僕は涙が止まらなかった。
悲しいとか言葉にすることの出来ない気持ちが止まらず体から溢れて涙になった。
横の二人も訳も分からず泣いているんじゃないかな。
ちゃんの言葉には分かんない言葉が一杯あったけど、愛の言葉だって分かった。
愛ってね、ポワポワして温かくて傍にいたら凄く幸せなことなんだって思ってたよ。
僕の父さんと母さんもそうだったから。
ちゃんの言っている『進一』って誰かは分からないけれど、
ちゃんは『進一』と傍にいて楽しかった幸せだってそれなのに、
朗らかに和やかに健やかに幸せそうに笑顔で愛する人に
忘れて欲しいと願うなんて・・・・・・これも愛だなんて。
優しい口付けは全ての終わりで、ちゃんはそのまま、ゆっくりと地面へ落ちた。
その顔には未練も後悔もない幸せな終わり。
いつも三つ編みにされていた長い長い黒髪が、
ゆっくりと一本一本地面に落ちて散らばっていく姿を
僕はただ棒のように突っ立て見ていることしかできなかった。
最初に、悲鳴をあげたのは一番近かった人。
鉢屋くん、目蓋を閉めて笑顔で終わってしまったちゃんを抱きしめて
「嘘だろう。おい、。」
狂ったように名前を呼んだ。徐々に小さくなる声に、
僕はもういいよともう十分だよと声を上げそうになった。
タイミングよく遅れて入ってきた善法寺先輩が彼女の脈を図って。
三木くんも恐る恐るちゃんを触って、小春さんがそのまま意識を失い倒れて
みんな、みんなぐちゃぐちゃになっている。
「一体どういうことだ」
利吉さんと呼ばれた人が術者の胸ぐらを掴んで吼えた。
「くふ、クハハハハハ」
術者は笑う。謳うかのように語る。彼は恐怖で狂ったらしい。
「あの女は、食われたんだよ。昔のな、とーきどきこんな奴がいる。前が忘れられない。
前世とやらだ。私の術を解いても、食われたものはもーとには戻らない。
術を解いて、待っているのは、前の終わりで、あの女はパクンと食われてしまった。
傷もないだろう、毒を盛られてもいまい。脈も正常だ。
が!が!が!が!が!が!が!が!が!が!
彼女は目を覚ますまい。体がおかしいのではない。精神が食われたのだ。
は私が術を解く前にいない。いたのは、前の女だ。
そして、はっ、傑作なことに、術を解くことで、生きていた女は、
前と同様に愛しいものに殺されたのだ。あはははははははははははっは」
「戻す方法があるだろう!!」
「そんなもの神様でもあるまいに」
その言葉を最後に術者の言葉も終わった。
忘れてくれと願った彼女は、とてもずるい人だ。
なにせ、自分は忘れる気なんてサラサラないのだから、
幸せを願いながら、忘れられることを祈りながら、自分は一生愛をだなんて。
それに強く惹かれる感情が今、確かに自分のうちにある。
彼女が幸せならもういいじゃないか。と何度もいいそうになる自分がいる。
だけど。
だけど。
「タカ丸さん。タカ丸さんの髪の毛って、幸運の綿毛みたい」
「な、なにそれ?」
「蒲公英の綿毛で、ね。飛ばして飛ばして、一杯になる」
「え、僕が増えるの?」
「アハハハハ、違うよ。タカ丸さんの手で、さ。
綺麗に着飾って、くのいちは時々女忘れている人もいるわけでしてね。
その人がやって貰った後それは綺麗に笑うののを見て、
タカ丸さんは幸せのおすそ分けをしているなと。
自分の努力とかそんなの一杯自分自身削って、やってるなという比喩です」
「綺麗にね」
だって、僕はそれが仕事だから。と笑おうとすれば。
「付け足すと、忍びのほうもだから。
同じ年じゃない上の人の頑張りってちゃんと見えないからタカ丸さんの存在に、
頑張ろうってしている子もいるわけよ。つまり、命名『幸福の綿毛』」
とにっと笑うちゃん。
ちゃんは、ネーミングセンスゼロだよね。
本人は、励ましとかまったく考えないでついポロっとでたって顔してるけど、
僕が上の学年に毛嫌いされていること知ってるの知らない顔で励ますような子で、
二足の草鞋ってことを寧ろもっと威張ってもいいっていう子で、
髪を結いに来たっていいながらも、本当は励ましに来てくれたこと、
彼女がくのいちから忍たまになって、髪に気を使わない子だったとか、
ずぼらだったとか、容姿にあんま興味ないとか色々分かって知ったんだ。
彼女もずるい。きっと僕らと別れるときに同じことを言う。
僕らは、進一だ。目の前で、大切な人を失ったんだ。
だけど、僕は進一じゃないから、叫ぼう。
忘れられるわけないでしょう。
君は僕にとってもはや忘れられない人です。
消えるというなら消える前の存在をもっと残してってからにしてください。
君はまだ消えるのには早すぎる。
僕らと君の時間はまだまだ残り一杯あるはずだ。
ちゃん、君はそのままのほうが幸せかもしれない。
だけど、前よりもっと幸福を分けますのですぐに、戻ってきてください。
2009・10・29