由々しき事態だ。
日に日に弱まっていく脈の速さ、食の細さ、睡眠。
彼女は言う。
「寝て、起きたら私が消えてしまうようで嫌だ」
だから、寝ないと、寝たら最後。私は大切なものを殺しにいちゃう。
それは嫌だと、うつむいていた。
しかし人には眠りが必要で、最終的に手刀か薬で眠らすしか方法がなかった。
由々しき事態だ。
彼女の侵食が、あの日、来てはいけないもの達のせいで進んでしまった。
一日2、3回の異常な行動が、逆転して三郎さんと呼ぶ声が少なくなっていく。
「三郎さん、私は、まだ、消えたくない」
儚く呟やかれた言葉に抱きしめる方法以外知らない私は子供だ。
私も消えさせたくない、消えさせたくない!!
「進一さん」なんて変わった名前で私を呼ぶのが嫌だ。
その名前をとても優しく愛おしく悲しく響かせるのも嫌だ。
だるそうに体を動かして、時には私を笑わす行動して、
だらけながらも芯が通っている彼女がいい。
笑うと歯が見えて幼い笑顔で笑う。困ったように眉間に皺をよらせて棒読みで怒る。
笑える存在、遠い存在、近くなくてもいい。
関係ないままでもいいから、前のに戻って欲しい。
・・・・・・ウソだ。今の関係で、元のに戻って欲しい。
だから、のため、いいや私のわがままのために、小春さんを殺しにいこう。
最初からいないはずの人間だった。
死んで泣く人への理由を考えながら、小春さんの場所へ急ぐ。
理由、理由。天女だから、天にかえったとかでいいか。
はこういう事態も考慮して私を選んだのに、ごめん。
私もここまで捕まってしまうなんて、思わなかった。
屋根裏の上で、寝ている少女が目に入る。憎しみしかわかないけど、
可哀想とも思わないではないから、一息で殺してあげるよ。降りていこうとすれば。
「やぁ、鉢屋 三郎くんだよね」
「あ」
手首を握られる、強い力で。隠していたクナイを落とさせるほどの握力で彼は笑う。
「私を学園長室まで案内してくれないか?」
利吉さんと、名前を呼ぶことしか出来なかった。
隠しているけれど、目を見れば分かるよ。
あんたも私と同じだ。執着の色が、見え隠れ。同士だからこそ分かる危険性。
「学園長、 の件で参りました」
「うむ、なにか掴めたか」
「そのまえに、隠れているもの全員呼んでも宜しいのでは」
笑う私に、片目を上げる学園長。これでも、私は急いでいるんです。
出来るだけ、はやく決断してください。
ここにいるのは少なからずあの少女に興味があるのだから、いいじゃないですか。
覚悟のない奴など、傍にいていいはずない。
それにいずれ知る道だから、いいじゃないですか。丁度上級生しかいないのだから。
優しい学園長先生は、まだ見せなくていいものもあるかも知れないけれど。
「覚悟があるものだけが降りてこい。興味本位ならば、今すぐ即刻出て行け」
言葉に、言霊があるというのは本当かも知れない。とこういうときに思い知らされる。
一言、強くも弱くも抑揚もなく言われた言葉に、ぴくりと動く彼ら、最初に出てくるものは、
対して、とても強い感情をもっているものだ。
降りてきた、色に顔に、やっぱりと目が霞むような気分になった。
「綾部 喜八郎。そなただけか?」
つられるように降りてきたのは、6年で、立花 潮江 善法寺、
5年は、鉢屋 4年は、綾部、平、田村、斉藤だった。
彼らはみな顔を強張らせて、これからはじまることに不安と少しの好奇心を抱いているようだった。
学園長の傍にいる父上と土井先生ですら、同じなのだから、しかたがない。
「では、率直に言いますと、学園長のおっしゃる通り。彼女は、敵の術にかかっております」
殺しにいこうとした鉢屋くんも強敵だけど。ちらりと、見たのは、強敵になりえる人物。
表情も変わらない彼が少しだけ目を大きくさせた。
君にはできないことを私ならできると見せ付けたい。
これでも、私は焦っているんです。
同じ所にいて、同じものを食べて寝ている、彼女に近い、彼女に興味がある彼らを、
試さなくてはいけないのです。
そして、諦めて欲しい。
私は、彼女がなんとしても欲しいのだから。
でもまず、その前に彼女を助けなければいけないけれどね。
「彼がそうです」
利吉と、父上の声。誰かが息を呑む声。学園長睨まないで下さい。
これでも、私は、
「彼は、私とが侵入した城の術者です。
私が傍にいながら、かかったことに気付かなかったとは、なかなかのやり手で、
そしてなかなかの頑固者です」
だから。
「利吉、このものがそうだと申すのか」
術者は、もはや虫の息でボロボロ。片足、片手がなく、どんと荷物のように置かれていました。
「ええ、お願いをしたら、ようやく聞いてくれましてね。さぁ」
のもとへ行きましょうか。
誰かが、口元を押さえている。異臭がするけどしょうがない。
それは解く鍵なのだから。見たくないならば見なければいい。
付いてこなければいい。土井先生、私は忍びです。利吉君と咎めたって無駄です。
さぁ、さぁ!!なにをもたもたしているのですか。これでも、私は、急いで、焦っているのです。
彼女が二度と戻れない気がして悪寒がしてしょうがないんです。
急がなくては、欲しいものが二度と手に入らないぞと頭の中で誰かが叫んでいるのです。
2009・10・23