はぁ、はぁ、はぁ。息があがる。
肺から空気を求めて、苦しい苦しい苦しい!
朝の日差しが突き刺さって目は痛いし、体は熱くてしょうがない。
だけど、それは、全部全部。

あの人のため。


パッチリ。目が開く。

「・・・・・・嫌な夢をみたなあ」

鏡を見れば、私は今日もとても可愛い。
どんな変なパーズをしても、可愛いものは可愛い。
ふっと一回鏡の前で笑って、私は私にちゃんと直す。
今日も運命の人を愛する。
私はそう完璧に美しく、あの人に愛される価値がある。
だから、二人は愛しあうの。素晴らしい。


運命の人の所に行くには、シンデレラのように働かなくちゃいけない。
生きることって、働くことと同意義ね、どの世界でも。
だから私は、せっせと事務員の仕事をする。
先輩の小松田さんは、はっきりいって使えない。
よくこんなの雇ってるなぁって感心する。
失敗ばかりしている小松田さんの横で、私は決められた仕事、
彼の倍ある仕事を、ちゃんと吉野先生に渡して、
後ろで、うわぁ、なにやってるんですか!!と聞こえる声を無視して、襖を閉める。
そこからは自由の時間だから、三木の所へ行こうとすれば、

「文ちゃん先輩、もっとお願いします!」

「よし、付いて来い!!

そういって、何が楽しいのか前の暑苦しい男が笑って、あの障害物にしては
役不足の子が、一生懸命走ってる。その姿は、まったく美しくも
可愛くもないのに、私の記憶とダブって、一瞬止まったけれど、
頭を振る。嫌だ。あんな夢見たから。と、暗い気持ちになれば、すぐ近くから
声が聞こえた。

「お前のおかげだ」

声の方を向けば、さらりと黒髪をなびかせて満足気に彼等を見ている美しい男。
彼には、覚えがある。

「・・・・・・えーと、立花くん?」

多分そうだったきがする。三木以外あんまり興味ないから、間違えちゃったら、
笑ってごまかそうと思ったけれど、どうやら私に名前を間違えられたどうかなんて
彼には興味ないようだ。良かった。
立花くんは、私の顔を見ずに、暑苦しい二人をみてご満悦。

「ふふふ、ようやく、名前呼びまで言った。
なかなか女の出来ない堅すぎる男が、こんなに早く仲良くなるとは、
うれしい誤算だ。文次郎をけしかけてくれて、ありがとう」

「見ていたんですか?」

ほんとうに忍びって、面倒くさい生き物だ。
見られたどうかなんて全然気づかない。
これじゃ、三木と愛し合う姿も、全ての人にバレてしまいかねない。
うーん、どうやって対策しようかな。って思ってれば、
立花くんは、演技クサく話しかける。

「おや、あなたは、いつでも監視されれている立場だと理解しているでしょうに?」

「・・・それは、全部三木の仕事でしょう?他の人は不快。
やってもいいけど、教えないで欲しいわ」

知ってるよ。私、結構賢いの。
運命の人にあえて、嬉しさ爆発で、周りが見えなくなるほど
バカじゃないの。私は所詮、この世界で異物でしかなくて、
特に、この学園は忍び育成なんて七面倒くさいものをやってるから、
情報とか、間者とか、そんなカビ臭いものいらないけど、それを叫んでも、
それを評価するのは、学園の長なのだ。
私がいればそばに来る三木。それは、途中から。
それがどういった意味か分かってる。
だけど、マイナスがプラスに転じるとはこのことだと思う。
いればいるほど、三木が私に心許し始めているのを感じている。
それは、嘘でも作り物でもなく、確実に。
私をみることを許したのは、三木だけ。
それ以外は、本当に不快。
顔を歪めていれば、見ていないのに、分かったらしい。

「いい性格している。いや、私も人のことを言えない。
文次郎が初めて近づいた女だから、
付き合っているのを裂くような真似をしたのだからな。
でも」

急に、懺悔し始めた立花くんは、ちょっとだけ下を向いた。
だけど、すぐに真っ直ぐ向きなおして。

「後悔はしていない」

その先にいるものを私もみる。そこには、やぱり暑苦しい二人。
自分が悪者になっても守るものなんて私にはないから、その感情がどういうものか
分からないけど、立花くんは、そんなに嫌いではない。
・・・さて、他の人のことなんてこんぐらいでいいでしょう。
さっさと三木のもとへ行こうかと廊下へ行く私に、立花くんは私に話しかけた。

「それと、努力しても手に入らない領域といったがな、
それは努力することを諦めた人間の弱音だ」

立花くんの言った言葉に、大笑いしたくなる。
この人は、違う。根本から違う。
あの暑苦しい人のほうが、まだ、私に近かった。
だから、悩んだのだ。彼等に何があったのか分からないけれど、
あんなに仲良くなったのだから、あの女に助けられたというところだろう。
それほどのものを一言、弱音という。

「あなたは、落ちたことのない人ね。だから分からないのよ。
その時に、気づくわ。ああ、こんなムダなことしないで、三木と愛しあいたい。
あの子は勝手に違う男を愛せばいい。
あの二人は暑苦しいもの同士お似合いじゃないかしら。
ガチンコ真っ向勝負って案外疲れるんですもの。自然消滅が一番よ。
たとえ、それが仕組まれていても、私は三木が私を愛してくれればどうでもいいもの」

どうでもいいもの。
きっとあの暑苦しい男の努力しても手に入らない領域がこの男だということも
それに気づこうとしない男も、どうでもいいの。

「お前、本当にいい性格しているな」

ええ、あなたも。
そういいかけたけれど、私の意識は、ちらりと三木が見えたから、
全部三木の方へいってしまった。
だから、彼の懺悔も彼の話も彼の矛盾も全て忘れてしまった。

私は運命だけを見続ければいいの。
他はどうでもいい。
そのために時空を渡ったんだから。


どうでもいいのよ。







2010・08・24