あんな女が天女だと?巫山戯るな。
最後の勝ち誇った顔が、むかついてしょうがない。
殺気が止まらないでいれば、
「い、いっさ先輩」
そう言われてはっと声がする方を見れば、
僕の殺気に当てられて、真っ青な彼女の顔。
そういえば、後ろに隠していたんだっけ、
そして、そのままちゃんは倒れた。
「ごめんね?」
頭に手ぬぐいをおくと、
殺気に当てられて倒れたちゃんは、プルプルと頭を振ったから、
手ぬぐいが落ちた。ちゃんは、手ぬぐいを戻して、
「いっさ先輩のせいじゃないよ。
むしろ、今から慣れとかないとくノ一なんて無理だもん」
4年なのに、殺気とかで倒れるとか、格好つかないから、秘密ね。
しーね?と指に口を当てて言う彼女に、さっきのいらいらが落ち着いていく。
癒しだ。ほんわかする。このままいると、勢い余って、襲いそうなので、
何かお茶でもとってくるね。と言って、立ち上がる僕に、
ちゃんが呟く。
「いっさ先輩、さっきの子綺麗だったね」
言っている意味が分からなくて、ちゃんを見れば、
ちゃんは僕を見ずに天井を見て呟いていた。
「私、なにが勝てるかな」
そんなの。
「世界で、一番、僕に、好かれてるっていうのはどう?」
そういえば、ようやく天井じゃなく僕を見て、
「え」
これは、チャンスだろう。すかさずした告白は。
「ええ、私にも世界で一等愛されてますよ。」
「すごい女だったな。運命とか、痛い具合から考えると、のほうがマシだな」
「雹、秋穂」
ちゃんの友達によって邪魔された。
特に雹は、笑顔なのに、バックに「ざまぁ」と文字で嘲笑けってる。
・・・君たち、タイミング良すぎない?
おほほほ、何を言いますか。
てか、ちょっと照れて赤くなってるを視姦しないでください。このロリコン。
ロリコンって、2年違いで、それはおかしくない?
はいつまでたっても、穢れなき私のお姫様なのです。
それを、こんなけがわらしい恋路に恋慕する馬に蹴られて死ねばいい男に、
ああ、嘆かわしいです。
「・・・言うね」
「図星だから、怒るんですよ?」
フフフと僕らは笑いあった。
お互い黒いものを出しあって、それを見ていたちゃんが、
「ねぇ、秋穂。あの二人って仲いいの?」
「・・・・・・そう見えるお前はとても幸せだ」
と言っていることなんて知りもしないで。
*****
「お前は、何者だ。田村に何をする気だ?」
俺は、最初からこの女を疑わしいと思っていた。
時空を超えて、運命の恋人に会いに来ましただと?
時空を人が超えれるわけがない。
しかし、その奇抜な服装に、考え方、
この時代の持ち物ではないと言われた小さな通信器具。
それらが、彼女はこの世界のものではないことを証明していて、
先生方ですら、彼女が時空を超えたというのを信じているものがいる。
俺は、なにかあるのだろうとずっとつけていたんだ。
しかし、そこから分かったのは、この女が普通の女で、
本当に運命の相手とやらを見つけたということだ。
その運命の相手は、なんと俺の委員会の後輩で、
今、目をかけている奴の彼氏であった。
日々、激しくなるスキンシップに、日々、愛を語る女に、
何度イラついたことか。はっきり、田村に言ってやろうと思ったが、
仙蔵に「愛というのは、第三者が加わると禄でもないぞ?」
と言われてしまったので、俺は口を挟めなかった。
だが、この女が皮をはがしたなら話は別だ。
学園に危害を加えるかも知れない。
だったら、田村にもにも関係ない。
そういい聞かせて、俺は、クナイを女に向けた。
女は、クナイを冷めた目で見ていた。
「何者って、言ったでしょう?
ただの運命信奉者で、彼は私の運命の人なの、
何度言わせる気?ああ、それとも、あれを、見ていたの?」
クスリと笑う。たしかに、目の前の女は綺麗な顔をし、
可愛いと形容できる顔もしているが、俺はこの女を生理的に嫌悪している。
「すごいね。気付かなかった。忍びって本物なんだァ」
フフフと笑う女。殺されないと思っているのか?馬鹿にするな。
今簡単に命が奪えることを証明してやろうか?とぐっとクナイを持った。
すると。女は、笑みをやめて、鋭い眼差しで、俺を射ぬいた。
「私、なにか間違ってたこと言った?
ああ、あなた、あの子が好きなんでしょう?
