのものをばら撒かないで欲しい。タカ丸さん。
2009・12・26