本当、趣味悪いのがこの時代は多いのね」
「なぜそういう考えになるのか分からない。
お前の中には、恋愛しか存在しないのか?」
それに。と付け加えようとしてやめた。
それに、はお前よりも全然いいとか言えば、この女は、
ほらみたことかという顔をして、俺を馬鹿にするだろう。
女は、俺の言った言葉に意味深に、ふーんと言うと。
「そう。なら、いいけど。
だけど、分かるでしょう?あなただって、感じたことはあるでしょう?」
主語のない言葉に頭を傾げれば、女は言った。
「努力しても手に入らない領域のこと」
言われてすぐに、手入れのいき届いた長い髪の、美しい男が浮かんだ。
・・・ああ、畜生。そんなの、いつだって感じているさ。
夜の訓練をとしている。
前よりも進むようになったけれど、の格好はボロボロで。
「もう、いいだろう」
「いいえ、もっとがんばれます」
「もう限界だろう」
「どうしたの、文ちゃん先輩。いつもなら、もっといけるって言うのに」
妙に鋭いに、ドキとした。
「・・・・・・休養も訓練のうちだ」
「嘘。いつもはもっとやってるもん。文ちゃん先輩、先帰ってもいいよ。私一人で」
「やめろ!!」
思ったよりも大きな声がでた。は目を見開いて驚いている。
俺だって自分に驚いてる。
「・・・もう、お前はこんなに努力した。誰だって分かってる。
もういいじゃないか。お前は頑張った。努力したんだ。
もういいじゃないか」
それは、に言った言葉だったけれど、本当は違った。
今日、昼間に言われた女の言葉が思ったよりも自分の心をえぐったようだ。
綺麗な黒髪をなびかせている白い肌の男の背を、
ずっと眺めている俺の姿がよぎって、手のひらを握りしめた。
何あれくらいの言葉で、惑わされているんだ。頭を冷やせ。
と滝の方へ行こうとする俺に、は口を開いた。
「文ちゃん先輩。努力ってね、そこで諦めたら終わりなんだよ。
ずっと一生懸命し続けてたこと、パーだよ」
言われた言葉に振り向くと、天女とあだ名がつく女よりも、
綺麗でも可愛くもない女が笑う。しかし、それは誰よりも好ましい笑みだった。
「これ以上無理だっていうけど、最初ね。最初の一歩。
それから、徐々に上がり続けてた真ん中。
そんで上が上がれない今。ほら、一番最初から見れば、すごいよ。
ようは、どこから比べるかなんだよ」
それから、は、懐からお守りをだし、そこから一枚の紙を広げた。
それは、なにかのテストらしいが、とったことのないひどい点数だ。
「これ、私の完璧だって言って頃のテストの点。酷いでしょう?
補習の補習の補習の補習の補習。よく留年しなかったなって言われてた。
私もそう思う。今ね、ようやく赤点じゃなくなったの。
平均点以下だけど。
それって、文ちゃん先輩から見れば、なんだそんなことでしょう?
私だって、赤点がずっと続けば、なんで頑張ってるのに、
努力してもこんな程度なんだって思うじゃない?でもね。
最初は、違うから。最初は、補習の補習の補習の補習の補習からの出発点。
そこからこんなに上がったのは、努力したからなんだよ。
それを忘れちゃったら、挫けそうになるから、これ、持ってるんだ」
は、テストを大事に折りたたみ、またお守りの中にしまいこんだ。
「文ちゃん先輩。最初忘れてない?思い出して。そんで今と比べて、どう?
それでも、努力がムダなんて思うの?」
最初の一年。い組だけど、一番下だった。
仙蔵という名の一番の男の存在に憧れていた。
二年。ようやく真ん中になれた。仙蔵は、俺の友達になっていて、
よりいっそう、負けたくない気持ちが強くなった。
三年。上から数えて何番目。
四年。同じ。
五年。二番
六年。二番。
その間。予習復習をやらなかった日はなかった。
間違えたら何度でもやって、小さな初歩を今でもずっとやってる。
だけれど、俺は負けたくない男に一度も勝ったことはない。
同室になり長いが、俺は、そいつが努力した姿をみたこともない。
周りが言う。天才だと。
俺も言う。天才だと。
天才だから、敵わないのだと。努力しても、勝てないのだと。
努力は、無意味で、彼に戦いを挑むことも諦めていた。
だけど、年を戻っていけば、
雲の存在だった仙蔵と、今は背中を守りあえる力の差になっていた。
「そういうことだよ。私の凄いも文ちゃん先輩の凄いも
本当は、進んでるのに、前ばっか見てるから、気づかないんだよ」
そういって、笑う少女は、ボロボロで、傷だらけ、前よりも増えた姿。
それを誇りだと言って笑うから、
俺まで綺麗なものに見えてきて、彼女の姿がキラキラ光っているように見える。
最後に、彼女は言った。
「でもね。それでも、くじけちゃった。こないだ。
それで、文ちゃん先輩。泣きたいときは泣いたほうがいいの。
私、大体はおもいっきり泣くことにしてるの。そしたら、結構すっきりするんだ。
思うに、文ちゃん先輩は、がんばりやさんで、溜め込み過ぎなんだ。
だから、この胸に飛び込んで来い!!」
そういって広げた手は、あまりにも小さすぎて俺なんか抱きしめられないだろう。
そういった彼女は、あまりにも細くて俺が飛びこんだら、折れてしまうだろう。
だから、俺は、
「バカモンガ」
そう言って、の髪をぐしゃぐしゃにして視界を明確にさせず、
そのまま、の細い体を抱きしめた。
2010・08・05